第二迷宮主『遠景に潜む影』
「どうして……どうしてこんな事をしたのよ」
ボクの独白に続いた沈黙を破ったのはシュリだった。
人を拘束し、銃を突き付けるような猪突猛進な行動をしているくせに、ボクが素直に自白すると信じられないのか。難儀な性格だな。
「んー。自白した瞬間に引き金を引かれると思ってたんだけど、そうでもないんだね。どうしたの? お腹でも痛いの? それとも、人を殺すのは初めてで手が鈍った? ……痛ッ」
「黙りなさいッ! これが普通よッ! 簡単に人を殺せるアンタの方がおかしいのッ! 狂ってるッ!」
ボクの腕を取っているシュリの指に力が入り、肩が外れる嫌な音がした。
酷いな。これからも暴力を振るわれる可能性を考えて痛み止めの刻印をかけておこう。
元から動けなかったけど、ホントに腕に力が入らなくなった。これじゃあ抵抗できない。素手と銃じゃ元々勝ち目はなかったけど。
それにしても心外だな。人を血も涙もない殺人鬼みたいに言いやがって。
「勘違いしているみたいだけどさぁ。ボクだって葛藤しなかったわけじゃないんだよ? ギリギリまで迷っていたし、引き金を引いた後は手が震えていたし、思い出すだけで気分が悪くなる。出来ればもうやりたくないね」
「うるさい! なら何で殺したっ! アンタのせいでリュシアンは! リュシアンはっ! 言い訳があるなら言ってみろッ!」
シュリがボクの体を仰向けに引き倒し、凄まじい剣幕で詰め寄った。
ボクは顔を赤くして彼女から目を逸らす。
「えっ……。恥ずかしいからヤダ。ミツキに聞いてよ」
「……ッ! 馬鹿にしやがってッ!」
ガッという硬質な音を立てて額を拳銃の柄で殴られた。額が割れて血が垂れる。
痛ってぇ……。痛覚はごまかしているけど、血が目に入るのは不快だ。
「シュリっ! やめろっ!」
「でもっ! コイツがっ!」
シュリの強硬を見かねたミツキが彼女の手を抑えて銃口をボクから逸らした。
けれども彼女は納得いかないようだ。肩で息をし、紬に瓜二つのかんばせを興奮で赤く染めてボクとミツキを睨み付けた。
ミツキはシュリを無視してボクをたしなめる。
「ユキもユキだ。無駄に煽るような事を言うんじゃない。このままじゃ、本当に殺されるぞ。シュリもだ。コイツに罪を償う機会をくれないか……?」
「はぁ? まさかボクが殺されないとでも思っているの? 甘いね。大甘だ。こんな状況になってしまった以上、ボクは殺されるしかない。その前に、大っ嫌いなシュリに嫌がらせするくらいいいじゃないか」
ボクに代わって頭を下げるミツキに対して、思わず呆れ声を漏らしてしまった。
ここは元の世界とはルールが違うんだぞ? 暴力に対して暴力で報復するのが当たり前の世界だ。元の世界の気分が抜けきっていないのか?
……でも、ボクの身を案じて命乞いをしてくれるだなんて、嬉しくてドキドキしてくる。
一度も抱かれずに死んじゃうのは悔しいなぁ。
シュリがニヤつくボクと真剣に謝るミツキを睨み付けていると、これまで話に入ってこなかったアディンさんが無表情のままで問いかけた。
「結局、ユキがリュシアン君を殺した動機は何だ? ミツキ君は見当がついているんだろう?」
「ええ……。まぁ……」
ボクを一瞥したアディンさんの目が、身動きを取れないボクを蔑んでいるように見えた。
その冷たい視線にゾクゾクしたものが込み上げて来る。けれど、出来ればミツキに蔑んでもらいたい。言葉攻めも加えてもらうとさらにイイ。そっちの方が興奮する。
ミツキは躊躇いながら自分の推測を語り出した。
「今回の事件には不自然な点がありました。密室を構築し、内部の人間に犯行が出来ないように見せかける。ここまではいいんだ。だけど、魔物にも犯行が不可能な密室を作っている。これじゃあ、自分に疑いの目が向く可能性が増してしまって合理的じゃない。さらに言うと、自分の水筒に毒を盛るなんてまったく意味が分からない。……けれどこれは『リュシアンの殺害』を目的と考えた場合だ。ユキにはリュシアンを殺す以外の目的があったんだ」
ミツキはボクに目を向けると、再びアディンさんとシュリに向き直った。
そうだ。ボクの目的はリュシくんを殺すことじゃなかった。彼を殺したのは目的を達成するための手段でしかない。
そして、その目的をボクは常日頃から、何度も何度も繰り返し口にしていた。
「ユキの目的は『俺を迷宮に関わらせないようにする事』だ。だから、この迷宮を『ルールが守られない危険地帯』に仕立て上げようとしたんだ。迷宮のルールは当てにならない。危険だから探索は辞めよう。そう、説得するために……」
その通りだ。ミツキはいくら説得しても折れてはくれなかった。
だから、命の危機を感じてもらうことにした。
そうすれば、ボクの言葉に耳を貸してくれると期待して……。
「そして、ユキは『誰にも犯行を行えない状況での殺人』と『誰にも犯行を行えない状況での毒の混入』という不自然な状況を作り出したんだ。まぁ、少し誤算があったみたいだが……」
「うん。ミツキの刻印が思ったより使い勝手が悪くて……。毒を飲んでも人形使いならミツキの警戒を抜けられるだとか言われて困っちゃった。それに、ミツキの刻印が罠を見破れないのも誤算だったね。計画段階ではリュシくんを殺した後はミツキの刻印に頼って探索していくつもりだったし。次の計画を立てるのがいつになるのか分からないから、予定通りにヤっちゃったんだけどさぁ」
ボクが悪びれずにペラペラと話すと、凄まじい眼光でシュリが睨み付けて来る。
おお、怖い!
でも、いい感じに苛立ってくれてボクは満足だ。
ボクがニヤニヤいているとミツキがボクに余計な事をするなと言いたげな視線を送ってきた。
はいはい。分かりましたよー。余計な挑発は控えろって事ですね。
「以上がこの事件の真相だ。……もう一度頼む。どうかユキを見逃してくれ! こんなのでも親友なんだ。普段はもっと真っ当な奴なんだ……。どうかっ、コイツに罪滅ぼしのチャンスを……ッ!」
「……」
ミツキが深々と頭を下げてシュリとアディンさんに許しを請う。シュリは目を泳がせている。アディンさんはいつもと変わらぬ無表情だ。
対してボクは膨れっ面でミツキから目を逸らした。
確かに、ミツキがボクを生かすために頭を下げてくれるのは嬉しいよ? けど、ミツキは悪い事をしてないじゃん。何で頭を下げるんだよ。
――それに、どれだけ頭を下げても、ボクの運命は変わらないのだから。
そして、シュリがミツキの言葉を無視し、ゆっくりとボクの眼球に銃口を突き付けた。
「……ッ! シュリッ!」
「悪いけど、ユキは生かせない。ここで殺す。それが、アタシたちのルールよ」
ミツキが再びシュリを止めようとするが、アディンさんが彼の脇に腕を通して動きを拘束する。
「アディンさんまでっ! は、放してください!」
「ダメだ。ユキ君はここで死なねばならない」
ミツキはジタバタと暴れて何事かを叫んでいる。けれども、アディンさんの拘束からは一向に抜け出せそうになかった。
そんな中、手の震えが収まり、覚悟が決まったのか、ボクの体に馬乗りになっているシュリは冷たい眼差しをこちらに向けてきている。
「今度こそ殺す。絶対に殺す。……どうしたの? 不機嫌そうね」
「だって、ミツキが最後まで動機を説明しないし……。どうせ分かっている癖にっ! なのに説明を省きやがって……」
「……何?」
ピクリとシュリの眉が動いた。どうやら彼女はミツキの隠したボクの動機が気になるらしい。
ボクはニヤぁっと、とてもミツキには見せられない嗤いを浮かべた。最期の最期までシュリには嫌がらせをしてやろう。
「ボクはミツキの事が大好きなんだ。愛している。彼の子供を産んで、幸せな家庭を築いて行きたいと思ってるほどさ。だから、ミツキに迷宮を探索されるのは困るんだよ。だって、『迷宮には元の世界へ戻る手掛かりがあるかもしれない』んでしょう? 元の世界に戻ったら、ボクに掛かった呪いは解けて元の姿に戻っちゃうじゃない。……ボク達の故郷は同性愛に寛容じゃなくてね。ミツキと結婚するにはこっちの世界じゃないと難しいんだ」
「……」
シュリは黙ってボクの言葉を聞いている。一言でもいいから喋ってくれないかな? コミュニケーションは大事だと思うんだけど。
「あとはそうだねぇ……。ミツキはシュリを通して妹の紬を見ていると思うんだよね。それが気に喰わない」
「……。アタシは紬じゃない」
「確かに。でもミツキは無意識にお前を妹みたいに扱ってる。『遠景に潜む影』に用があるのはアディンさんだけだ。でも、ミツキは首を突っ込んだ。他でもないお前がいるからだ」
拳銃を握る手に力がこもる。何か些細なきっかけでもあれば、即座に銃弾が放たれるだろう。
けれど、ボクは嘲笑と言葉攻めを止めない。少しでもシュリに嫌がらせをするために。
「ズルいよね。ボクなんて女としてすら見てもらえないんだぜ? でも、お前はミツキに家族のような愛情を貰ってる! 卑怯なんだよッ! 何もしていない癖にッ! 紬に容姿が似ているってだけで愛されやがってッ! そのくせお前は何だッ!? ミツキに迷宮探索なんて危険な仕事を紹介したッ! そのせいでボクがどれだけ気を病んだか知っているのかよッ!?」
思わず声が荒くなる。思いの丈を叫んで、ボクは泣きそうになった。
ズルいズルいズルい! 妬ましい妬ましい妬ましいッ!
……しばらくして正気に返ったボクは肩で息をし、再び嘲笑を顔に張り付けて外ずらを取り繕った。
「ってな動機もあったんだ。ミツキも酷いよね。告白された事くらい、自分で周りに言って欲しかった」
ボクがはにかみながら苦笑すると、シュリは震える声で問いかけた。
「……それじゃあ何でアタシを殺さずにリュシアンを殺したの? アンタが憎かったのはアタシでしょう?」
はぁ? そんな事も分からないのかよ。
コイツの頭に脳みそが詰まっているのか心配になってくるね。
「そんなの、『紬』が死んだらミツキが悲しむからじゃん。だから代わりにお前と親しいリュシくんを殺したんじゃないか。あははははっ! そうだよッ! 全部お前のせいだッ! お前が紬と瓜二つなのが悪いんだッ! はははっ! あははははっ!」
ボクは心の底から嘲笑した。嗤いすぎて呼吸が難しくなってくる。必死に無表情を貫いているシュリが滑稽でたまらない。
いくら取り繕っても銃口が震えてるぜ? 眼球に銃口が突き付けられているから、まるわかりなんだよ! 無駄な強がりほどダサいものはないなっ!?
「……言いたいことはそれだけかしら」
「ぷっ、ふふふっ、……あー。えっと何だっけ? そうだなぁ。引き金を引くのはお前じゃなくてミツキにやって欲しいよね。ボクを殺した感触をべっとりと記憶に刻んで欲しい。たまに、引き金の感触を思い出して気分が悪くなるミツキを想像すると……。すっごく、興奮するっ! 悲しんでくれるなら嬉しいし、嫌悪されるならそれはそれで興奮するし、いいことずくめじゃないかな――」
そして、乾いた破裂音が部屋に響いた。
「もういい。黙れ。お前の望みなんて、誰が叶えるか」
吐き捨てるような、侮蔑に満ちた言葉が静かに放たれた。
まだ少し続くんじゃ。




