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ミステリ的思考とアプローチ

タグにボーイズラブを追加しました。

投稿を開始するときに完全に忘れていました。TSならその中身にBLがあるのは当然だという勝手な思い込みのせいで、登録したと思い込んでいました。

今回は今まで以上に"濃い"内容だったので思い出しました。外見は少女と少年ですけど、中身は少年同士ですからね……。


今回はヒントを散りばめられていますが、推理に必須な情報が追加されるという事はありません。苦手なら飛ばしてもらっても構いません。……自分で答えを出したい場合は難易度が跳ね上がると思いますが。


「さて、少し引き返してユキ君たちを襲撃した魔物を探そうと思う。迷宮主と交戦中にちょっかいを出されてはたまらんからな。オレは効率を上げるために二手に別れようと考えているが、何か意見はあるか?」

「……この状況で二手に別れるのは危なくないかな?」


 毒の混入についておおよその意見が出揃ったところでアディンさんが次の行動を提案した。

 ボクは二手に人員を割くという案に危険を感じて、思いを口に出してみる。

 しかし、アディンさんは首を横に振った。


「毒を盛る方法はいくらでも考えられるが、結界を破る方法は結局分からない。そんな未知の能力を持っているかもしれない相手を前にして纏まって行動していては、一掃される可能性がある」

「でも、今までは全員で行動していたじゃないですか。それを急に変えろだなんて……」

「今まで常に全員で行動していたのは迷宮自体の危険性ゆえだ。魔物の襲撃を受けた時に少人数でいたら、立て直せないだろう? それに、人数が多ければ罠も発見しにくくなる。迷宮の罠や群れた魔物は『遠景に潜む影』よりもよっぽど危険なんだ」


 アディンさんは迷宮の厄介さを説き、複数人で行動する利点を上げた。しかし、それでも小数人で行動した方がいいと提案する。


「だが、これまでの探索で地図は完成し、ここらの魔物はあらかた倒した。あとは『遠景に潜む影』に備えるだけだろう? 未知の魔物との戦いは長引けば長引くほど事故の可能性が高くなる。人手を二つに分けてでも早急に排除する必要がある」

「た、確かに……」


 ボクはアディンさんの言葉に納得して反論の手段を失った。

 しかし、理性で納得をしても感覚がそれはダメだと叫ぶのだ。ここで二手に別れては取り返しのつかない事態になる――。具体的には、次こそ二人目の犠牲者が出てしまうという思いが消えないのだ。


「俺はアディンさんの意見に賛成ですね。早めに憂いを絶って、できるだけ迅速にこの迷宮を出た方が安全だと思います」

「ミツキ……」


 ボクはミツキがアディンさんの意見に賛成したのが意外に思えた。何となく彼も二手に別れる事には反対すると思っていたのだ。

 シュリも二手に別れる事に賛成し、ボクたちは別行動をする事に決まった。


「メンバーはオレとシュリ、ミツキとユキに分ける。時間になるか手掛かりを手に入れた時点で安全地帯(ここ)まで戻ってくるように。もしも手掛かりが見つからなかった場合は先に進む事にする」


 メンバーの振り分けは攻撃役(アタッカー)のボクとシュリを別々にし、ボクは複数体の魔物に囲まれては無力なため、そもそも囲まれないために探知能力の高いミツキと組む事になった。

 ボク達は迷宮を引き返し、T字路になっている場所から二手に別れた。

 ボクはアディンさんの書いた地図の写しに目を落とし、ミツキは魔物の痕跡がないかを確かめながら迷宮内を歩いていく。


「左の壁には罠があるから触らないで」

「おっと、危ない……。それにしても、魔物がいた痕跡は見つからないな……。足跡が残るような地面じゃないし、たまに壁のツタが噛み千切られているが、どうせ飢え蜘蛛だろうしな」


 シュリとアディンさんと別れてからしばらくして、ミツキはため息を吐いて呟いた。


「仕方ないよ。知恵のある魔物が本当にいるなら、そんな簡単に痕跡を残すような事はしないと思うし」


 ボクが苦笑いを浮かべて考えを口に出すと、ミツキはこちらを探るような目でじっと見つめてきた。


「な、なにさ……?」

「いや……。ユキが二手に別れるのを反対したのは、俺たちの中に犯人がいると考えたからじゃないかって思ってな」

「……」


 図星である。

 ボクはみんなを疑った後ろめたさから咄嗟に返事をすることが出来ずに、彼から視線をそらした。

 ミツキはなおも真剣な口調で問いかけた。


「ユキが俺たちを疑う理由には明確な根拠はあるか? それとも、元の世界での『お約束』ってやつか?」

「……後者」


 ボクはバツが悪くなって小声でつぶやいた。

 ボク達が慣れ親しんだミステリ物では別行動を開始した途端に犠牲者が出るのは当たり前で、似た状況に陥っている現状で明らかな”死亡フラグ”を踏みに行くのに抵抗感を感じるのだ。

 ミツキはその答えに苦笑し、肩を竦めて(たしな)めた。


「まぁ、その感覚は分からなくもないけどな。だが、アディンさん達は俺たちの中に犯人がいるなんて思ってもいないだろうな。それぐらいにこれまでの迷宮探索で積み上げてきた信頼がある」

「じゃあ、ミツキはどうなのさ……。みんなみたいにずっと一緒にいた訳でもないのに……」

「俺か? 俺は、例え犯人がこの中にいるとしても、次の行動を今起こすとは考えにくい思っている」


 ボクはその根拠が気になって目を逸らすのを止めた。ミツキは指を一本、ピッと立てて諭すように続きを語る。


「いいか? 今この瞬間に行動を起こせば、誰が犯人なのか一目瞭然だろう? 犯人と被害者が二人っきりという状況は逆に動きにくいんだ。外部犯の仕業に思わせるにしても限度があるからな。特にユキは何かが起これば内部犯だと疑って調査するだろう? なんらかの欺瞞(トリック)を使って外部犯の仕業に見せかけても、大人数で固まって行動していた今までよりも格段に見破られやすい。容疑者が少なくなっているからな」

「でも……」

「……なぁユキ。今回の事件はミステリーのお約束的に考えると不自然じゃないか?」

「不自然……?」


 ミツキは煮え切らないボクを納得させるためか、別の視点からの意見を提示した。


「ああ、今の俺たちの晒されている状態はいわゆる、クローズドサークルってやつだろう? 外部との連絡が取れず、その中で登場人物が不可能犯罪によって次々に殺されていく。……自分がそんな状況に晒されていなければ、素直に心躍る設定だと言い切れるんだけどな」

「まぁ、似ているっちゃ似ているけど……」


 元の世界にいた時には推理小説を読むことを趣味にしていたミツキは現在の状態を推理小説的に表現した。たまに推理小説とはなんぞや? という講義を聞かされていた事を思い出して少し懐かしい。


「……さて、クローズドサークル物ではしばしば『なぜ犯人はこんな状況下で犯行を犯す必要があったのか?』という議論がなされる。なぜなら、容疑者がクローズドサークル内にいる人間に限定され、犯人であると見抜かれやすくなるからだ。いくら巧妙な欺瞞(トリック)でも種がある以上は見破られる可能性はある。普通に考えればクローズドサークルを形成するメリットよりもデメリットの方が大きいんだ。けど、今回の事件ではこの閉じた空間で犯行に至る十分なメリットがあると思う。何だか分かるか?」


 ミツキの問いかけに、ボクは口元に手を当てて思考した。

 犯人がクローズドサークル……つまり、迷宮内で犯行を起こす理由? 普通に犯行を重ねるよりも自分が犯人であるとバレにくいとか? いや、特にそんな事はないはずだが……。犯行現場を密室にする理由だって、時間稼ぎ以上の意味は――


「――あっ」

「どうだ? 分かったか?」


 ミツキの問いかけにボクは青い顔で頷いだ。


「……『迷宮内で起こった事件は罪には問われない』。迷宮内で罪を犯すだけのメリットがあるんだ……」

「そうだ。迷宮内で起こった事件は、後からの捜査が不可能だ。そして、罰はその場の人間の判断によってのみ執行される。だから、脱出までの時間を稼ぐことが出来れば罪には問われないわけだ。そこに、不可能犯罪を仕掛ける動機がある」


 じゃあ、やっぱりボク達の中の誰かが犯人? 何食わぬ顔で次の標的が隙を晒すのを待っている? そんな怪物がボク達の中にいる?

 ボクが不安に押しつぶされそうになっていると、ミツキが軽くボクの肩を叩いた。彼は優しい笑みを浮かべて励ますように言った。


「言ったろ? 今回の事件は不自然だって。だから、お約束を守ってこの中に犯人がいるとは限らないさ」

「あっ……」


 ミツキはボクの手を取り、怯える子供を安心させるように宥めた。

 ボクは赤くなった顔を俯けて彼から表情を隠した。彼の考えを聞いているうちに不安に蝕まれていた心が軽くなっていくのを感じた。


「内部に犯人がいると仮定すると一つ目の事件にはおかしな点がある。『事件が安全地帯の中で起こった』んだ。犯人が時間を稼ぐには自分の他に犯人を用意することが手っ取り早いと思う。つまり、魔物の仕業に見せかけるわけだな。そうすれば、自分に疑いの目が向くまでの時間を稼ぎやすくなる」


 ミツキはそこでいったん言葉を切ってボクの頭を撫でた。


「だけどこの事件は、内からの犯行も外からの犯行も不可能になっている。つまり、結界内で起こった事で内部に疑いの目が行く可能性が残ってしまった。だから、内部犯と考えるには怪しさが残ってしまうと思う。迷宮で殺人を犯そうと計画を立てるような狡猾な人間が、そんな不完全な方法を取るとは思えないんだよ」


 ボクはミツキの言葉に納得して彼の体から距離を取った。流石にずっと彼に触れているのが恥ずかしくなってきたからだ。不安に押しつぶされそうになっていた時ならともかく、気を持ち直した今は平静でいられる自信がない。


「……そっか。でも、犯人が意図しない理由で密室が出来たてしまっただとか、突発的な理由で行われた犯行だったから雑だったとも考えられるよね?」


 ボクは意地悪な笑みを浮かべて、同じく意地悪な質問を投げかけてみる。

 ミツキはそれを苦笑と共に一蹴した。


「それはないだろうよ。安全地帯に結界が張られるのは全員が知っていたんだ。犯人の意図しない理由で密室が出来たとは考えにくい。突発的な犯行ってのもナシだ。クロスボウが手に入らないし、ここの所、メンバー間で不和が起こるような事もなかったからな」

「だよねー」


 ボクは内部に犯人がいないだろうと納得すると同時に、大きく伸びをした。

 ミツキと話をしてだいぶ心労が減った。これで犯人の魔物探しに集中できる。

 ボクとミツキは探索に戻って飢え蜘蛛以外の痕跡を探すのを再開した。


「それにしても、ボク達の中に犯人がいないとしても、結界を破るような魔物はいるってことだよね? それはそれで不安かな……」

「でも、仲間から刺される不安よりはマシだろう?」

「まぁね」


 そして、不安を解消したボクは自然にミツキに対して笑みを返すことが出来た。

 あとはボク達を襲った魔物の痕跡を見つけるだけだ……。




 ――

 ――――

 ボクとミツキは魔物の痕跡を探し続けたが、結局、集合時間が来るまでの間にそれらしいモノは見つからなかった。ボク達を襲った魔物は迷宮の奥に逃げたのかもしれない。

 ボク達は集合場所に決めていた安全地帯に向かって足を進めた。その間にボクはミツキに気になっていた事を尋ねてみた。


「ねぇ……、ミツキはさ……。ここから出てもまだ迷宮に潜るつもりなの?」

「それは……」


 彼はボクの問いかけに即答せずに一瞬視線を彷徨わせた。彼も迷っているのかもしれない。

 だからこそ、ボクは追撃のように次の言葉を放った。


「やっぱり、迷宮は危険だよ。リュシくんも訳が分からないうちに死んじゃってさ……。ボク達だっていつ死んじゃうか分かったもんじゃないよ? もうこんな事は辞めよう? (つむぎ)を生き返らせるって言ったって、ミツキがそんな死んじゃったら意味ないじゃん……」

「ユキ……。それでも俺は――って、……っ!?」


 ボクはつま先を限界まで伸ばしてミツキの唇に自分の唇を重ねた。そのままでは辛いので腕を彼の頭に回して顔の位置を少し下げてもらう。自分の背が縮んでしまった事がもどかしい。

 ミツキはボクの不意打ちに対処できずに、口づけを許してしまった。

 彼の返事がボクの求める物じゃないって、そんな気がしたから。ボクが無理やりにでもミツキの口を塞ぐのは仕方ないじゃないか。

 ミツキは力ずくでボクを引き剥がし、真っ赤になりながら後ずさった。


「……っ!? おまっ! お前っ! 何考えてんだっ!?」

「えへへ……。キスしちゃったっ」


 引き離された衝撃で口元から溢れたミツキの唾液をぺろりと舐め取り、彼の手を取った。ボクは顔を赤くして目を逸らそうとするミツキの目を覗き込んで逃亡を阻止し、至近距離で囁いた。


「ふふっ、大好きだよ。ミツキっ。どうやらボクは案外ちょろいみたいだ。さっきの推理で惚れ直しちゃったっ。一緒にいて安心できる」

「……は、はぁ!? 男同士でそんな事っ!? ……ッ!?」


 ほら、また都合の悪いことを言った。今度は軽いキスじゃなくて舌まで入れて黙らせてみる。……うーん。たぶん初めて同士だからか拙いなぁ。少なくともボクはこんな事をするのは初めてだ。

 ボクは抵抗できずにいるミツキからゆっくりと顔を離した。顔に手を添え、目を見つめてニガサナイ。ボクは首を傾けて問いかけた。


「ねぇ、ミツキにはボクが男に見えているの? 今は女の体だよ? ボクを見る目が男だった時とは違ってきてない? ……少なくともボクはミツキを見る目が変わったよ?」

「うっ……」


 ちょっと上目遣いにしてみるとミツキはたじろぎ、後ずさってしまう。ボクはさらに追い打ちをかけるべく、指を一つずつ立ててこれまでのミツキの行動を振り返っていく。


「女になったボクの体にあまり触れようとしなかった。ボクが無防備に下着姿を晒した時には目を逸らしていた。……ボクの心はともかく、外見は女性だと認識している。だったら、付き合うのに何の抵抗感もないんじゃないかな? もしそうなら、ボクと結婚して欲しいなっ」


 ミツキが突然の事に混乱している今がチャンスだ。普段言えないような事をここぞとばかりにぶちまける。

 ミツキはそれでも苦しまぎれに反論を返した。


「……あっちに戻ったら男に戻るだろうが。俺は同性愛者じゃない」

「ボクは男に戻っても求婚するよ? そのぐらいには吹っ切れた」

「マジかよ……」


 ボクが腰に手を当てて胸を張って言い切ると、ミツキは頭に手を当ててうめき声を上げた。指の隙間からチラチラとこちらの様子を伺っているのが可愛いなっ!


「……男と付き合うのが嫌ならさ、こっちに残って一生を過ごすのも一つの選択肢だと思う。そうすればボクは女の体だよ? それとも、ボクの事、嫌いになっちゃった?」


 どうしても、最後の言葉は震えてしまった。

 やはり、嫌われるのは怖い。気持ち悪がられるのは怖いのだ。

 ボク達が慣れ親しんだ文化は同性愛を嫌悪する傾向にあると思う。嫌悪するように刷り込まれている。理性では同性愛という事象に理解を示そうとしても、感情が拒否してしまう。だからこそ恐ろしい。

 ミツキは、ボクの前でがしがしと頭を掻いて思考した。


「……あー。なんだ……。そんな不安そうな顔すんな。ちょっと驚いただけだ……。今日の事で距離を取ろうなんて思わないよ。お前とは気が合うし、話していて楽しいけど……。やっぱり、恋愛対象としては見れない」

「そ、そっか……」


 恋愛対象に見れないと言われて残念なような、拒絶されなくて嬉しいような……。何とも言えない気分になった。

 だから、ボクはフラれたショックを隠し、クスクスと笑ってミツキに宣戦布告する。


「だったら、これからは振り向いてもらえるように頑張らないと。ボクは諦めないよ! 帰りを待ってる人がいるんだから、あまり無茶しないようにねっ!」


 口元が緩み、自然に笑みがこぼれてきた。これまで溜め込み否定しなくちゃと思っていた想いを、勢い任せにしろ口に出しきって清々しい気分だ。

 ミツキは顔を赤くしてそっぽを向いた。


「やめろ……。そんな事を言われたら迷宮に行き辛くなる……。お前、俺が迷宮に潜りにくくなるように告白したんじゃないだろうな……?」

「ふふっ。それもちょっとは考えてたけどねぇ。でも、勘違いしないでよ。好きなのは本当だから。……やっぱり、ボクに告白されても迷宮に潜ろうと思う気持ちは変わらない?」

「……少し揺らいだ。でも、すまん。やっぱり俺は迷宮に潜るよ」

「……そっか」


 そして、話が続かなくなり、しばらくは黙々と道を引き返した。

 ……今までは沈黙が落ちても気まずくなかったのに、今は少し不安になってしまう。

 チラリとミツキに視線を向けると一瞬目が合い、すぐに逸らされた。そのままじっと見つめていると僅かに彼の顔が赤くなっていくのが見て取れた。


 ふふっ! これは意外と脈ありなんじゃないかなっ!? このまま押し倒して既成事実を作ってしまえば、探索を諦めてこっちで一緒に暮らしてくれるんじゃないかなっ!?


 そんな欲望に満ちた桃色の妄想を浮かべてニヤニヤとしていると、意識を色恋沙汰から逸らすためかミツキは真剣な口調で話し始めた。


「それにしても災難だよなぁ。初めての探索でこんな訳の分からない敵と出会うなんてさ」

「そんな事ないよ。ボクはアディンさんに恩返しをするために迷宮に挑んだだけで、普通なら迷宮に挑む事は一切なかったんだと思う。だから、『遠景に潜む影』と遭遇する今回の探索が最初になるのも必然だし、厄介な敵と遭遇するのも必然だったよ。ゲーム風に言うと、ボクが迷宮に挑むための前提条件(フラグ)を考えれば、困難に直面するのは最初から分かっていた……って事だね。まさか、リュシくんがあんな事になるとは思っていなかったけど……」

「確かにそうか……」


 声に陰りが混ざると同時にミツキの手がボクの頭に伸び……、そしてバツが悪そうな表情を作って触れずに手をひっこめた。

 ボクはたじろぐミツキに微笑みかけてみる。


「どうしたの? ついさっきフった相手の頭を撫でるのに後ろめたさでも感じた?」

「うっせっ! そうだよ! 悪いかっ!? どうせ俺はヘタレだよっ!」

「ふぅん……。まぁでも、ボクはいつでもウェルカムだよっ! 今は抱きしめてくれると嬉しかったなっ!」

「頼むから黙ってくれ……」


 ミツキは疲れたため息をついて肩を落とした。

 えー。いいじゃんかよー。もっとべたべたしようぜ? そして周りに見せつけ、外堀から埋めてやる。


「あー。畜生……。もしも、ユキが初めから異性だったら迷う事もなかったんだが……。ユキが男だったっていう前提が悪い……。それだけで見える景色がこうも違うなんて……。――、……前提が悪い? ……俺は、前提から間違っていた?」

「ミ、ミツキ……?」


 ミツキの言葉は僕にとってとても嬉しいものだった。ここからさらに桃色トークを続けていきたいと思った。

 しかし、突然様子がおかしくなったミツキの雰囲気に阻まれる。

 ミツキは顔を真っ青にして考えを纏めるように呟いた。


「俺たちは推理を始める前の前提から間違えていた……? でもそうなら、導かれる答えは今と全く別のモノに……。だが、この考えを否定する状況はいくらでもあったぞ……? い、いや、出来る。出来てしまう……。一人だけ、この矛盾を解決できる奴がいる……。それにこの状態はあいつにとって、あまりにも都合がよすぎる……。だがそれを証明できる証拠は? ……あるかもしれない。でも、そうだとしたら急がないと……。下手に動くと証拠を消されてしまう……。その前に、憶測で進めた部分の証言を得ないと……」

「ミツキっ! ミツキっ!?」


 ボクは彼の尋常ではない様子に恐怖を感じ、彼の手を握る。すると、焦りに彩られた彼の目に生気が戻っていく。

 ボクは彼の不安を取り除くように腕を取って寄り添った。


「だ、大丈夫……?」

「あ、ああ……。すまん……。おかげで落ち着いた」

「あはは……。そこはありがとうって言ってくれた方がボク的にはポイント高かったかなっ。……それで、一体どうしたの? もしかして、犯人が分かったの?」


 ボクが問いかけると、ミツキは自身が無さげに首を横に振った。


「分からない……。でも、『もしかしたら』って仮説は思い浮かんだ。急いでアディンさん達と合流しよう。少し、確かめたい事がある」

「……分かった」


 ボクは頷き、早足で迷宮を駆けていくミツキの後に続いた。

 ミツキが安全地帯に戻ると、アディンさんとシュリがすでに戻ってきていた。シュリの冗談めかした「おそーい」という苦言を無視して、ミツキはアディンさんに何事かを問いかけていた。

 ボクはミツキの足に追いつけずに内容を聞けなかったが、アディンさんはミツキの並々ならぬ気迫に押されて、質問に答えていたようだ。


 ボクが追いついた時に見せた彼の表情は言葉に尽くしがたいものだった。強いて言うならば、犯人が幽霊だったと伝えられたミステリ読者のような表情だ。

 ミツキは現実を受け入れられないといった様だったが、彼は周りを見渡してゆっくりと唾を飲み込んだ。

 無表情、怒り、不安……。ここに集まった三者三様の視線に晒されて、自分がこれからすべき事を自覚したようだ。

 ミツキは乾いた唇を舐め、自分自身に言い聞かせるように呟いた。


「リュシアンを殺し、ユキに毒を盛った……。その犯人がやっと分かった」


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