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第二迷宮『疑心に駆られ、迫る影に怯えた旅路』

2016/9/25

「安全地帯まで」で物語において致命的な矛盾が生じる設定があったので修正しました。

 修正前と修正後で密室を解く手がかりが増えたり減ったりしたという事はありません。しかし、修正前の設定だと今回の事件は起こらず、別の事件が起こるはずです。

 変更した設定については1~3話以内に推理の過程で触れることになります。なので、読み直さなくてもあまり問題はないです。

「クソッ! 何でだ! 一体どうなってるんだッ!」


 ボクは部屋に響いた叫び声で目を覚ます。固い地面で寝た事で体が痛い。思考も靄がかかったかのように働かない。それでも無理矢理体を起こして周囲を見渡した。

 そして、拳を震わせて叫ぶ親友の姿を認識する。どうやら彼が拳を震わせる原因は怒りのようだった。

 なぜ、彼が怒っているのかと判断できたのか。それは、部屋の壁に縫い付けられたモノに起因する。


 リュシくんが壁に縫い付けられて死んでいたのだ。

 彼の安全地帯の壁に寄りかかっている姿勢は、座ったまま寝てしまっただけにも見える。けれどそれはありえない。彼の心臓の辺りには一本の矢が突き立てられていたからだ。


「一体、どうやって……」


 ボクの隣でアディンさんが呟いた。

 どうやって。どうやってか。そんなのは簡単だろう。部屋の中央にポツンと落ちているクロスボウを使えばそれで済む話だ。


 だが、問題はそこじゃない。


「一体、どうやってクロスボウを持ち込んだんだ……?」


 部屋は閉じられ外部からの侵入は不可能だった。絶対に、絶対にだ。

 そして、部屋が閉じられる前にクロスボウを持ち込んだ人物は、一人もいない。




 ――

 ――――


「なんで……? なんでリュシアンが……? ねぇッ! なんでよッ! なんでなのよッ!? ここは安全じゃなかったのッ!? 結果を破るなんて馬鹿馬鹿しい魔物もいないのにッ! なんでなのよッ!?」


 目を覚ましたシュリの叫びに答えられる者は誰もいなかった。

 彼女の叫びはここにいる全員の心境を代弁していた。

 分からない。分からない。分からない……。なぜこんなことが起こりうる? リュシくんはどうして死んだ? つい先ほど……。ひと眠りするまで生きていたのにっ! 話をしていたのにっ! いったいどうしてッ!?

 ボクはギリギリと歯を食いしばって腹の底から湧き上がる衝動に耐えた。目を瞑っても瞼の裏が熱くなるのを感じる。耐えて耐えて耐えて、耐えているのに、それでも頬を雫が伝うのが止まらない。


「ぅぅ……。ひっく……」


 腕で目を擦って涙を払う。それでも、拭っても拭っても収まらない。

 男だった時はこんなに涙もろかっただろうか? 分からない。分からないが……。一つだけわかる事があった。


「ひっく……。アディンさん……」

「……なんだ?」


 アディンさんは一言だけぶっきらぼうに呟いた。彼は表面上いつも通りだ。今はそれがありがたかった。……誰か一人でも冷静な人がいてくれると思うだけで落ち着けるのだから。

 ミツキは錯乱するシュリを宥めるのにかかりっきりになっている。

 少しはボクの事も心配してくれればいいのに……。と場違いな事を感じた自分が嫌になる。でも――


(大丈夫。場違いな事を考えられるほどの余裕があるなら、冷静に判断もできるはずだ)


 ボクは一つ頷き、壁に寄りかかっているリュシくんの亡骸を一瞥した。

 ああ……、やってやる。やってやるさ。


「リュシくんをこんな目に合わせた奴を絶対に見つけてやる」

「ああ、もちろんだ」


 アディンさんは間髪入れずに頷いた。

 ボクは言い争っているシュリとミツキの二人のやり取りの行方を見守った。元々はリュシくんと二人っきりで探索を進めていたシュリの心中はどんなものだろうか? 彼女とリュシくんの間にはボク達にはない絆があったはずだ。それを分かち合えるのは、少しの間でも一緒に探索したミツキだけだと思う。

 ボクとアディンさんはミツキがシュリと話すのを静かに見守った。




 ――

 ――――


「……落ち着いたようだな。シュリ」

「ええ、探索者をやっていれば仲間が死ぬなんてよくある事だわ。こんな所でうじうじしてたらリュシアンに笑われちゃうわ。笑ったら頭をひっぱたいてやるけどね」


 シュリはふふんっと鼻を鳴らして笑みを浮かべた。けれど、笑みの向こうにはぐつぐつと煮えたぎる殺意が見え隠れしていた。もしも、リュシくんを襲った存在と対面した際には殺し合いになるだろう。

 それでも、彼女は怒りを抑え込んで体面を取り繕い、これからの迷宮探索に備えることにしたようだ。

 ボク達は安全地帯の中央により集まってこれからの方針を口にする。初めに口を開いたのはアディンさんだった。


「これからの方針だが……。まずはリュシアン君がなぜ死んだのかを調べようと思う。対策なしで先に進んで同じことが繰り返されるのは敵わんからな」


 もちろん、異論はない。ボク達は彼の言葉に頷いた。

 シュリは頷くと同時に拳銃に手をかけて、すぐに手を離した。リュシくんの死を探る過程で犯人が分かった時にはすぐに殺すという意思が見え隠れしている。アディンさんはそれを知ってか知らずかさらに言葉を重ねた。


「調べる前にオレたちの間でルールを決めておこうと思う。……気付いていると思うが、これは結界の中で起こった事件だ。当然、話の流れで中にいたオレたちの誰かに疑いが向くことになるかもしれん。だが、完全に犯人だと確定するまで殺すな。疑われた者も冷静に反論しろ。そうでなければ、簡単に殺し合いになるぞ」


 ボク達は互いの顔を見渡しながら頷いた。

 ……正直、ボクはこの中の誰かが犯人だと少し疑っている。みんなも似たようなモノだろう。それでもそれを指摘しないのは、下手に発言して自分が疑われるのを避けるためだ。よく考えずにした失言が、自分の信頼を失うことになるかもしれないのだから……。

 この中の誰かが犯人で、いつ自分が殺されるのか分からない。そんな状況で強硬手段に出ずに冷静に対処する。そんな事はほとんど不可能だ。


 けれども、現状で誰にも手を出さないでいられる理由が、保身の他にもう一つあった。

 それが外部犯の可能性だ。


 それなりの信頼で結ばれているここにいるメンバーは、内部犯の可能性よりも外部犯の可能性の方が高いと思っているようだ。

 それが、すぐには争いに発展しない理由だとボクは思う。


「まずは現場の検証からだな」

「そうですね。何か、解決のヒントになる物があるかもしれない」


 アディンさんとミツキの言葉にボクとシュリは頷いた。

 ボクとアディンさんはリュシくんの遺体を調べ、ミツキとシュリは結界で閉じられた安全地帯の中に秘密の抜け道がないかを調べる事になった。

 当初、ミツキはボクが死体を調べる事に難色を示していたが、ボクは彼の提案を押し切った。ボクよりもリュシくんと親しかったミツキとシュリにはあまり見せたいものではない。また、迷宮に不慣れなボクでは隠し通路があっても見落としてしまいそうだったからだ。

 以上の理由によってボクはアディンさんと共に、リュシくんの遺体の前に立った。

 バラバラだとか内臓が漏れ出ているだとかではないが、知り合いの成れの果てだと思うと喉の奥から込み上げてくるものがある。ボクは口元を抑えて吐き気をこらえた。


「ぅっ……」

「大丈夫か? 検死は俺だけでやってもいいんだぞ?」

「い、いえ……。ボクも確認します……。それに、刻印で自分の感情を(いじく)れば問題ありません」

「……そうか」


 試しに自身の恐怖や吐き気を刻印で消し去ると、冷静に現場の状況を確認できるようになってきた。これならちゃんと現場検証が出来そうだ。

 リュシくんはクロスボウの矢を受けて小部屋の壁に縫い付けられているようにして倒れていた。彼の体を抱き起してみると、矢は胸に打ち込まれ、心臓を貫通して背中から矢じりが覗いていると分かった。

 アディンさんが検視のためにリュシくんの体を壁から離した。ボクはリュシくんが寄りかかっていた壁を調べてみたが、血はついていても傷は一つもついていない。流石にクロスボウでも結界の壁にまでは傷をつけられなかったようだ。

 次に、検死をするアディンさんに付き添ってリュシくんの体や持ち物を調べた。

 一通りの検死が終わると彼は確かめるように口を開いた。


「致命傷は心臓を貫いているこの矢で間違いないないだろう。それ以外に外傷はないからな……。また、死後硬直が始まっていることから、結構な時間がたっているようだ。無くなっている物もない」

「そうですね……」


 ボクも確認していたが、確かに致命傷となった胸の矢以外の傷は見当たらなかった。

 持ち物は罠を解体するための工具以外はボクと似たようなものだった。何かが持ち去られているといったことはないとみていい。


 次にボク達は凶器となったクロスボウを調べた。

 部屋の中央、結界を張っている水晶玉の傍にはボクの体躯ほどもある巨大なクロスボウが捨て置かれている。リュシくんに突き刺さった矢はこのクロスボウから放たれたと考えて間違いないだろう。


「……かなり大きいですね」

「ああ、それにとても手では引けないほどに弦が強い。矢を番える時には足を使って弦を引くようだ」


 ボクは自分が持ってきたバックの大きさをちらりと確認した。例えクロスボウを分解したとしても、この大きさではどうやってもバックに入らない。これはここにいる全員に言えることだ。誰も隠し持ったクロスボウを持ち込めないだろう。

 それにしても……。とボクは首を傾げた。


「なんで犯人はクロスボウを部屋の中に放置していったんでしょうか? 持ち帰ればいいのに……」

「確かにな……」


 アディンさんは顎に手を当てて思考の海に沈んでいくかと思われたが、すぐに顔を上げて眉を顰めた。


「……関係あるかは分からんが、昨夜、この近くに食料の残りを置いていたはずだ。それが無くなっているな」

「あ」


 確かにクロスボウが捨て置かれている辺りは昨日狩った『死を呼ぶ追撃者』の肉の余りを置いた場所だ。けれど、その肉が根こそぎ無くなっている。

 そういえば、リュシくんの荷物は調べたがそれ以外の荷物は調べていなかった。

 ボクとアディンさんは顔を見合わせ、互いに頷くと自分の持ち物を確認した。バックを開けて中を漁り、ついでに身に着けているポーチの中身を確認した。……急いでいて荒っぽい確認の仕方だが、ざっと見た限りでは特に無くなっている物はない。

 隠し通路がないかを調査していたシュリとミツキが何事かと集まってきた。ボクが理由を説明すると、彼らも青い顔で自分の持ち物を確認し始めた。

 そして、確認を終えるとアディンさんが冷や汗を拭いながら口を開いた。


「……不幸中の幸いと言うべきだな。無くなっているのは『死を呼ぶ追撃者』の肉だけだ。持ち込んだ保存食が無事でよかった」

「ぜんッぜんッ良くないッ! あんな美味しい肉をみすみす奪われるなんてッ! 絶対に許せないわッ!」


 安堵するボク達とは違い、シュリだけは怒りに身を震わせて絶叫した。食べ物の恨みは恐ろしいとはよく言うが、こんな時までそれを言うのかと少し呆れてしまった。

 一方、アディンさんはシュリの叫びを遮るようにして呟いた。どうやら、犯人が武器(クロスボウ)を放置していった理由に当たりが付いたようだ。


「恐らく、リュシアン君を殺した犯人は食料を奪おうとしたんだろう。人型の魔物なら人間に近い行動をしても不思議はない。荷物を漁るのに邪魔なクロスボウを地面に置いた。だが、物音で誰かが起きそうになったため、手近にあった『死を呼ぶ追撃者』の肉を持って逃走した。……この迷宮は『食い荒らす飢え蜘蛛』のせいで食料が少ないからな。武器よりも食べ物を優先する可能性は十分あるだろう」


 シュリとミツキはその説明に納得の表情を見せた。

 けれど、ボクは納得できずに眉を顰めて首を傾ける。


「ボクには内部犯が外部犯に見せかけるために仕掛けた工作したように思えてならないんだけど……」

「どういう事?」

「えっと……。聞いても気分を悪くしないでね? まず、犯人はトイレに行きたいだとか、適当な事をリュシくんに言って結界の外に出た。その後、迷宮に罠として設置してあったクロスボウを剥ぎ取って戻ってくる。別にクロスボウじゃなくても武器になれば何でもいいんだ。で、戻ってきたらリュシくんを殺して結界を解除する。あとは肉をどこかに捨てて安全地帯の中に戻って結界を張り直した。こう言われたほうがしっくりくると思う。どうかな?」


 よくよく考えてみれば、この密室は内部の人間が犯人だと仮定すれば密室ですらない。

 内部からなら簡単に結界を解除でき、結界を解除した後は再び結界を張り直すまでは出入り自由なのだから。

 けれど、ボクの考えはアディンさんに一瞬で否定された。


「それは無理だ。ここまでギロチン、落石、落とし穴、毒針の罠があっただろう? 確かに飛び道具もあったが、岩や針を飛ばすための投石機などは全て迷宮の一部となっている。これは全ての迷宮に言えることだ。矢は入手できても、クロスボウは手に入れられない」


 ……ボクの知らない知識で否定されてしまった。でもまだ考えられることはある。


「じゃ、じゃあ……。迷宮の中で集めた素材でクロスボウを作った……とか?」

「このボウガンは結構しっかりした作りで、とてもじゃないけど短時間で手作りするのは無理よ」


 シュリに呆れたように言われた。……うん。ボクもうっすらとそんな気はしていた。

 ……はい、次っ!


「ち、知能の高い人型の魔物から奪ってきたとかは」

「確かに人型の魔物ならクロスボウを持っているかもしれない。けど、この迷宮ではまだ遭遇してないからな……。迷宮内にいるのかも分からないし、例え居たとしても一人で探索を進めるのは不可能だ。運よく見つけてクロスボウを奪えたとしよう。だが、その後はどうなる? 連射の利かないバカでかい武器を持った状態で、罠と魔物の群れをくぐり抜けるのは無理だと思うぞ?」

「……」


 ミツキにも否定されてしまった。……やはり、結界の内側に犯人がいるっていうのは間違いなのだろうか? 内部犯だとすると、凶器のクロスボウを結界中に持ち込む手段が見つからない。

 しかし、外部犯だとすると、今度は外から結界を破る必要が出て来る。

 どちらにしても越えなければならない問題の壁が高すぎる。


「あっ」


 しばらく唸っていると、唐突に頭に浮かんだ事があった。

 自身の意見を話すのに集中しすぎて忘れていた重要な情報だ。これの存在が確認されれば捜査は一気に進む。


「そういえば、この部屋に秘密の抜け道ってあったの?」


 結界が張ってあっても通れる道があれば、内部犯だろうが外部犯だろうがやりたい放題だ。フーダニット(誰が殺したのか?)を考える必要はあるが、|ハウダニット《どうやって殺したのか?》を考える必要はなくなるのだ。

 ボクの問いかけに、秘密の抜け道がないか調べていたシュリとミツキは互いに顔を見合わせた。そして――


「そんなモノはなかった」

「そんなモノはなかったわ」


 ――ボクの甘い考えは打ち砕かれた。

 これはもしかすると、本物の、本当に結界を破壊できる『遠景に潜む影』が存在しているのかもしれない……。

 ボクは疲れた頭でそう思ってしまった。


 

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