盤面作成
「ここが迷宮でない……? そんな訳がないっ! 確かにここは迷宮よ! 魔物がいて罠があって、安全地帯があるっ! それなのにどうしたらここが迷宮じゃないって言い切れるの!? 特に安全地帯は迷宮にしか存在しない! あの結界はとても人間には再現不可能な代物なのよ!?」
ミツキの疑念に対してシュリが烈火のごとく反論する。
確かにこれだけの条件が揃ってこの場所を迷宮じゃないと考えるのは無理があるだろう。
しかし、ミツキは苦笑を浮かべて首を横に振った。
「結界が迷宮以外に存在しないってのは初耳だな。だがまぁ、推理の大筋にはあまり関係がない。さて、『ここが迷宮ではない』とは言ったが、少し語弊がある。ここは『俺たちのよく知る迷宮ではない』と言ったほうが正確か?」
「よく知る迷宮ではない……?」
シュリがミツキの迂遠な言い回しに苛立っている間に、ここまで黙っていたアディンさんが彼の言わんとする答えにたどり着いた。
「そうか……。ここは『活性迷宮』ではなく『不活性迷宮』なんだな?」
その答えにミツキは頷いた。
「そう考えるのが自然でしょうね。古代の遺跡だとも考えたが、安全地帯は迷宮にしか無いらしい。その線は消えるだろう」
「でも……っ、ここは確かに活性迷宮よ! 不活性迷宮のはずがない!」
その意見を否定したのはシュリだった。そしてミツキは彼女に問いかけた。
「じゃあ聞くが、ここを活性迷宮だと判断した理由はなんだ?」
「そんなのは一目瞭然よ! 魔物がいるし、迷宮に入った時に意識が飛んだの! それこそがここが活性迷宮である証っ! これだけ条件が揃ってて、この場所を不活性迷宮だと疑う方がどうかしているっ!」
確かにそうだ。休眠期に入った迷宮には迷宮主以外の魔物が存在せず、転移が発生しない。迷宮に入ると同時に気を失うのは転移の衝撃に体が耐えられないからだ。つまり、この迷宮に入る時に気を失った以上、転移が発生していると考えるのが自然だ。
そして、ミツキは首を縦に振った。
「そうだ。俺たちは魔物がいる事と、ここに入った時に気を失った事を根拠に、ここが『活性迷宮』だと判断した。だが『結界が破られた』と考えたり、『迷宮の罠が取り外された』と考えたりするよりは、ここが『不活性迷宮』であると考える方があり得そうだろう? それに、ここが『活性迷宮』ではないと考えられる根拠はいくつかあるしな」
「根拠……?」
ボクはこの迷宮に入ってからの出来事を夢想する。しかし、不活性迷宮だとどうやって証明するのだろうか?
……いや、そうじゃない。活性迷宮だとしたらおかしな点があるんだ。そうだ。この迷宮には違和感があった――
「もしかして、この迷宮の難易度が低い事?」
ボクが呟いたその答えにミツキは頷いて同意する。
「そう、この迷宮は刻印持ちが挑んでいるにしては難易度が低すぎるんだよ。刻印を持つ人間が中に入ると迷宮の難易度は上がる。そして俺たちは全員刻印持ちだ。にもかかわらず、この迷宮のヌルさは何だ? ……俺たちは原因を『遠景に潜む影』に迷宮のリソースが注ぎ込まれていると考えていた。でも違った。ここが不活性迷宮だったからだ。不活性迷宮には誰が入っても中の構造は変化しない。つまり、『迷宮の難易度は刻印の有無に左右されない』」
……ボク達の間に沈黙が落ちる。
誰もが彼の言の妥当性を検証しているようだ。しかし、すぐに沈黙は打ち破られた。不活性迷宮だと否定し続けているシュリだ。
「でも、この迷宮には魔物が沢山いたのよ? 不活性迷宮にはそもそも魔物が湧かないわ」
「ああ、その答えなら、ユキが持っている」
「えっ、ボク?」
その場の全員の視線がボクに集中する。
その圧力に少したじろいだが、やましい事は何もないので何とか踏みとどまった。
魔物が多くいた謎の鍵をボクが握っている? でもボクは迷宮に入ってからみんなと違う動きはしてないぞ? それなのにどうして?
……逆だ。迷宮に入った後の行動ではなく、迷宮に入る前の行動だ。それが、この謎を解く鍵なんだ。
「ボクが森で飢え蜘蛛に追いかけられた時に、飢え蜘蛛を王鳥に押し付けたんだ……。その時の生き残りが洞窟の中に逃げ込んで、奥の不活性迷宮の中で繁殖した……」
「……そうなんだろうな。飢え蜘蛛は繁殖力に優れた魔物で、外敵のいない不活性迷宮の中で爆発的に数を増やしていった……」
「だが、それでは『死を呼ぶ追撃者』が迷宮にいた事に説明がつかない」
ボクが不活性迷宮に魔物がいた謎に納得しかけた時、アディンさんが次の謎を投げかけた。
リュシくんが殺された安全地帯に着く前に遭遇した魔物だ。確かに、あいつがここにいた謎が解けていなかった。
だが、ミツキは落ち着いた様子で反論する。
「逆です。『死を呼ぶ追撃者』がいたからこそ、不活性迷宮だと疑うことが出来る」
「……なに?」
アディンさんの眉がわずかに動き、怪訝そうな表情を作ったように見えた。
「『死を呼ぶ追撃者』は『食い荒らす飢え蜘蛛』よりもかなり強い魔物だった……。本来なら、迷宮の奥で発生するような魔物だと思う。けれど、遭遇した場所は一番目の安全地帯に着く前だった……。定期的に遭遇するのならば、『死を呼ぶ追撃者』と『食い荒らす飢え蜘蛛』が出現する迷宮だったと考えればいいだけだが、これまで一度しか遭遇していない……。つまり、『死を呼ぶ追撃者』もここに迷い込んだだけの魔物なんだ」
ミツキはそういって話を締めくくる。
しかし、アディンさんは低く唸り、彼の話に納得していない事が見て取れた。
「……この場所は『王鳥』に守られていた。偶然迷い込んだ魔物がいるとはとても考えられない」
「でも可能性はゼロじゃない。現に、ユキ、ピティ、飢え蜘蛛が迷宮のある洞窟に迷い込んでいる。王鳥だって四六時中巣にいる訳でもない。他に迷い込んだ生き物がいてもおかしくないでしょう?」
「それはそうだが……」
アディンさんは口では同意しながらも、どこか釈然としない様子だ。
ボクも似たようなものである。事件の解明のために『偶然』を使ってもいいものだろうか? 確かに、不活性迷宮を活性迷宮に誤認させる条件が『偶然』整うこともあるだろうが……。もやもやとしたモノが残る推理だ。偶然、犯行に都合のいい舞台が作成されたという推理は、他の可能性が考えられなくなってから持ち出しても良かったのではないのか?
ミツキはあまり納得できていないボク達の表情を見渡して苦笑し、それでも推理を先に進めた。
「それじゃあ、この件は後でもう一度振り返る事にして、次の謎に取り掛かろう。次はどうやって転移を引き起こしたのか……だが、これは簡単だ。洞窟内にいた俺たちを薬や魔法で眠らせてしまえばいい。その後、俺たちを迷宮の中に担ぎ込んで転移が発生したように錯覚させる。洞窟内は視界がほとんど確保できなかったからな。俺たちに気付かれないように罠を張る方法なんていくらでもあると思う。……さて、ここまでで何か質問はないか?」
ミツキはボク達を見渡し、これまでの推理に疑問がないかを投げかける。誰もが黙り込み、彼の推理におかしな点がないのかを思考していた。
そして、しばらく経っても誰も疑問を口にしない言を確認し、推理は次の段階に移行する。
「さぁ、次はどうやってリュシアンが結界内で殺されたかを考えていこうと思う」
そして、彼の言葉で再び部屋にピリピリとした圧力が満ちていく。
さぁ、ここからが本番だ。ここが活性迷宮ではないのなら、事前に迷宮内にクロスボウを持ち込むことが出来る。次に問題になるのは”誰が殺したか”が問題となるのだろう……。




