刻印応用
「なぁ、聞いていて思ったんだが」
「どうした?」
ミツキは手を上げ、アディンさんは何かあったのかと言いたげに首を傾げた。
「俺とユキはこっちに来てまだ一か月くらいで、魔法で何ができて何ができないのかよくわかってないんじゃないと思う。これじゃあ、欺瞞を考えようがない」
「……けど、今ここでアタシの知る限りの魔法を全部話せって言われても困るわよ? それに、アタシやアディンだって全ての魔法を知り尽くしてる訳でもないし」
ボク達の考察が及ぶ限界は、現在持っている知識の範囲まででしかない。言い換えれば、所持している知識が多いほど事件の解決に繋がる可能性が増す。
けれども、この世界にきて間もないボクとミツキは所持している情報が少なく、事件を解決できない可能性がほかの二人よりも高かった。
しかし、シュリやアディンさんの持つ知識を全て語れというのも現実的ではない。
「確かにそうだ。でも、俺たちでも確実に分かって、今ここで共有しておいた方がいい知識もある」
「それは?」
ボクが首を傾げるとミツキはボクの刻印を指さした。
「俺たちの刻印の正確な効果だ。俺は自分の刻印の効果を『自分に降りかかる危険に必ず気付く』って能力だと思ってた。だが、ここに入ってからそれは少し間違っていた事に気が付いたんだ。ユキの能力を聞いたのは随分前だし、シュリも迷宮に入ってからの戦闘で何か気付いた事があるかもしれない」
確かにミツキは魔物の接近は察知していたが、迷宮の罠には気付けていなかった。
この迷宮に入る前までは魔物の接近だろうが罠だろうが、ミツキに危険が及ぶモノ全てに気が付くことが出来ると思っていたそうだ。
現実と認識に、決して小さいとは言えない差があった。過去と現在の情報の違いの中に事件を解決する手掛かりがあるかもしれない。
ミツキの案にボク達は賛成し、順番に自分の能力を開示し始めた。
初めに口を開いたのはアディンさんだった。
「それは確かに確認しておいた方がいいな……。ひとまずオレからいくぞ? 俺の刻印は薬効を大幅に上昇させるが、オレから離れると効果は元に戻る。オレから離れて効果が元に戻った薬でもオレの傍で服用すればまた薬効の強化を望めるな。あとはそうだな……。強化した薬はオレの手を離れてしまっていて効果を解除できない。オレはこれだけだ。何か質問はあるか?」
「刻印で強化した後に、普通の手段で薬に手を加えた場合はどうかな? 例えば、強化した薬に何か混ぜて別の薬にすると効果はどうなるの?」
「その場合は新しく薬を作るのは難しい。何かを加えても、個体に固めても、気化させても、性質が変わるような反応は起きなくなるからだ。……ああ、言い忘れていたことがあった。薬を蒸発させると成分も水ごと蒸発して、薬と同じ効果の気体を作ることが出来る。味が苦手で薬が飲めないときによく使う」
……聞けば聞くだけ敵に回すと厄介な能力だと思った。
臭いも分からないほど少量の毒を気化させて暗殺とかできるんじゃないだろうか? それだけではなく、気化させたポーションを戦場のど真ん中に投げれば一度に複数人の傷が治せるかもしれない。本当にアディンさんが味方でよかった。
他に質問が出なかったので、次はシュリの刻印に移った。
「アタシのは炎魔法を使いやすくなるだけね。少ない魔力で炎を生み出せるし、威力も上がる。魔法が完成するまでの時間が短くなって銃の出番が少なくなったのはいい事だわ。弾代もかかるし。実際に戦闘で使ってみて分かったのは、練習すればまだ効率よく魔法を使えるかもって事くらいかしら」
飢え蜘蛛を一瞬で焼き払っていたが、まだ威力が上がる可能性があるのか……。
だが、彼女の刻印については目新しい情報は出てこなかった。単純に魔法を使うサポートが出来るだけだ。
次はボクの刻印だ。練習して正確な効果を把握したので、初めに効果を説明した時よりも出来る事がいくつか増えている。
「ボクの刻印は感覚を弄るって説明したけど、正確には感覚器官じゃなくて、感覚器官から信号を受け取る脳の機能を弄ってるみたいだって最近わかったんだ」
ボクの説明にシュリは頭に手を当て首を傾げた。
……この調子だと仕組みをすっ飛ばして、何が出来るかだけを話した方が分かりやすいかな。
「ようは、以前に話した時よりも出来る事は増えたんだ。例えば、洗脳したり、記憶を改竄したり、廃人に変えたり、感情の操作とか……。五感以外の部分にも結構干渉できるみたい」
「こっわっ!? 何それ何それっ!? 悪役が使いそうな手口のオンパレードじゃんッ!?」
「うっさいなっ!? ボクだってイメージ悪いなって少し気にしてるんだからねっ!? それに使い方しだいで役にも立つんだから! 検死の時だって、自分の恐怖を消してたから冷静でいれたんだもん! まともな使い方もあるんですー!」
人がこっそりと気にしてた事を……ッ!
ボクの刻印の凶悪さにドン引きしたシュリとやかましく言い争いをしていると、アディンさんが質問をよこした。
「ユキの能力は魔法使いや刻印持ちにはほとんど効かないんだったな。すぐに干渉に気付かれ、解除される。それで間違いないな?」
「は、はい」
「では、『ユキに干渉されている感覚』事態を消すことは出来るか?」
彼の言葉に皆が息を飲むのが分かった。
……なんだそれ。そんなことが出来れば、魔法使いだろうが刻印持ちだろうが、好き勝手に感覚や感情を操れてしまうじゃないか。
いや、ボクも以前に思いついて試してみたんだけど……。
「……それは出来ないかな。前に自分にかけて試してみたけど無理だったもん。ボクの刻印に攻撃されているって情報を処理している器官はどうやら脳じゃないみたい。推測だけど、魂とか第六感だとか……。そういうよく分からない部分で判断してるんじゃないかなぁ?」
実際にどうやってボクの刻印を感知しているのかはよく分からないけど、刻印の影響下にあるという感覚を消すことは不可能だった。流石に隠蔽まで可能な何でもアリな能力ではない。
どこかホッとしている空気が流れるのを待って、ミツキが次の質問を投げ掛けた。
「刻印を使って人を自殺させる……。なんて事は出来るか?」
「う、うーん? どうだろう……」
これは難しい質問だ。
ボクの刻印は命令を下すような能力ではない。
感情を弄るだけで、その感情を抱いた人物がどう行動するかはボクにも分からないからだ。
「たぶん、無理かな……。仮に人を自殺させようとすれば、記憶を悲観的なもの改竄して、死の恐怖を消して、周囲への配慮の感情を消して、死にたいって気持ちを植え付けて……。こんな風に何重にも刻印を使えば出来なくはないと思うけど、ボクの魔力が持たないかな。だから、現時点では無理だと思う」
それとも、練習すれば出来るようになるのだろうか……。我ながら物騒な能力だと怖くなってくる。
しばらく待っても他の質問は出てこなかったため、次はミツキの番となった。彼の刻印には事前の情報と差異があるのは分かっているので、全員が聞き耳を立てている。
「俺の刻印は生存に必要な情報に必ず気が付くって能力なんだが……。どうやら、何が重要な情報かまでは教えてくれないみたいだ。現にどこに罠があるかは分からなかった。罠があると判断できるだけの情報が手に入っても、それが罠に関係する情報だと気付けなかったんだ」
魔物を相手にする際は足音を聞き逃さない事で奇襲を察知できていたが、足音もなく突然襲い来る罠だとそうはいかないようだった。
ボクの刻印が予想よりも高性能だったのに対し、ミツキの刻印は予想よりも性能が劣っていた。以前の認識のまま迷宮探索を進めていれば大きな危険を招いていただろう。今のうちに知れてよかった。
ミツキが話し終わったところで何かを思いついたらしいアディンさんが質問した。
「仮に、仮にの話だが……。この中にリュシアン君を殺した犯人がいて、これからさらに犯行を重ねようとしているとしよう。そして、嘘を見抜けない限りオレ達の身の安全は脅かされるわけだが、そうした場合には嘘を見抜けるか?」
ボク達はその質問を聞いてハッとなった。
もしもミツキが嘘を見抜けるのならば、この行き詰った捜査に進展があるかもしれない。
そしてミツキはおずおずと頷いた。
「見抜ける。ユキやシュリはポーカーフェイスが下手だから嘘を付いていたら絶対に見逃さねぇ。だが、アディンさんは無理だ。アディンさんは表情が硬くて、刻印が嘘を付いた時のしぐさを拾っても、オレの頭が嘘を付いたと気が付けそうにない」
「そうか、参考になった。だが、これでも表情豊かなつもりなのだがな」
「そんなわけねぇだろ」
アディンさんは自分の頬に指を当てて笑い顔を作った。けれども、真顔を指で変形させているようにしか見えなかった。
それにしても、ミツキの刻印も思ったよりも応用が効くようだ。……シュリの刻印だけ応用力に乏しくて哀れになってくる。本人はあまり気にしていなさそうなのが救いか。
そしてアディンさんは自分の頬を両手でつぶしたまま質問を重ねた。
「それで、シュリ君とユキ君は嘘をついているか?」
場に沈黙が訪れた。
……そうだ、それが何よりも重要だ。
誰かが嘘を言っていると分かれば、大幅に事件解決に近づくことが出来るはずだ。
はたして、ミツキの答えは――
「――二人とも嘘はついていない。二人は犯人じゃないと考えていいだろう」
ミツキは自身に満ちた表情で、言い切った。




