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初めの間違い

 一ヵ月放置回避っ

 ミツキの宣言と共にピリピリと空気が張り詰めていく。すぐ隣から発せられる威圧感にボクは体を震わせ、縮こまる事しかできなかった。


「今、犯人が分かったと、そう言った?」

「ああ、そうだ。今から安全地帯の密室を破り、犯人を燻り出そうと思う」


 ミツキに問いかけたのは空気を張り詰めさせている原因たるシュリであった。

 彼女の目は怒りで血走り、利き腕が拳銃に添えられていた。この場に犯人がいるならば、すぐにでも撃ち殺す気のようだ。

 ミツキは語る前に彼女に釘を刺した。


「これから語るのはあくまでも仮説(かせつ)。無理なく密室の欺瞞(トリック)を破る事ができる一つの案に過ぎない。物的証拠が出てくるまで抑えてほしい」

「……。そう、分かったわ」


 シュリはミツキの指示に従い、ためらいながらも拳銃から手を離した。このままだとミツキが話を始めないだろう事を理解したからだろう。

 ミツキはシュリが臨戦態勢を解いた事を確認してからボク達に宣言した。


「それじゃあ、推理を始めようか。俺たちがこの迷宮を無事に出るために」




 ――

 ――――


「さて、今回の事件は大きく分けて二度の犯行が引き起こされている。安全地帯の中にいたリュシアンの殺害と、ユキの水筒に毒物を混入した事だな」


 推理を始める。そう宣言したミツキは第一の問題点を話題に上げた。

 ボク達は彼の言に誤りがない事を認めてそれぞれ頷いた。


「ではこれらは同一犯による仕業なのか? それともそれぞれの事件は独立していて、犯人が別にいるのだろうか?」

「はぁ? そんなの同一犯に決まってるでしょう? 馬鹿な事を言ってないでさっさと話しを進めなさいよ」


 ミツキの冗長な前置きに、シュリが苛立った様子で呟いた。そんな、シュリをアディンさんが窘める。


「いや、確かに同一犯の仕業であるという根拠はない。犯人がそれぞれ別々にいるという可能性もあるか」

「そうです。初めからこの二つを一つの事件として扱うのはリスクが大きい。同一犯の仕業であると確定するまでは別々の物として扱おうと思う。さて、一つずつ片づけていこうか」


 そして、ミツキは安全地帯の中心にある水晶に触れた。結界の核とも呼べる代物だ。それを撫でながらミツキは次の話題に移った。


「では、どちらから片付けるのが合理的だろうか? 俺はリュシアンの殺された事件から考えるのが自然だと思う」

「その根拠は何かな?」


 ボクが問いかけるとミツキは頷いて理由を述べた。


「情報量の違いだよ。何もない通路で犯行が起こるのと、安全地帯の中で犯行が起こるのでは取れる手段の量が段違いだろう? 結界の存在があらかたの犯行手段を否定してしまう。逆に言えば、犯行手段を一つに絞り込みやすいって事だ。ついでに言うと、毒に関しては人形使いには犯行が可能って結論になった。それが正しいかは分からないが、他の手段が思いつかなければその方法で毒を盛ったと結論を出せばいい」

「そんないい加減な……」


 ボクが呆れた声を漏らすと、ミツキは苦笑して反論した。


「俺たちには推理で導き出した真実を『絶対不変の真実』と断定する事は出来ない。矛盾のない推理を披露し、物的証拠を揃え、容疑者が自白して事件が解決しようとも……。それが実際に起こった出来事と一致するとは限らない。真実に至る手掛かりを見落としているかもしれない。手掛かりが偽りかもしれない。なにかしらの理由で容疑者が嘘の自白しているだけかもしれない。さらに言うと幽霊の仕業かもしれない。そして、それらの可能性を否定することは出来ない。ゆえに、俺たちは『最も納得できる理論』をとりあえずの真実として扱っている。っとまぁ、これは本筋とは外れるかな……」


 アディンさんは納得しているのか何度も頷いているが、シュリはちんぷんかんぷんといった様子で疑問符を浮かべている。ボクはといえば呆れ顔を浮かべていると思う。

 後期クイーン問題だったか? 確かにそうだと納得させられる理論であるが、幽霊の存在までを持ち出されても、そんな事は起こらねぇよと呆れてしまう。

 ミツキは咳払いをして推理を仕切り直した。


「ひとまず、リュシアンが死んだ事件について考えようと思う。今回の事件を解決困難にしている原因は、安全地帯を覆う結界の存在だろうな。リュシアンは安全地帯の中で殺されており、凶器は部屋の中に放置されていたクロスボウ。ただし、結界の中に凶器を持ち込んだ人物は誰もいなかった……」

「ああ、死因がクロスボウの矢であったのはオレが保証しよう。その他には不自然な点は無かった」

「うん。ボクもその場に居合わせたけど他に目立った傷はなかったかなぁ」


 ミツキは頷いてさらに推理を推し進めていく。


「そうだ。二人の証言からリュシアンがクロスボウによって殺されたと考えていいだろう。それに、万が一ほかに死因があったとしても、クロスボウの持ち込みに関する謎は避けては通れない。では、どうやってクロスボウを結界の中に持ち込んだのか?」


 ミツキは大仰に手を広げてボク達を見渡した。

 ボク達は誰も声を発しない。いや、発せないのだ。この話題はこれまで何度も議論を繰り返し、そして答えが出なかった。それなのに新しく意見を出すのは難しかった。

 しかし、ミツキはその答えを得たという。


「『結界の中にはいかなる手段を用いても干渉することが出来ない』のならば、内側から開ければいいと考えるのが自然だが……。しかし、それができるのは内部犯だけで、内部犯ではクロスボウを持ち込むことが出来なくなってしまう。クロスボウを荷物に忍ばせるのは大きさ的に無理だし、『迷宮は入るたびに形を変える』以上、事前に凶器を持ち込んでおくのは不可能で、迷宮内で調達するのは現実的ではない。『迷宮の罠は取り外しができない』上に、一人で探索を進めて魔物から奪ってくるのは自殺行為だからだ。そもそも、武器を使う魔物が迷宮にいる保証もない。そして、外部から結界内の物を遠隔操作できる手段はなく、寄生や憑依を用いて俺たちの誰かを操れる魔物は常識的に考えて存在しない」

「それじゃあ、やっぱりクロスボウをボク達が持ち込むのは不可能なんじゃ……」


 ボクが弱々しく呟くと、シュリも同意するというように頷いた。

 条件を聞けば聞くほど、ボク達のうちの誰かが迷宮にクロスボウを持ち込むのは不可能だと思えてくる。

 しかし、外部犯だとすると今度は結界を破る事が出来なくなる。『結界の中にはいかなる手段を用いても干渉することが出来ない』というのは絶対不可侵のルールだと言われているからだ。

 ミツキもため息を吐いて同意した。


「ああ、この条件では無理だろうな」

「この条件では?」


 含みのある言い方にボクが疑問符を浮かべると、ミツキは諭すように頷いた。


「そうだ。これまでの前提で解けないのならば、『その前提が間違っている』と考えるのが合理的だ」

「そんな……、そんなはずはないっ! 迷宮に関するルールは先人たちが長い時間をかけて検証した、信頼できる決まり事よっ!? それが覆されることは絶対にないわっ!」


 ミツキの宣言にシュリが声を荒げた。アディンさんも彼女の意見に同意なのか無言で頷いている。それはそうだろう。今まで生きてきてずっと信じてきた常識を疑えと言われて戸惑わない者がどこにいようか?

 そして、ミツキは彼女たちの意見を否定しなかった。


「あぁ……。確かに、結界の中にはどんな手段を用いても干渉することが出来ないんだろう。迷宮に入るたびに形を変えるのも俺は身をもって体験している。試したことはないが、迷宮の罠も取り外しができないんだろうな……。これらの前提は疑っていない。俺が疑っているのは、これらのルールを適用しようと考えた前提だ。つまり――」


 そして、ミツキはたどり着いた仮説(しんじつ)を口にする。


「――ここが『迷宮』である。その前提が間違っているんじゃないのか?」


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