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第二迷宮門番『王鳥』

「ミツキ君、周囲の様子はどうなっている?」

「問題ないですよ。予定通り周りに乱入してきそうな生き物はいません。というか、王鳥にわざわざ向かっていくようなのは餓え蜘蛛くらいじゃないですか?」


 アディンさんに問われたミツキは周囲を見渡し保証した。ボクやシュリも警戒しているが目立った異常はなかった。


「王鳥が戻ってくる前に見つけられればいいんだけど……」


 リュシくんがため息を吐きつつ呟いた。

 今回の迷宮探索では王鳥との交戦は避ける事になっている。しかし、どうしても避けられなかった場合の作戦では彼が最も危険な囮役を引き受ける事になっていた。彼が王鳥と接触を避けて迷宮にたどり着ける事を願うのは当然であろう。

 ボク達がいるのは王鳥の巣のすぐ近くの森の中だ。

 巣の周囲は草木の生えない荒野となっており上空からはすぐに見つかってしまう。しかし、森の中なら察知されにくい。ただし、こちらも王鳥が巣に居るのかどうかを知るには広場に出る必要があり、交戦になるかどうかは完全に運しだいだ。


「……行くぞ。王鳥がいれば作戦を続行。いなければ戻る前に迷宮の入り口に向かう。あいつの狩りは早ければ数分で終わって帰還するからな。周りの警戒は怠るな。特にミツキ。警戒は君が頼りだ。気を抜くな」


 ボク達は頷きそれぞれの準備ができている事を確認した。

 まずは斥候のリュシくんが広場に近づき、刻印の発動条件を満たすために目隠しをした。リュシくんは一歩、一歩とおぼつかない足取りで広場の中心に向かって歩いている。ボク達は息を潜めて彼の様子を覗った。

 静寂が耳に痛い。時間の進みがゆっくりに感じる。いつ始まるのか? それとも始まらないのか? ボクはバクバクと震える心臓を押さえて来るべき時に備えた。

 そして――


「――走れッ! ユキッ!」


 ミツキの合図と同時にボクは大広間に躍り出た。

 ――直後、甲高い奇声と共に広間に突風が吹き荒れ、リュシくんが立っていた周囲に凶刃が舞った。轟音と共に吹き抜けた衝撃は周囲の地面を削り、離れた場所の樹を揺らす。

 衝撃の爆心地に向かって駆けていたボクはその風の余波を真正面から受けた。鋭利な風はボクの体を切り刻み、鮮血が地面を赤く染める。

 ……大丈夫だ。軽く切っただけだ。痛みに足を止めればそれこそ死ぬ。

 衝撃で巻き上がった砂埃が晴れてくる。その中央、地面に穿たれたクレーターの底には王鳥が悠然と佇んでいた。

 ボクには王鳥が不可解そうに首を傾げたように見えた。

 攻撃が直撃したはずのリュシくんが王鳥の爪のすぐ隣には無傷で立ち竦んでいるのだから。


 刻印『畏れる幻影』

 術者が認識できなかった攻撃を一度だけ無効にする。


 リュシくんの役割はボクの刻印の射程範囲外にいる王鳥を地上に引きずり下ろす事だった。彼は自身を囮にしてその役目を全うした。次はボク達の番だ。

 王鳥が翼を大きく振り上げた。いまだ無傷のリュシくんに追撃を加えるつもりだろう。リュシくんは王鳥から離れようとするが間に合わない。ボクの目には王鳥の動きがやけにゆっくりに見えた。


「――させない」


 何度か繰り返される乾いた破裂音。

 少女の声と共に放たれた銃弾が王鳥の羽や胴に直撃する。けれども銃弾は王鳥の体毛を突き抜けることはなく、少しの焼け跡を残しただけだ。それでも注意をそらすことくらいは出来る。王鳥が銃弾を放ったシュリに煩わしそうな視線を向けた。

 そしてその一瞬で十分だった。――王鳥が刻印の射程に入る。


「――刻印『虚飾の瞳』」

「魔法『揺れ動く猛火』」


 ボクが腕を上げて合図を送ると同時に、シュリは今まで練り上げてきた魔法を解き放った。

 炎を蜘蛛に。ボク達を背景に。

 認識をズラして王鳥の攻撃対象から逃れ出る。


「今のうちだッ!」


 アディンさんが叫び、ボク達は力の限りに目的地まで走る。走る、走る走る。

 シュリは燃え盛る炎を王鳥の攻撃から逃がすように操り、注意を引き続けた。アディンさんは魔法の制御にかかりっきりで動けないシュリを抱きかかえていた。

 できるだけ長く刻印を維持するために最後に王鳥から離れなければならないボクをしんがりに、ボク達は絶壁のふもとにある洞窟に向かって全力で走る。

 ……目的地はボクがここに迷い込んだ時に吹き飛ばされた洞窟だ。ピティ曰く、あの洞窟の奥に迷宮の入り口が存在しているらしい。

 王鳥の巨体ではあの中には入れない。あそこまでたどり着ければボク達の勝ちだ。


「……ッ! ダメッ!」


 シュリの悲痛な叫びが木霊(こだま)する。

 つられて振り返ると、囮の炎が王鳥に捉えられるのが見えた。

 瞬間、轟音と共に猛烈な熱波がボク達を襲う。爆発から離れていたボク達にはほとんど影響はなかったが、爆心地近くの地面は黒く焼け焦げていた。

 王鳥が魔法に触れた衝撃で、大爆発が引き起こされたのだ。

 魔法を操作し、対象のすぐそばで炸裂させる。それがシュリの使った魔法の本来の用途だ。しかし、今回ばかりは魔法をぶつけてはならなかった。ボクは冷や汗が背中を伝うのを感じた。


 ――王鳥が奇声を上げる。

 燃え盛る炎の中からほとんど無傷の王鳥の巨体が現れた。

 そこらの魔物ならば一撃で絶命させてしまうだろう威力の魔法を受けてさえ、ほぼ無傷。そんな化け物は、侵入者だと思って追いかけていたモノがただの囮であると気付いてしまった。いまだに刻印の力でボク達の位置は割れていないが、それでも王鳥の攻撃がこちらまで届く確率が高まったのは確かだ。


「……ッ! 全員耳を塞げッ!」


 何かに気が付いたミツキが大声で叫ぶ。

 ボクは言われるままに自分の耳を塞いだ。アディンさんに担がれるシュリは手がふさがっている彼の耳を塞ぐのが見えた。その直後、王鳥は脳を揺らす不快な金切り声を周囲に放った。

 聞くだけで寒気がする。耳から手を離せば鼓膜が破れてしまいそうだ。ボクは轟音に耐えられずにその場に蹲ってしまった。目からは絶え間なく涙が零れ落ち、いつまで続くのか分からない騒音に耐えるしかなかった。


「ううぅ……」


 ――気が付くと、自分のうめき声が聞こえた。王鳥の金切り声にかき消されていた音が周囲に戻ったのだ。

 ボクはふらつきながらもみんなの様子を確かめる。

 ミツキとリュシくんはボクと同じように蹲っている。二人もようやく起き上がって目的の洞窟に向かってふらふらと歩を進めて始めた。アディンさんは流石ベテランと言うべきか、あの不快音の中でも動き続けていたようだ。一番、洞窟まで近づいている。

 一方、耳を押さえる事ができなかったシュリは気を失ってしまっている。鼓膜が破れてしまったのか耳からの出血が見て取れた。

 だが一番まずいのは――


「刻印が切れた……」


 振り向くと王鳥と目が合った。

 先ほどの咆哮にひるんだ拍子に術が解けてしまったのが一番まずい。

 いまだに炎に包まれている王鳥はボク達を視認した。その眼は怒りに燃え、縄張りへの侵入者を排除する事に全力を尽くすだろう事が見て取れた。


「こ、刻印『虚飾の――』」


 咄嗟に刻印を掛け直そうとするが、王鳥が動く方が早かった。

 炎を煩わしく思ったのか、王鳥は盛大に羽ばたいた。広間に巻き起こった旋風が砂埃をあげて視界を閉ざし、巻き起こされた風が刃となって襲い掛かる。


「う……っ!」


 体に冷たいものが触れたと感じた次の瞬間、突風を受けた服や皮膚に次々と傷が入る。赤い血が視界に飛び散り、ただでさえ悪い視界がさらに悪くなる。

 ボクはそのまま風に煽られて地面を転がった。

 体中が痛い。どこが切り傷でどこが打ち身か分かったものではない。

 立ち上がろうと足に力を入れる。途端に片足に鋭い痛みが走り、地面に膝をついてしまった。


「ぐっ……あっ……」


 痛みに耐えられず、ボロボロと涙が溢れた。

 ――ああっ……。くそっ……。これじゃあ、立てない……。


 ボクは歯を食いしばり、這ってでも先に進もうとする。

 王鳥の次の攻撃はまだ来ない。

 しかし、それは舞い上がった砂埃が王鳥の視界を奪っているせいだ。もしくはさっきの一撃で仕留めたと思ったのかもしれない。どちらにせよ、砂埃がおさまれば王鳥の追撃が来る。上空から聞こえる王鳥の羽ばたきがそれをボクに伝えてくる。砂埃がおさまるまでに洞窟までにたどり着かなければ死ぬのは確実だ。


「くっ……そぉッ!」


 頭に諦めの色が浮かぶ。この速度じゃ間に合わない。

 諦めてしまえ。そうすれば楽になれる。王鳥の攻撃なら痛みを感じる間もなく死ねるだろう?

 そんな甘い誘惑が耳元で囁かれた気がした。

 ボクは心が折れてその誘惑に乗ろうとし――


 ――ボクの体が支えられた。


「……え?」

「洞窟まではあと少しだ。頑張れ」


 朦朧としてきた意識の中で見たのは、ボクの腕を自身の肩に回して支えるミツキの横顔だった。先に進んでいた彼が道を引き返していたのだ。

 彼には風の刃が直撃しなかったようだが、それでも体にはいくつもの切り傷がついており、にもかかわらず彼はボクの体を支えて先に進んだ。


 そして、砂埃が晴れていく。

 気が付くとボク達は洞窟のすぐ近くまでたどり着いていた。シュリを背負ったアディンさんやリュシくんが早く来いと、中から手招きをよこす。


 ……気軽に言ってくれる。


 ボクはミツキの負担にならないように足にさらに力を込める。ずきりっとこれまで以上の痛みが走るが、知るもんか。ここで力を振り絞らなければ二人とも死ぬだけだ。無理をするのにこれほどふさわしい場面はない。

 そして、ボク達は王鳥の次の攻撃が来る前に洞窟にたどり着いた。


「はっ……ぁ……」

「何とかたどり着いたな……。……ッ!?」


 ボクは安堵のあまりその場に崩れ落ちそうになった。けれども、ミツキは何か異変を感じたようですぐにボクを洞窟内に突き飛ばした。

 次の瞬間、轟音と共に洞窟の入り口付近に衝撃が走った。ガラガラと音を立てて入り口を岩が塞いでいく。

 おそらく土埃が晴れる直前、王鳥は洞窟に逃げ込むボク達を視認したのだろう。そして、ボク達を生き埋めにするために洞窟周辺を攻撃したのだ。奴はここにいる全員を生き埋めにしてでも殺すつもりだ。


「ミツキ……? ミツキッ!?」

「ユキさんダメだっ!」


 ボクはミツキに手を伸ばそうとするが、その腕をリュシくんに掴まれた。

 ミツキが瓦礫の崩落に巻き込まれていく。彼に突き飛ばされたボクは何とか巻き込まれずに済んだ。

 ……ミツキを危険な目に合わせないためにここまで着いてきたのに、ボクのせいで彼が死んでは本末転倒もいいところだ。

 崩落が収まり、洞窟の入り口が完全に塞がった。辺りから完全に光が失われた。


「死んだ……?」


 思わず口をついた言葉が脳を犯して絶望に染まる。頬を冷たい雫が滴った。これじゃあ、ボクは何のために――


「……勝手に殺すなよ」

「……ッ!? ミツキッ!?」


 ボクは声がした方角に這い寄った。闇に覆われた洞窟ではうまく移動できない。片足が使えないなら尚更だ。

 四苦八苦しながら声を頼りにミツキの居場所を探っていると、唐突に洞窟内に光が灯った。アディンさんがバックの中にしまってあったランプを点けたのだ。これでまともに彼を探す事ができる。

 はたして、ミツキはすぐに見つかった。


「よう。……そっちは無事だったようだな」

「……ミツキっ!」


 ボクは安堵のあまりに彼の首に抱き着いてわんわんと声を上げながらすすり泣いた。男の時はこんなに涙もろかっただろうか? いや、以前はミツキが死にかける事はなかったから比較できないか。とにかく、彼が無事でよかった。

 ミツキは崩落が少なく大きな隙間ができていた洞窟の隅で倒れていた。完全に無傷とはいかず、岩に片腕が潰されて使い物にならなくなっているが命に別状はなさそうだ。


 刻印『超感覚』

 生存に必要な情報を絶対に見逃さない。


 ミツキの刻印は洞窟の崩落から彼自身を救い、王鳥の金切り声を見切ってボク達までもを生還させた。ボクは此度の攻防での一番の功労者を上げろと言われたら迷わずミツキの名を上げるだろう。


「早くここから離れるぞ。王鳥の追撃が来るかもしれん。ピティの情報では洞窟の奥が迷宮の入り口だ。迷宮に入る直前で治療する」


 すすり泣くボクの後ろから声がかけられた。

 ボクは声を掛けられてようやく、まだ危機から脱してない可能性に思い至った。

 アディンさんが慣れた手つきですっぽりと瓦礫の隙間に埋まっているミツキを引きずり出し、瓦礫に挟まれて動かなくなっている腕はリュシくんが罠の解体用に持ってきた爆薬を使って引き抜いた。ボクは二人が作業をしている間に何もする事ができなかった。


 王鳥の奇声が聞こえる。続いて洞窟内が激しく揺れた。

 爆薬の臭いか音で王鳥がボク達の生存に気付いたのかもしれない。

 アディンさんが気を失ったままのシュリを担ぎ、リュシくんが動けそうにないミツキを背負って洞窟の奥に向かう。

 ボクは自身の刻印で痛みを消してよろよろと先に進んだ。


 ボク達は王鳥の守りを突破し、ようやく迷宮にたどり着く。

 後ろを振り返ると再び洞窟が揺れた。王鳥の攻撃がいつ瓦礫を吹き飛ばすのか分からない。洞窟の奥に進むボク達の足は無意識のうちに早くなっていた。

 ……ここまで来るだけでもヘトヘトだった。けれども、これからだ。これから先がようやく迷宮探索の本番だ。

 ボクはリュシくんに背負われるミツキを凝視し、これからの探索に思いを馳せた。


戦闘時間は数十秒。


君の名は。観てきました。

初めは「この調子であと一時間半もやるの? つらい」とか思っていましたが、唐突に話の流れが変わって目が離せなくなりました。面白かったです。


その後、この話で引き込めそうなイベントって何かあったっけ? と思ってプロットを開きました。

……それっぽいのが最後の方にしかなくて絶望しました。

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