違和感と二人目
リュシくんの遺体を安全地帯に置いたボク達は、メンバーが一人減った状態で迷宮探索を続けていた。
これまで罠の解体を一手に引き受けていたリュシくんがいなくなってしまった為、探索の効率はどうしても落ちてしまう。
ミツキが索敵と罠の警戒、アディンさんが地図の作成と罠の解除を担当し、ボクとシュリで魔物の迎撃を行った。
刻印で得た情報のどれが罠なのかをミツキ自身が判断できないため、目についた異常を事細かにアディンさんに報告し、アディンさんがリュシくんの持ち物であった工具で罠を解体する。
二人で協力して罠を潜り抜けているとはいえ、罠の解除を専門に磨いてきたリュシくんと比べると作業効率はどうしても落ちてしまう。時には誤って罠を作動させたりしてしまっていた。けが人が出なかった事は幸いだろうか。
昨日までと比べてボク達の歩みは確実に落ちていた。
……迷宮探索の時間が伸びるという事は、それだけ魔物に遭遇する機会も多くなるという事だ。
アディンさんの描く地図を確認するが、昨日の半分ほどしか進んでいないにも関わらず、魔物との遭遇回数は二倍ほどにもなっていた。
今日はシュリと相性がいい飢え蜘蛛にしか遭遇していないのが幸いだろうか……。
この調子だと今日中に次の安全地帯に到達するのは不可能かもしれない。もっとも、安全地帯が本当に『安全』なのか? という疑念があるが。
探索二日目であり、リュシくんの死亡が確認された日の夜。
予想通り、ボク達は安全地帯にたどり着くことは出来なかった。迷宮の通路のT字路になっている場所で夜を明かすことになる。
迷宮は光源が無いにも関わらず一定以上の明るさを保たれているが、ボク達はランプを置いてあえて光源を作り出した。『遠景に潜む影』が襲ってきた時に影で位置を探れるようにするためだ。
見張りは一度に二人を配置して、リュシくんの時のような悲劇が起こらないように考慮した。けれどもそれはボク達の睡眠時間を削る行為であり、否応なくボク達の体力と気力を奪っていった。
探索開始から三日目。
誰一人欠ける事なく朝を迎えたボク達は迷宮の出口を目指して足を進めた。
役割分担は前日と同じ形を取った。
ただし、シュリが魔法を使うのを制限した。
迷宮の奥に進めば進むほど魔物は強力になっていく傾向にあり、昨日は『喰い荒らす餓え蜘蛛』にしか遭遇していない。しかし、これからはもっと強力な魔物が襲ってくる可能性が高い。
その時になって魔力が無くて何もできませんでした。という事態になれば目も当てられない。
ちなみに『死を呼ぶ追撃者』は迷宮の奥にいるような強力な魔物である。迷宮内以外でも森のかなり奥まで進まないとお目にかかれない。
迷宮の入り口付近に出てきたのはなかなかにイレギュラーな事だったらしい。
「『幽冥への光焔』」
「……刻印『虚飾の瞳』」
シュリの規模を抑えた魔法が飢え蜘蛛を焼却し、倒しきれなかった蜘蛛をボクが火の中に放り込んだ。
ボクの刻印の有効範囲は狭く、シュリが何匹か倒しているとはいえ全ての蜘蛛を操ることは出来ない。ゆえに、ボク達は燃えている蜘蛛を盾にして残りの蜘蛛を牽制した。
焼けた蜘蛛が動かなくなるのを確認するごとに次の蜘蛛へ、次の蜘蛛へと刻印のターゲットを変更していく。
しばらくすると、目に見える蜘蛛は全て動きを止めた。
一昨日であれば一瞬で片が付いていた戦闘が、分単位まで伸びてしまった。個々の負担は低くとも何度も繰り返していれば疲労が積み重なってくる。早くこの迷宮を突破してしまいたいものだ。
「……アディン。あとどのくらいで次の安全地帯なの?」
ボクと同じことを思ったのかシュリが疲れをにじませた表情で問いかけた。
アディンさんはこれまで作成していた地図を取り出して広げると、これまで歩いた距離と過去の探索経験を照らし合わせて口を開いた。
「この迷宮の広さが平均的……という前提で話すが、この速度で探索を続ければ明日の夜には次の安全地帯に着くだろう。迷宮主の部屋もその近くにある可能性が高い」
「うっ……。刻印でスムーズに魔物を排除できてるし、もうちょっと早くついてもいいものなのに……」
「仕方ないだろう。斥候がいなくなって歩みの速度自体が落ちてるんだ」
「……」
……あと一日かぁ。
それまで気を抜けない時間が続くと思うと憂鬱になってくる。いや、安全地帯でも油断できない事を考慮すると、体感時間はもっと長くなる。
水は迷宮内の所々に沸いており、食糧はギリギリもつ程度は残っている。切り詰めれば数日なら探索を延長できそうだ。食料的な余裕がある分まだ最悪ではないか……。
ボクはそう考えて首を振り、落ち込んでいく気分を何とか立て直そうとした。
アディンさんとシュリが現状の確認を行って、それを聞いたボクがこれからの日程に嫌気が差している間、一人で見張りをしていたミツキが何かに気が付いて慌てたように叫び声を上げた。
「ユキッ! 危ないっ!」
「――えっ?」
ミツキの叫び声にびっくりして振り返った瞬間に、腕に鈍い痛みが走った。
視線を下に落とすと、体の大半が焼け焦げた飢え蜘蛛がボクの腕にボロボロになった牙を突き立てていた。
「ひゃあっ!?」
驚いたボクは刻印を使うのも忘れ、無事だった手で飢え蜘蛛を殴りつけた。
飢え蜘蛛の体液が飛び散り、その不快感に耐えられずに何度も何度も飢え蜘蛛を殴り続ける。
その度に食い込んだ牙が引っ張られて腕の肉が抉れた。刻印で痛覚を鈍くしていなければ痛みに泣き叫ぶ事になっただろう。
「ユキっ!?」
異常に気が付いたシュリがホルスターから拳銃を抜き放ち、飢え蜘蛛の眼球に銃口を突き付けた。
間髪入れずに迷宮に響く乾いた発砲音。脳を破壊された飢え蜘蛛は何度か痙攣を起こすとその場に崩れ落ちた。
ボクは傷口が広がるのにも構わずに、力尽くで飢え蜘蛛の口から腕を引き抜いた。
「うっ……」
傷を確かめたボクは思わずうめき声を漏らした。
傷口はぐちゃぐちゃで普通に治療したのでは傷跡が残ってしまいそうだ。随分と深く嚙みつかれたのか骨まで目視できた。傷口には蜘蛛の粘液がべっとりと付着し、おびただしい量の流血をもってしても洗い流せていない。
「すぐに傷口を洗う! ポーションを使う準備をしておけ!」
「は、はいっ!」
傷口を見たアディンさんは慌てた様子で水筒を取り出し、ボクの腕に付着した粘液を丁寧に洗い流していく。
ボクは余った片手でポーチを開き、中からポーションを取り出そうとして――
「――あれ?」
ポーションに伸ばした腕が一瞬止まった。
ポーチのホルダーには事前に入れておいたポーション瓶が五本入っている。それはいい。だが……。
(中身が減ってる……?)
ストックしてあるポーション瓶のうち二本の中身が減っていた。迷宮に入ってからの行動を一通り思い出してみるが、ここまで順調に進んできたため使った覚えはない。
そういえば、襲撃者の肉が無くなっていると気が付いたときはポーションの瓶だけを確認して中身は確認していなかった。どのタイミングで減ったのか特定できない。
(瓶が割れたか? でも、ポーチの中は零れてないな……。覚えてないだけで使った? 王鳥の攻撃でミツキが瓦礫の下敷きになったときは必死で我を失っていたはずだし、その時に使った可能性があるのかな? 入れ忘れ……はないはずだ。何度も満タンになっている事は確かめた)
「おいっ! 早くしろっ!」
「ご、ごめん……」
焦るアディンさんに怒鳴られてボクは思考を中断し、満タンになっている瓶をアディンさんに渡した。彼は蓋を開け、一滴一滴と丁寧にポーションを傷口にかけてくれた。
ポーションが触れたそばから目に見えて傷がふさがっていく。しばらくして、傷口が完全に塞がったのを確認したところで彼は瓶の蓋を閉じた。
ボクはそれをもう一度ポーチにしまう。彼の刻印のおかげで予定よりも多めにポーションが残っている。この瓶だけであと二、三回は傷の手当が出来そうだ。
「ありがとうございます」
「ああ、どういたしましてだ。……それにしても、疲れが溜まっているようだな。襲撃の直前まで誰も気が付かないとは……」
アディンさんは完全に動きを止めた飢え蜘蛛を見下ろして呟いた。
普段ならば誰かしら異変に気が付くか、敵が全滅したことを確認するのだが、今回は襲撃の直前になってようやくミツキが襲撃に気が付いた。恐らく刻印のおかげだろう。アディンさんはそれを情けなく思っているようだ。
「ここらで一度休憩をとるか?」
「賛成だ」
「賛成」
「反対かな」
順にミツキ、シュリ、ボクの発言だ。
ボクはリュシくんを殺した襲撃者の手口が分からない以上、迷宮に長くいるのは危険で早めに動くに越したことはない。と主張したが、他のメンバーは今の体力では襲撃者以前に迷宮の罠や魔物で死にかねないと主張する。ボクは休んでも気が張り詰めて疲労は回復しないと反論した。
ミツキとシュリは黙り込んでしまった。彼らも薄々は感じていたことだったのかもしれない。しかし、アディンさんの発言が決め手になって方針が決まった。
「リュシアン君が死んでからオレ達は見張りを二人一組に増やした。それからは一度も怪しい奴に会っていない。結界を破る方法が何であれ、二対一で戦いになれば分が悪いという事だろう。しばらく休んでも問題ないと思う」
その言葉が決め手になってボク達は束の間の休息を取る事になった。
……アディンさんの予想通り、休憩中に襲撃を受けることはなかった。
そして、精神的な疲労は取り除けないものの、肉体的な疲労は取り除けた。
結果、移動速度がいくらか上がったように思う。多少のピンチは刻印で何とかなるという思いのせいか、知らず知らずのうちに無茶な探索を行って疲労が溜まっていたのかもしれない。
それからの探索は順調に進んだ。
こまめに休憩を入れるようにしてからは罠の解体もスムーズになったと思う。ミツキが罠の気配を掴むのに慣れてきたのもあるだろう。
迷宮に入ってから四日目の夜。
慣れてきた時が一番危ないという事も確かで、安全地帯が見えてきた当たりで油断し、ミツキは罠の察知に失敗してしまった。
シュリが偶然に踏んだ床が落とし穴になっており、まんまと仕掛けに嵌ってしまったのだ。
幸い、ミツキが咄嗟に彼女の腕を掴むことで引き上げる事が出来た。
「あ、危なかった……」
「すまん。俺のミスだ……」
「いいよ。助けてくれたし」
ボクは落とし穴の底を覗きこんでみて、寒気がした。
穴の底が見えないのだ。
ボクが初めて迷い込んだ迷宮の主の部屋と同じだ。光が届かないほどに深いこの穴に落ちればまず助からないだろう。
とはいえ、引っかかった罠が落とし穴だったからよかった。スイッチを押した瞬間に即死するタイプの罠だったら彼女を助けられなかっただろうから。
アディンさんも同じ事を思ったのか低い声で気合を入れた。
「あともう少しだ。これまで以上に警戒しながら進むぞ」
ボク達の歩みはさらに遅くなったが、安全地帯が目視できる所まで来ている為、そこまで苦にはならなかった。
そして、一度も罠を発見する事もなく安全地帯にたどり着いた。どうやらさっきの落とし穴が最後の罠だったらしい。
安全地帯に着いたボク達は結界を作動させた後に閃光弾を使って『遠景に潜む影』がいない事を確認すると、夕食の準備に取り掛かる。
結局、飢え蜘蛛以外の魔物には遭遇しなかったため、持ち込んだ保存食がメインだ。いい加減、同じものばかりで飽きてきた。
「……明日の朝、迷宮主の部屋に向かう。ここまでの探索で、地図に不自然な空白地帯が出来ている。おそらくそこが迷宮主の部屋だ。今日はしっかりと体を休ませておけ」
ボク達はその言葉に頷いた。
迷宮主といえば、あの石造と触手の混じったような不気味な魔物と同格の魔物か……。
前回は部屋の周囲の断崖絶壁から叩き落して殺したが、あれは運が良かっただけだろう。まともに戦っていないので正確な実力が分からないままだ。ボクはどんな魔物だとしても油断しないようにと気合を入れた。
ついでに、前回よりも気持ち悪くない見た目である事を祈ろうかな……。
ボクが遠い目になっているとアディンさんがこれからの予定を告げる。
「夕食を取り終わったら、見張りを残して休む。見張りの順番はシュリとミツキが最初で、次はミツキとオレだ。以降、一人ずつ入れ替わる」
「分かった」
ぐつぐつと音を立てる鍋に放り込んだ干し肉がきちんと煮えるのを待っている間、ボクはアディンさんの声に耳を傾けた。見張りの順番はこれまでの道中と同じようだ。
きちんと干し肉が温まったところで、各人が皿を適当にとって肉をよそった。食事が探索中の唯一の娯楽となるためか、すぐに鍋の中身が無くなった。
……やっぱり、量が少ないなぁ。
ボクは一日目に食べた『死を呼ぶ追撃者』の肉の量を思い出してため息をついた。量だけでなく、甘さや硬さも全然違う。みんなが追撃者の肉をありがたいと言っていた理由がいまさらになって分かってきた。
(でも、この食事もこれと明日の朝だけか)
ボクは明日に備えて体力を戻そうと手元のスープをすすった。
――
――――
食事が終わった後は早々に眠りにつき、自分の見張りの番になった。
見張りは「シュリとミツキ」「ミツキとアディンさん」「アディンさんとボク」「ボクとシュリ」という順番で、これを朝まで繰り返す形だ。
アディンさんと組んで見張りをしている間は、魔物が近づいてくる気配はなく順調に時間が流れていった。
「ユキ君、ここまでリュシアン君を殺した犯人は何も動きを見せていないが、それについてはどう思う?」
「ボクは犯人の動きなんてどうでもいいと思っています。生きてここから出られるならそれで……。シュリは仇討ちをしたそうにしていますけど」
「そうか……」
見張りの間の話題はリュシくん殺害の謎についてだった。けれど、相変わらず考察に進展は見られず、外部犯なのか内部犯なのかすら分からない。結局、警戒するしかないという結論に落ち着くのだ。
そして、すぐに交代の時間になりアディンさんが眠って、代わりにシュリが見張りに着いた。
「シュリは……。リュシくんの件についてどう考えてるの?」
彼が殺されと分かったときに最も感情を露わにしていたのが彼女だ。けれど現在はおとなしく、どこか落ち込んでいるように思う。ランプの明かりが彼女の影を弱々しく照らした。
「悔しいよ……。犯人が分かったら殺してやるって息巻いていたのに、犯人の”は”の字も見えてこない。このまま迷宮を突破しちゃったら全部うやむやになっちゃうのかなぁ」
「……」
ボクはそれでもいいと考えていたが、シュリの陰のある表情を見るとその考えを口にすることは出来なかった。ボクは沈黙をごまかすためにポーチから水筒を取り出して中身を煽った。
その様子にシュリは苦笑を浮かべた。
「そんなに一気に飲んで、トイレに行きたくなったらどうするの? 結界は解除しないって決めてるから、ここで瓶の中にする事になるわよ?」
「大丈夫。朝まで持つよ。……たぶん」
「……ふーん。万が一の時でもミツキに見られてもいいって感じ?」
「何でそうなるのさっ!?」
ボクは赤くなった顔を見せないためにさらに勢いよく水を煽った。
大体、ミツキがそんな特殊な性癖を持っているわけがないじゃないかっ! 男の時のボクだって、そこまで酷くはな――。あ、あれ? 割と酷い性癖だったな……。ミツキがそんな性癖でもおかしくないんじゃね? 万が一そんなプレイを求められたらどうしよう。恥ずかしくて生きていけない気がする。でも、要望に応えるのもやぶさかではないかな……。恥ずかしいけどっ、恥ずかしいけどっ! あ、でも想像するとちょっと興奮する――。
「だぁああああッ!?」
そこまで考えてボクは思いっきり地面に頭突きをかました。
こっちの性別になっても変態なのかっ? そうなのかっ!?
ボクが自分の業について悶々とした思いを抱いていると、シュリはクスクスを笑った。
「あははっ! ユキってばやっぱりミツキの事好きでしょっ」
「違うッ! ミツキとは友達ッ! それ以上でもそれ以下でもないッ!」
これは彼女のいない親友が可哀想だから、ちょっとくらいならエロい事をしてもいいかな? って気持ちだ。ただの哀れみだ。決してボクが発情している訳ではない。
ボクは急速に赤面していく表情を隠すために水を勢いよく飲んだ。
そして、咳き込んだ。気管に水が入り込んだのかもしれない
「ごほっごほっ!」
「ちょっと、何してるのよ。そんなに慌てて水を飲まなくてもいいでしょ? ……ちょっと、ユキ?」
ボクは咳き込んで涙目になりながらシュリに視線を向けた。すると、シュリが困惑と恐怖が混ざったような表情でこちらを見ている。
……いったい何だっていうんだよ?
ボクはさらに咳き込んで口元に手を当てた。……咳が止まる気配はない。だんだんと苦しくなってきた。
しばらく待っても一向に咳が止まらない。ボクはたまらず地面に蹲った。どれだけ気管に入った水が出てこないんだ……。
体を支えるために手を口元から離して――
「――え?」
口に当てていた手が赤黒く染まっていた。
何だこれ。何だこれ。何だこれ……。
それが何かを理解する前に、込み上げてくる嘔吐感が思考の流れを断ち切った。
「うぶっ……」
たまらず込み上げてくる物を地面に吐き出した。
ぼたぼたと指の隙間から溢れ出て来るモノは全て赤黒く、液体が漏れるにつれて視界に靄がかかったように白く染まっていく。
「ど、毒……? アディンを起こさないと……」
聞きなれた誰かの声が薄れゆく意識の中で頭の中に響いた。
そしてようやく現状を理解した。
ボクが吐き出したのは血液だった。いつの間にか水筒の中に毒を盛られていたらしい。
刻印で痛みがほとんどなかったため、最後まで気が付かなかった。
そして、ボクの意識は徐々に薄れていった……。
……意識を失う寸前に迷宮に潜ってからの記憶が次々に思い起こされた。
走馬燈? という言葉が頭の中に浮かび上がってきた。
探索開始、魔物との闘い、罠の解除……。リュシくんの死に、厳しくなった探索、安全地帯以外での野宿に、安全地帯まで……。
これまでの迷宮での記憶が全て溢れて来る。
――そして、違和感。
その違和感の正体を探るために、ボクの頭は迷宮に入ってからこれまでの出来事をもう一度思い出していた。
ふと、記憶の再生が止まる。思い出されるのは、探索中にポーチから水筒を取り出して水を飲んだ記憶だ。そして違和感の正体に気が付いた。
毒を入れられた水筒は常にボクのポーチにしまわれていた。
そして、ボクのポーチに触れた人間は、誰一人存在しない。




