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探索準備

「えっと……。持ち物はこれでいいかな……?」

「ちょっと、ユキ。入れ方が全然なってないわよ」

「えー……」


 酒場で例の魔物の情報を受け取った翌日、ボクは自室でシュリとミツキの前に大量の荷物を広げていた。

 大型のナイフ一本に予備の小型ナイフが一本。調理用の鍋やコンロなどの器具、三日分の携帯食料に水筒。普通の傷薬と大抵の怪我は治せるポーションに、包帯代わりにもなって体を清める事まで出来るタオルを心持ち多めに。それと防具の皮鎧とバックラー。砂除けにもなって毛布代わりにもなるマントといった物が丁寧に並べられている。

 シュリは腰に手を当ててため息を吐いた。


「予備だからってナイフをバックに入れてたら意味がないじゃない。ちゃんと身に着けておくこと! 戦闘中にメインのナイフが折れたりしたらすぐに取り出せるようにしておかないとダメ。それとポーションもね。これがなくなったりしたら生存率が劇的に下がるんだから、買ったままの状態でバックに入れておくのは危険よ。瓶が割れたらどうするの?」

「はい……。おっしゃる通りです……」


 ボクが項垂れていると彼女は探索用に買ったボクのポーチを掲げて中身を見せた。


「ほらここ! 探索者用のポーチには小型の瓶を取り付けるスペースがあるからそこに入れておかないと。ポーションは何個か小さい瓶に分けて持っておくものよ。それとポーションを小瓶に移し替える前に、ポーチのホルダーから小瓶をスムーズに抜けるように練習しておくこと! 傷をすぐに塞げないと死ぬ事もあるわ。練習ではうまくできても痛みでうまく取り出せないって事もあるから刻印を自分に使って練習するのがいいわね。ついでに予備のナイフを引き抜く練習もしておくこと!」

「はい……」


 ぐうの音も出せずに従うしかない。

 ザックとは別に用意した小型のポーチの中に、今は空の小瓶を収納してみた。

 ポーチの内のホルダーは口を閉じられるようにできており、激しく動いても瓶を落としてしまう事はなさそうだ。中身を取り出す際には取っ手を引いた後に今度はその取っ手を押し戻すだけだ。

 戦闘の衝撃で口が開く可能性は少ない割に、取り出そうと思えば意外とスムーズに取り出せそうだ。


 何度か小瓶をポーチから抜いたり入れたりしてみた。初めはぎこちない動きだったが、少しずつスムーズに取り出せるようになってきた。

 ……刻印で痛みを与えるのは一人になってからにしよう。


 小瓶を取り出す練習の続きは後にして、シースに入った予備のナイフを手に取った。

 すぐに取り出せるようにという事だったのでベルトに取りつけようとするが、シュリに止められた。


「そんな目立つところじゃダメ。知能が高い人型の魔物には武器が残ってるってバレるわ。暗器として使う可能性もあるから隠さないと」

「あ、そっか」


 スカートを捲り上げた後に口で咥え、今のうちに足に革を巻いて取り付けてみる。すると、いきなりシュリに頭を(はた)かれた。

 ボクは頭を押さえて蹲った。パサリと音を立てて重力に引かれたスカートが元に戻る。


「痛い……。いきなりなにするの……」

「必要以上にスカートを捲り上げない! ミツキが居心地悪そうでしょっ!」

「あっ……」


 後ろを振り返るとミツキがそっぽを向いていた。

 道具の使い方のほとんどはミツキよりも扱いに慣れているシュリが教えてくれていたので存在を忘れていた。

 先ほどまでの自分の恰好を思い出してボクもそっぽを向くことにした。


「ほら、しばらく泊まり込みなんだから油断しないように。迷宮の中では男の人とずっと一緒にいるんだから」

「はい……」


 返事はしてみたものの無理そうだ……。気を抜けば昔の感覚でミツキの前で着替えを始めたりしてしまいそうだ。

 ボクは迷宮に向かう前からすでに、昨日の決断を後悔し始めていた。

 こんなボクがなぜ迷宮の探索準備を進めているのか? それは昨日の夜に遡る。




 ――

 ――――

 目的地の迷宮が王鳥の巣の近くにあると聞かされると、ボク達の座る卓を沈黙が支配した。四六時中さわがしい酒場の中でこの卓だけが騒音とは無縁の異界へと化していた。

 ボク達は王鳥の巣に近づく危険と未知の魔物が徘徊する迷宮を攻略した際の名声を天秤に掛けて思案した。そしてリスクがリターンを大きく上回るという結果が大多数を占めるのは当然の事だった。

 これでは迷宮の探索は諦めるだろう。――まっとうな感性を持つ者ならばの話だが。


「……オレはそれでも行く。どうしても結界を破った魔物の正体を確かめねばならん」


 アディンさんが抑揚の無い、それでいて力強い声で呟いた。その声からは例え一人であろうとも迷宮に潜るという強い意志を感じた。彼の手記を読み終えていたボクはそれも当然だろうと思ったが、他のメンバーにとっては理解ができない無謀な行為に思えただろう。

 だが最悪な事に、彼が迷宮に潜るなら絶対についていくという者もいた。


「アディンが行くならアタシも行く。彼を無駄死にさせる訳にはいかないわ」

「……シュリが行くなら俺も行くぞ」


 信じられないものを見る目で周囲を見渡すピティとアドミラ、探索者の男を無視して、アディンさんに何らかの恩があるらしいシュリが手を挙げた。続いて、シュリに(ツムギ)の面影を重ねているらしいミツキも手を挙げる。

 こうなる事が予想できていたボクは盛大にため息を吐いた。この三人は言い出したら聞かない事を知っていたからだ。

 当然というか当然の事だが、探索者の男が抗議した。


「はぁ? 王鳥の目をかいくぐって迷宮の入り口を探す? 正気じゃない。迷宮に入る前に全滅するのがオチだ。それこそ無駄死にだ。止めといた方がいいと思うぜ?」

「そ、そうです。アドミラは、アドミラもそう思うのです……。ピティが正しいんだって証明ができないのは悔しいですけど……。それでも、王鳥に挑むのは無謀だと思うのです……」


 アドミラまでもが加わって彼らの無謀な行いを止めようとした。けれども予想通り彼らは止まらない。


「……シュリ。リュシアン君に来るか来ないかを聞いてこい。あいつがどうするかで難易度が大きく変わる」

「りょーかい!」


 アディンさんは二人の警告を無視してシュリに声をかけた。

 シュリは勢い勇んでリュシくんの所に向かう。探索者の男やアドミラがアディンさんを止めようとする声を聴きながらシュリ達に視線を向けると、こちらでも言い争いが発生していた。王鳥と聞いて探索を諦めるようにシュリを説得するリュシくんと、頑として譲らないシュリ。一見、話は平行線になっているように見えるが、二人が言い争えば確実にシュリが勝つだろう。リュシくんが折れるのは時間の問題だ。

 ボクが諦めたように話の流れを見守っていると、探索を渋るリュシくんの説得にも、アディンさんを引き留める探索者の男の説得にも加わっていなかったミツキに声をかけられた。


「……珍しく何も言わないんだな。いつもなら『迷宮は危険だ。別の手段で稼ぐべき』って言うのに」

「どうせ言っても聞かないんでしょ? それに今回はアディンさんが止まらないだろうって分かってたから。それとも、ボクが頼んだら迷宮に入るのを諦めてくれる? 今回も、これからも」


 首を傾けて悪戯っぽく尋ねてみる。

 ミツキはしばらくボクの顔をじっと見つめていた。……止めてくれ。そんなに見つめられたら恥ずかしくなるじゃないか。

 彼はボクの問いかけにいつもとは違う何かを感じたのか、難しい顔でしばらく押し黙った。そして結論が出たのか、しばらくしてから口を開いた。


「……それは聞けない相談だ」

「……そっか。それは残念。じゃあ、――ボクも覚悟を決めるかな」


 アディンさんはいつの間にか探索者の男とアドミラを丸め込み、ピティから迷宮の詳しい位置を聞き出していた。リュシくんはシュリに根負けして迷宮探索に同行する事になったようだ。こうなる事はなんとなく予想できていた。

 ミツキはボクの『覚悟を決める』という言葉に疑問符を浮かべていた。だから、ボクはその答えを提示する


「ボクも迷宮に行くよ。アディンさんに恩返ししなきゃ」

「……ッ!? おい! 何を考えてるっ!? 迷宮探索は危険なんだ! お前はここで待って――っ!?」


 ボクは少し頭にきてミツキに刻印を叩きつけた。

 平衡感覚を失ったミツキは倒れかけるが、すぐに刻印を打ち消して立て直した。ボクはその一瞬のすきに彼の唇に指をあてて黙らせる。


「ねぇミツキ。何でボクが君のいう事を聞かないといけないのかなぁ? ボクのいう事は聞いてくれないのにさ。これって不公平だと思うんだよ」


 ボクはとびっきりの笑顔で彼の主張を却下した。青筋が浮いていなければいいけど。

 それを見ていたシュリは楽しそうに笑ってミツキの肩を叩いた。


「ぷふーっ! ミツキってば尻に敷かれてやんのー! ねぇユキ! アタシは大歓迎だよっ! アタシが探索者の何たるかを教えてあげようじゃないかっ!」

「それじゃあお願いしようかな」

「おいっ! ユキヤっ!」


 久しぶりに本名で呼ばれた気がする。でも止まってたまるか。

 ボクはシュリと握手をして協力を取り付けた。それを見ていたミツキは苦い顔をする。ミツキだってボクの言葉を無視して迷宮に入り浸ってるじゃないか。ボクがこれまで抱えてきた不安をお前も味わえばいいんだ。

 ……なんて黒い感情も確かにあるけれど、探索に加わるちゃんとした理由もあった。ボクはため息を吐いて仏頂面のミツキに向き直った。


「……ミツキ。このまま探索に行けば、迷宮に入る前にたぶん全滅するよ? ……実際に対峙してみて分かった。王鳥はそれほど危険なんだ。でも、ボクなら王鳥の目を掻い潜れる。無力化できる」


 近くで見てみて分かった。近づく事ができればボクの刻印は王鳥には有効だ。刻印をかけた後に攻撃を仕掛けるのは反撃される危険が大きいだろうが、戦闘を避けてやり過ごすだけなら十分に可能だ。

 それでも、ミツキは首を縦に振ろうとしない。


「けど、近づけないだろ? 刻印の力が発揮される前に攻撃を受けて死ぬ。お前だってそう言ってたじゃないか。前回は運よく餓え蜘蛛に攻撃が向いて生き残っただけだ。今度もうまくいく保証はない」


 確かにそうだ。けれど、それは一人で挑んだ場合の話だ。ボクは挑発的に微笑んでミツキの主張を一蹴した。


「ミツキ達はこの前の探索で刻印を手に入れたんだよね? その内容もボクに話してくれたよね? ミツキとリュシくんの刻印を使えば王鳥にボクの刻印を届かせられる。それはミツキ自身が分かってるよね?」

「ぐっ……」


 ミツキは反論できずに悔しそうに呻いた。

 刻印が手に入った事に浮かれてペラペラとしゃべりまくるからこうなるんだよ。ざまぁ! っと心の中で叫びながらボクは上辺だけ取り繕ってニコニコと微笑んだ。いつも悔しい思いをさせられる仕返しが出来てすごく気分がいい。


 ミツキはボクを留守番させるためにあれこれ策を講じたが、他のメンバーは王鳥対策になりうるボクを連れて行く事には反対しなかった。彼は最後まであがいたが、数の暴力に負けて承諾する事になった。

 こうして、ボクは二度目の迷宮探索を行う事になった。




 ――

 ――――


「これでよし……ッ!」


 ボクはホルダーにポーションを取り分けた小瓶がきちんと五つ入っている事を、ミツキやシュリにも確認してもらってポーチの口を閉じた。

 昨晩、持ち物に抜けがないかを何度も確認したが、出立の朝にポーチの中の小瓶だけはもう一度確認した。他の物は忘れても何とかなるかもしれないが、これだけは忘れてはならない。

 ポーションを確認するボクをミツキは複雑な表情で、シュリは微笑ましそうな表情で見ていた。


「行くぞ」


 今回の探索に参加するメンバーが全員そろったことを確認するとアディンさんが口を開いた。彼の目は森の上空を旋回する王鳥を眺めていた。もしかすると、王鳥を突破した先にいるであろう未知の魔物に殺意を向けられているのかもしれない。

 ボク達は彼の声に答えた。


「おう」

「ええ、行きましょう! 腕が鳴るわねっ!」

「うぅ……。今からでも止めにしましょうよ……」

「うん。分かった」


 そして、ボク達はピティがもたらした情報を頼りに森に足を踏み入れた。


迷宮探索に必要なものってこれで足りますかね?

アイテムボックスというチートアイテムがないと探索ってめっちゃキツイと思うんですよ。

戦闘のために身軽さを確保しないといけないのに、食料や水の確保ができるか分からない日が続くから大量の持ち物がいるんですもん。

杖とか靴の替えとか罠解除用の工具とかも必要かもしれないけど容量が……。

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