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ルールその3『探偵は全ての手掛かりを見落とさない』

「それは違うよミツキ。まだ思いつく可能性は残っている。ボクがやったという証拠が出ない限り、まだボクが犯人だとは確定させられない」


 背中を流れる汗が、突き刺さる視線が、空間を支配する重圧が、その全てがボクの体温を奪って体を震わせる。

 それでも戦わなくちゃ。ただ待つのは愚策も愚策。冤罪という名の死神に、自らの首を差し出すのと同義だ。


「可能性か。そうだな。まだ潰していな可能性を検証しないといけないのも確かだ」


 ミツキが同意したことで空間を蝕む殺意が少しずつ薄れていく。でも、まだだ。まだ気を抜くな。失言一つで裁きの天秤は悪い方に傾くのは確実だ。

 この流れになると感づいてから、足りない頭を使って必死に打開策を思考した。その成果を今、示す。


「まず、ボクが疑われているのはリュシくんと同じく眠気に襲われなかったから。でも、こうも考えられるよね? 『誰かに罪を擦り付けるためにあえてボクに睡眠薬を盛らなかった』もしくは『ボクが耐性を持っている種類の薬を使った』」


 犯人が不活性迷宮の欺瞞(トリック)を見破られると同時に、睡眠薬を盛られても起きていられた人物が疑われるのは当然の流れだ。だから、あえて一人に薬で眠らせなかった。そして、寝たふりをして薬を盛られなかった人物が完全に眠るのを待ってから犯行に移る事で自分への追及を躱すことが出来る。他のメンバーは薬を盛られている為、時間的な余裕は十分にあるはずだ。

 薬を盛らなかった対象が、ボクになるのは必然と言えよう。刻印持ちに対しては無力なため、万が一犯行を目撃されても力づくで黙らせることが出来る。


「他にもまだ可能性はあるよ。『実行犯は洞窟内で待ち伏せを仕掛けており、内部に協力者がいた』。これなら内側に入った協力者が結界を開けられるし、単独で待ち伏せする時の問題点をクリアできる。ボクを眠らせなかったのは、やっぱり追い詰められた時にボクをスケープゴートにするためだ。これなら辻褄が合う」

「ああ、確かにそうだ。だが、ユキが犯人であると言う仮説が消えた訳じゃない」


 くそっ……。はたから見ればそんなにボクが怪しく見えるのか? 確かに眠らなかった事を根拠として挙げるなら、ボクだけが怪しくなる。だが、別の事象を根拠に挙げれば、怪しくなる人物が他にもいる――


「で、でもっ! この迷宮を見つけたのはピティだ! 遠景に潜む影の情報を渡してきたのもピティ! 人形使いなら毒を盛る事も出来るという仮説も出た! そして、ピティの孫のアドミラは人形使い! 彼らを共犯者とした別の内部犯の仕業と考えた方が自然でしょう!?」


 ボク達がこの迷宮に挑むきっかけとなったピティからの情報提供に関する言及がミツキの推理にはなかった。リュシくんを殺したのが魔物ではない限り、ピティは今回の事件の関係者と考えるのが自然にも関わらずだ。

 そして、彼を共犯として考えれば、ここにいる誰にでも犯行が可能になる。何もボクだけが事件を起こせる訳ではない!

 ボクの叫びを聞いて、ミツキはおずおずと頷いた。


「確かにそうだ。だが、ユキ。お前ならピティの記憶を改竄して情報を提供させることも可能なはずだ。さらに言えば、『死を呼ぶ追撃者』がこの場所にいた事も、偶然ではなく必然にすることが出来る。刻印で洞窟内に誘導すればいいだけなんだから」

「ぐっ……」


 彼のいう事も正しい。ピティは魔法が使えず、刻印も持っていない。つまり、彼はボクの刻印の影響下における人物だ。ボクが犯人であるという推理も問題なく成立してしまう……。

 それどころか、ボクを犯人だと仮定すると『死を呼ぶ追撃者』がここにいた理由に説明がついてしまう。

 ミツキは言葉に詰まったボクとは対照的に落ち着いた様子で話を進めていく。


「纏めると、外部犯……ピティと共謀した誰かの犯行という説と、ユキの単独犯であるという説が残った訳だが……。すまない。俺の頭と手持ちの情報じゃ、どちらかに絞るのは無理そうだ」

「そんないい加減な……」


 眉間に指を当てて疲れたようにシュリが呟いた。

 ボクも同じ気持ちだ。犯人が分かったと言い出すから完全に証拠まで挙げて犯人を特定するものだと思っていた。

 けれど蓋を開けてみれば密室の謎を解いただけで、犯人を確定できないままだ。いや、密室の謎が解けただけでも大きな進歩だとは思うが……。


「ここでひとまずユキが犯人だという説……。その真偽を確かめようと思う」


 ミツキはまだ推理はまだ終わらない。

 この先の推理はボクの無実を証明してくれるだけの結果になるだろう。……だが何故だろう? 嫌な予感がひしひしと湧き上がってくる。ここまでボクが犯人であると言いたげな推理を進めておいて、これで追及が終わる訳がないという予感だ。


「仮にユキが犯人だとすると、睡眠薬の持ち込みが必須だ。転移に見せかける為に使用した分、リュシアン殺害時の状況を作り出した分……。だがユキは集合前に持ち物を確認していた。それを俺とシュリは見ている。その時の持ち物にはおかしな点はなかったと思う」

「……そうね。確かに怪しいものはなかったわ」


 そりゃそうだ。ボクは何もやましいものを持ち込んでいないのだから。

 だがなんだこの胸騒ぎは……? まるで、何か心当たりがあるようではないか……。


「それではどうやって怪しまれずに睡眠薬を持ち込んだのか? それは、ポーション瓶の中だ」

「……ッ!?」


 ボクは自分のポーチに手を当てて後ずさった。ま、まさか……。


「ユキはこの迷宮に入ってから”一度しか”ポーションを使っていない。だが、睡眠薬を使用しているなら、量が減っている瓶が二本あるはずだ。さらに言えば、二つ目の事件。ここで毒を混入したのがユキ自身なら三本だ……。なぁユキ。ポーチの中身を見せてくれないか……? そして、お前が犯人じゃないと証明してくれ……ッ!」


 ミツキは祈るように吐き捨てた。

 ボクは歯を食いしばり、じりじりと彼らから距離を取る事しかできなかった。

 少しずつシュリの目から光が消えていく。アディンさんも自身のポーチの中に手を突っ込んでなんらかの薬品に手をかけているようだ。

 臨戦態勢に入る二人の横で、ミツキだけが信じられないと言いたげな表情で力なく呟いた。


「や、やっぱり……? やっぱりそうなのか……? やっぱり、お前が犯人なのか……? 信じたくはなかった……」

「ち、ちがっ……」


 な、何で……? 何でこんなにボクを犯人に仕立て上げるような証拠ばかり出てくるんだよっ!?

 何で? 何でっ!? ボクはリュシくんを殺してはないのにッ!


 このままじゃ濡れ衣を着せられて殺されてしまう……ッ!

 ボクは涙を堪えながら後ずさる。そして、この場から離れるために安全地帯の外に向かって駆け出そうとした。

 けれどもそのボクの行動は許しては貰えなかった。


「動くなッ! ポーチの中を見せろッ!」

「……あぐっ!」


 背中を見せたボクとの距離を一気に詰めたシュリがボクの体を地面に押し倒し、腕を取って拘束してしまう。

 地面に叩きつけられた衝撃で、ポーチの口が開いた。

 アディンさんが地面に押し付けられているボクにゆっくりと近づいてくる。

 そして、ポーチの中に手を突っ込み、中から目的の物を取り出した。


「これは……」


 アディンさんは眉をしかめて『中身の減った三本のポーション瓶』の蓋を開け、中身の匂いを嗅いだ。

 ボクの頭はどうやったらこの場を乗り切れるのかぐるぐると纏まらない思考を繰り返している。けれども全くいい案は思い付かない。


「一本はただのポーションだ。だが……、残りは睡眠薬と毒薬だ……」

「ユキッ! アンタ……っ! アンタがリュシアンを……ッ!」

「ち、ちがッ……!」


 ボクは拘束から逃れようともがくが、体格差と日頃からの訓練の差で、彼女の拘束を解く事が出来ない。

 やけくそ気味に刻印を発動させるが、シュリは一瞬ひるんだだけですぐに持ち直してしまう。

 そして、ホルスターから拳銃を引き抜く音がした。

 撃鉄が引き起こされ、バネが圧縮されると同時に弾倉が回転する音がする。

 後頭部に冷たい鉄の感触を感じ、ボクは空気が漏れるような悲鳴を漏らした。


「最期に、何か言い残すことはない?」

「ち、ちがうっ! ボクは犯人じゃないっ!」

「あぁ、そう。それが最期の言葉でいいのね?」


 だ、だめだ。信じてもらえないっ! ボクは犯人じゃないのにっ!

 引き金に掛けられたシュリの指に力が込められる。あと少し指を動かせば銃弾が放たれ、ボクは死ぬ。

 ……それで、本当にいいのか? こんな結末で?

 ミツキに告白して、その矢先に、他でもない彼の推理によって死ぬ。そんなの……。そんなの、認められるか……ッ!


「ま、まだだ! まだボクが犯人と言い切るには証拠が十分じゃないッ!」

「なに……?」


 地面に体を押し付けられて、彼女の表情が見えなくとも、シュリが不機嫌そうにしているのが手に取るように分かった。

 それでも一応はボクの主張を聞いてくれるようで、即座に引き金が引かれる事はなかった。


「まだ誰かがボクのポーション瓶を取り換えた可能性が残っているッ! ボクを貶めるためにすり替えたんだッ! 人形を使ってすり替えれば、水筒に毒を盛ったようにミツキの刻印を出し抜けるかもしれないッ! ボクが犯人だと決めつけるのはまだ早いッ!」


 そうだ。犯人が欺瞞(トリック)を見破られる事を織り込み済みで行動し、ボクに罪を着せられるように準備していたのならすべて納得がいく。そうでもないと、やけにボクに不利なこの状況は説明できないッ!

 だが、ミツキは首を横に振ってその案を却下した。


「お前の案を認めると、一番怪しいのは俺だという事になるな。俺が犯人ならば、事前に用意した偽物の真実(しんじつ)を得意げに披露してお前を嵌められるんだから。それに、俺は刻印でユキとシュリの嘘を見抜ける。ユキが本気で自分は犯人ではないと言っていれば分かる。にもかかわらず、俺はユキが犯人だと言っているんだ。つまり、俺かユキのどちらかが犯人だと絞れるだろうよ」

「そ、それは……」


 ま、まさかミツキが犯人……? でも、そんな事はないと信じたい……。

 混乱しておかしな思考を始めたボクに対してミツキは感情を抑えるように、淡々とした様子で語った。


「俺が犯人という事になれば、俺は死ぬ。殺される。そうだな、シュリ」

「ええ。もしも、アンタが犯人だったら、アタシが容赦なく殺すわ」


 ミツキの問いにシュリは迷いなく答えた。

 何で? 何で今まで一緒に冒険してきた仲間をそんな簡単に殺せるなんて言うんだよ?

 それに、ミツキもミツキだ。何で、自分の身が危険になるような発言をするんだよ。ボクはミツキには死んでほしくないのに……。


「なぁ、ユキ。俺もお前が犯人じゃないと信じたいんだ……。でもダメなんだ……。今、俺は命の危機に晒されているのに、何にも新しい情報に気付けないんだ。『生存に必要な情報を見逃さない』のにだぜ……? つまり、事件に関する証拠は全て出揃っている。これ以上の証拠は出てこない」

「そ、そんな……」


 じゃあ、まだ見つかっていない証拠はないって事……? ボクかミツキが犯人で確定……? ボクが犯人ではないという事はミツキが犯人……?

 訳が分からない。おかしいおかしいオカシイ。意味が分からない。どうしてこんな状況になっているんだ? ボクはただ、ミツキに無茶をして欲しくなかっただけなのに。


「これ以上は絞り切れない。俺は潔白を証明できない。けれど、犯行動機を考えると、お前は自白するしかないんだ。詰んでいるんだよ。ユキ」


 動機? ははっ! やってもいない犯罪の動機と来たかっ! そんなものある訳ないだろうッ!? ボクはやっていないんだから! ボクが自白する事もあり得ないッ!


 だが、ミツキはついに決定的な言葉を放つ。


「ユキ。確かにお前は嘘をついていないさ。でも、お前は刻印で、自分の記憶を改竄している(・・・・・・・・・)んだろう? お前は自分の発言が嘘だと思ってはいなかった。だから俺はお前の嘘を見破れなかったんだ……」

「そ、そんな……っ! そんな馬鹿な……ッ!」


 ボクは思わず、自身にかけていた痛み止めの刻印を解除した。

 そして、そこには全ての答えがあった。




 ――

 ――――


「――あ、あぁ……。ボクの負けだよ。ミツキ……。そうだよ。ボクがリュシくんを殺した。ついでに、自分の水筒に毒を盛ったのもボクだ」


 完敗だった。

 全ての謎を見破られ、ボクの動機を盾に、自らを人質にしてボクの自白を引き出したミツキの勝利だ。

 記憶を取り戻したボクは全てを認めた。

 ピティを洗脳してこの場所に『遠景に潜む影』がいると言わせた事も、夕食に睡眠薬を盛ってリュシくんを殺したことも、迷宮に『死を呼ぶ追撃者』を誘い込んでおいたのも、自分の水筒に毒を盛った事も、全部、全部ボクがやった事だ。


 それをボクは満面の笑みで認めた。


動機は次回。

今度は遊戯王とか世界樹とかシャドバに負けないようにしたい(願望)

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