再会と不可解な気持ち
アディンさん特製の睡眠薬を使って眠り始めてから数日後、ボクは一人で森に訪れていた。
相変わらず不安は尽きないが、睡眠不足が解消されたことによって、多少は落ち込んだ気分が戻ってきていた。
とはいえ、ミツキ達の事をただ黙って待っている事が出来ず、迷宮から出てきた彼らをすぐに迎えられるように空き時間を森で過ごそうと思ったのだが……。
「……迷ったっ!」
絶賛迷子中である。これは非常にまずい状態だ。
アディンさんに森の奥に向かうことを話すと呆れたようにため息を吐かれ「気の済むようにするといい」という投げやりな言葉と共に森に入る時の注意点をいくつか聞かされた。それは『王鳥の縄張りに入るな』『喰い荒らす餓え蜘蛛の縄張りに入るな』『地図のない場所には踏み込むな』というものだったが……。道に迷った今、その言いつけを守れている確証はない。
ボクは周りを見渡して見慣れた景色を探してみるが、それらしきものは全く見つからなかった。やはり、言いつけを破って地図のない森の奥に踏み込んだのが悪かったのだろうか。
人里近くの森の地図は売られていて道が知られているが、新たな迷宮を発見するためには地図がない森の奥まで踏み込まないといけない。当然、ミツキ達は道が知られていない森の深部にまで入っている。よってボクも地図にない場所まで足を踏み入れた訳だが……完全に失敗だった。
ぎりぎり地図に書かれている場所で待機していた方が早く合流できた気もする。
「……ここがどこか分からないと話にならない」
ボクはひとまず木の上に登って自分の位置を確かめようと思い立った。ひとまず何か目印になりそうなものがあればと思ったが――
「……ッ!」
上空を巨大な影が通り過ぎた。
その威圧感にボクは顔を引き攣らせるしかなかった。家畜ほどなら簡単に握りつぶし、引き裂けるだろう趾に、家畜ほどなら簡単に飲み込んでしまいそうな嘴、空を覆いつくすような黄金の大翼……。
一目見ただけで自分が捕食される側の存在だと理解させられた。
彼の存在は一瞬で上空を去ると、暴風が遅れて森の木々を揺らして枝を切り飛ばした。突然の風で地面を転がったボクはうめき声を上げる。
「うっ……、王鳥……?」
すぐに森には静寂が戻る。上空を通り過ぎた巨大な鳥はこちらに意識を向けもせずに去っていった。ボクはあの巨体に見つからなかった幸運に感謝しながらよろよろと立ち上がる。
王鳥――ヴァルハーブの町周辺の森に生息する生き物の中で、食物連鎖の頂点に立つ生物だ。ボクが《白の家鴨亭》で目を覚ました時に森の上空に見た影がこの王鳥だった。
その圧倒的な身体能力とは裏腹に性格は極めて温厚。主食は腐肉であり、危険度はかなり低い生き物だが……。それは王鳥の縄張りに入らなければの話だ。
ひとたび縄張りに入れば、その人体程度なら真っ二つに引き裂きかねない爪をもって容赦なく襲い掛かってくる。
そんな王鳥が縄張りとする地域は開拓されておらず、未発見の迷宮があるだろうと噂されているが、王鳥の余りにも高い戦闘能力に阻まれて縄張りに入ろうと考える探索者はほぼいない。
開拓初期には王鳥に挑んだ事もあったそうだが甚大な被害を出した。その被害状況から、王鳥の戦闘能力は下手な迷宮主よりも上だと言われている。
ボクは知らず知らずのうちにそんな化け物のテリトリーに入ってしまったかもしれない事実に肩を震わせた。
「……これじゃ、木に登れないな」
木に登って王鳥に見つかるのは避けたかった。たとえ見つからなくても王鳥が近くを飛ぶだけで木から振り落とされてしまいそうだ。木に登って周囲を確認するという選択肢はとらない方がいいだろう。
「……んー。どうしよう」
方位磁針でもあればなと思うが、あいにくと携帯用の物はまだ出回っていないらしかった。ボクはしかたなく太陽の傾き具合から大体の方向を確認する。
「たぶん……。こっち?」
熟練の探索者なら正確な方向を知れるだろうが、森の中に入る経験が不足しているボクには大体の方向を確認するのがやっとだ。
森を抜けてからも町までしばらく歩かないといけないのかなぁと若干憂鬱になりながらも、ゴールが見えているだけ『あの迷宮』よりも随分と良心的だなと思いながら足を進めた。
時折、異形の動物――角が生えた熊ややたらと図体の大きい猪などと言った魔物に出会うが、刻印の力で彼らの感覚をかき乱してやれば難なくやり過ごすことが出来た。
「うーん。王鳥にも効きそうな気がするんだけどなぁ……」
刻印の力は王鳥にもおそらく効く。シュリやアディンさんに対して感じる刻印が効かないという不可思議な直感が王鳥には働かなかったからだ。
しかし、王鳥の身体能力の前では刻印の力を発揮する前に狩られる予感しかしなかった。
刻印の力で近くにきた生き物を追い払いながら順調に森の中を進んで行く。刻印『虚飾の瞳』があれば厄介そうな生き物も大抵避けられるので随分と順調に進む事ができた。
茂みの多い道を手で掻き分けて進もうとして、ふと手が樹の表面に触れた。すると、べったりとしたものが手のひらに付着しているのに気が付いた。
「なんだろ」
ボクは不快感に顔を顰めながら手を木から離そうとする。手元に視線を向けると樹と手の間で白い糸が引いていた。手を閉じたり握ったりすると粘着質の液体が手のひらで伸びて縮んでを繰り返す。
「……これ、糸?」
手を触れた樹を観察すると、白い糸がぐるぐると巻かれている。もしやと思って軽く茂みの向こう側を確認して息を飲んだ。
「うわぁ……」
ボクはすぐに後ずさった。茂みの向こうの光景を現実とは思いたくなかったからだ。
――茂みの向こう側では白い糸が複雑に絡み合い、巨大な蜘蛛の巣を形成していた。
巣の大きさはボクが働いている《白の家鴨亭》の面積よりも広かった。当然、巣が大きいという事はそこに住む生き物の図体も大きいという事で……。巣に張り付いていた蜘蛛はボクのお腹の当たりほどの高さはあった。一度部屋に迷い込んできた蜘蛛も人の頭くらいの大きさだったが、それとは比べ物にならない大きさだ。
何よりもまずいのはその数だ。これだけ図体が大きいなら独り立ちしろよと言いたくなる。そんな巨大な蜘蛛たちが一つの巣に大量に張り付いていたのだ。見渡す限りの蜘蛛蜘蛛蜘蛛……。宿に迷い込んでいた蜘蛛は可愛く思えても、流石にこの大きさと数の蜘蛛には恐怖しか感じなかった。
「『喰い荒らす餓え蜘蛛』……」
アディンさんに言い聞かされた注意事項の二つ目、王鳥以外に絶対に戦うなと言われた生き物であった。
ボクは気付かれる前にこの場を離れようとするが……
「やっぱり、気付かれちゃってるよねー……」
こちらを見つめている一対の複眼と目が合った。
軽く周囲を見渡すと他にも茂みの隙間から除く目が爛々と輝いている。糸に触れてしまった時点でこうなる事は確定事項だったのだ。
「……撤収」
ボクは踵を返して元きた道を駆けだした。その後を蜘蛛の群れがわらわらと梢を折りながら追いかけてくる。後ろで展開されるあまりにも不気味な光景に顔を引き攣らせ、アディンさんの忠告を破った事を今さらながらに後悔した。
「蜘蛛ならおとなしく巣で獲物がかかるのを巣で待ってろよ!」
地球の蜘蛛よりもだいぶアグレッシブな動きを見せる蜘蛛たちに悪態をつきながら、ボクは追いかけてくる蜘蛛の一匹に幻覚を見せつけた。
ボクを蜘蛛に、蜘蛛をボクに。
周りの蜘蛛たちを仲間ではなく獲物だと認識したその一匹は、近くの仲間に攻撃を加えた。いきなり噛みつかれた蜘蛛は悲鳴を上げて、鋭い足で幻覚を見ている蜘蛛を何度も蹴りつけていた。
そうしているうちに、周りの蜘蛛も齧られている蜘蛛に齧りつき、一匹の蜘蛛はなぶり殺しにされて喰い荒らされていった。
しかし、たった一匹の蜘蛛が行動不能になったところで、ボクを追いかける蜘蛛の数はほとんど変わっていない。何度か刻印の力を引き出して同士討ちさせるが全く数が減っている気がしなかった。
……これが、アディンさんがボクに『喰い荒らす餓え蜘蛛』には近づくなと言った理由だった。餓え蜘蛛の強さは大したことはない。けれどもその繁殖力は凄まじく、群れの強大さを見せつける。
ボクの刻印は一対一では無敵に近い性能を発揮するが、数の暴力にはめっぽう弱い。
天敵の王鳥には圧倒的な力の差で蹂躙され、魔法使いの範囲攻撃で吹き飛ぶ彼らだが、群れを薙ぎ払えるような圧倒的な筋力も広範囲に作用する魔法も持たないボクにとっては天敵と呼んでもいい存在だった。
「このまま一体ずつ削って……。いや、たぶん魔力が持たない……」
追いかけてくる蜘蛛の足は遅い。おそらく、獲物が弱るのを待っているのだろう。体力がまだ残っている今のうちに何か打開策を見つけなければならない。
幸いなことに蜘蛛たちは一定の距離を保って追いかけているようで、圧迫感が思ったよりも少ない。思考する余裕は残っている。
これ以上思考するまでもなく、すでに案は一つ思いついていた。しかし、とてつもなく危険な案だった。
「……でも、あれに追いつかれて死ぬよりはましかな」
このまま逃げて妙案が浮かぶ保証もなく、案を思いついた時には蜘蛛の腹の中という事にもなりかねない。
強そうな人を探すことも考えたが、この群れを討伐できる人間が都合よくいるとは思えず、居たとしても見つける前にボクが力尽きる方が早いかもしれない。
最悪の場合、見つけた人間がこの群れに対処できずに犠牲者が増えるだけかもしれない。
走っていると、あまり樹が茂っていない見晴らしのいい場所にたどり着いた。ボクは覚悟を決めると、目視できた目的の場所に進路を変える。
目的の場所は随分と目立つ。町の位置を確かめることこそ出来なかったが、これから行う事に必要な情報は手に入った。後は実行に移すだけだ。
「うまくいってくれよ……」
ボクは命がけの賭けに勝てるように祈って空を仰いだ。
「……あと、もうちょっとっ」
樹の多い場所からでも目的地が視認できるようになる頃には、ボクは肩で息をして足には疲労感が大分たまっていた。それでも、残り僅かの距離だと自分を励まし、残り僅かな気力を振り絞る。
一方、後ろをついてくる蜘蛛には疲れた様子もなくぴんぴんしている。種族が違うボクが見ても疲労に気付けないだけだと思いたい。
足の疲労が無視できないほど蓄積しているのにも関わらず、いまだに餓え蜘蛛に追いつかれていないのは刻印で何度か共食いを誘発させているからだろう。一時的に餓えを満たされた蜘蛛の狩りへのモチベーションが低下しているのだ。
「腹が満たされてるならっ、追ってこないでくれるかなっ!」
ボクは悪態をつきながら森を進み……、そして唐突に森が開けた。
勢いのまま草木の生えない広場の中央まで飛び込む。気が付くと、目の前には見上げるほどの絶壁が広がっていた。
「ようやくっ、着いたっ! けど……」
ボクは絶壁の頂上から降り注ぐ、刺すような圧迫感に息を飲む。
突然、周囲の気温が下がった気がした。恐怖の対象を視認したわけでもないのにガタガタと体の震えが止まらなくなる。寒気に似た絶望が体の底から湧き上がり、周囲の空気が全て針になってしまったかのような錯覚に襲われた。
殺気などというモノの存在は信じていなかった。けれどもその存在の放つ気配は、殺気と呼んでも差支えがないほどに、対峙するものに恐怖の感情を刻み込む。
覚悟はしてた。あぁ、覚悟はしていたつもりだったさ。けれどそれは、”ソレ”の真の恐ろしさを知らなかったから出来た事だと、今さらながらに突き付けられた。
「王鳥……」
ボクは固まりかけていた頭をカタカタと動かし、気配の大本を視認した。
そいつは感情の読めない冷たい瞳で眼下を見下ろしている。
道具もなしに登る事の出来ない絶壁の登頂に作られた広大な巣でゆっくりと翼を広げ、この場所すべてが自分の領域だと主張する。それは人間の手では侵すことのできない存在だった。
――喰われる。
ただの真実として、絶対不可避の事実として、ボクはあれには勝てないと悟った。
時間が止まってしまったような静寂が訪れた広間に――、次の瞬間、下劣な食欲の権化たちが流れ込んできた。
彼らは空気に満ちる殺意に気が付いていないのか、食欲に支配された彼らは躊躇なく足を踏み入れる。
彼らは広場の中心で無防備に足を止めたボクを見て何を思ったのだろうか? ようやく餌にありつけると、飢えを満たす事しか頭で考えたのだろうか? 今となっては分からない。
なぜなら、次の瞬間にはただの肉の塊になっていたのだから。
「あっ……」
絶壁の頂上にいた王鳥が落ちてくる。ボクは威圧感に飲まれて指の一本も動かすことが出来なかった。
王鳥の体がボクに迫って――そして、すぐ隣を通り過ぎていった。
暴風が吹き荒れ、足が地面を離れた。そのまま何度か地面に体をぶつけながら転がり、遅れてやってきた痛みが全身を襲う。
「う、ぐ……。ぁっ、うっ……」
――気が付くとボクは見知らぬ洞窟の中で倒れていた。
痛む節々を動かして這いずるように立ち上がる。顔を上げて洞窟から外を眺めると王鳥と対峙した広場が見えた。どうやら絶壁のふもとには洞窟があり、ボクはそこに吹き飛ばされたようだった。
服の至る所が切れており、真っ赤な血が服を汚している。目にかかっていた血を腕で拭うが、すぐに新しい血で目が見えにくくなった。どうやら額からも出血しているようだ。
……なんとか、生き残った。
体中に酷い怪我を負ったが、それでも生きている。
外の様子を覗うと、王鳥に蹂躙されている蜘蛛の群れが目に入った。
王鳥は動かなかったボクよりも、不用意に動いた蜘蛛に攻撃を仕掛けたようだ。地面には引きずられてすり潰された蜘蛛の跡が残り、ボクのように爪の直撃を免れたらしい蜘蛛たちが岩や樹に体をぶつけて動けなくなっていた。
王鳥は手近にいた蜘蛛をついばみ、口の中で租借する。
蜘蛛たちはわらわらと散開し、森に逃げ込もうとするが、その逃走は王鳥によって阻まれる。王鳥が巻き起こす突風に煽られて吹き飛んだ蜘蛛の体は出血を繰り返す。まるで風が刃物になってしまったような光景だった。
一方、王鳥は絶壁に向かった蜘蛛たちは無視している。蜘蛛はボクの隣を通り抜け、次々に洞窟の中に消えていった。
確かにこの洞窟の広さでは王鳥は入ってこれないだろうが……。
「……この先に進んで出られる保証はない」
……洞窟の奥からは、何か嫌な気配がする。
ボクは洞窟の奥に逃げ込んでいく蜘蛛から目をそらして王鳥を睨み見た。洞窟の奥を気にしている場合じゃない。
王鳥は動き回る蜘蛛たちに夢中でボクの事は眼中にないようだ。
だから、今のうちにここを離れなければならない。
「……刻印『虚飾の瞳』」
ボクを影に、蜘蛛の気配をさらに強く。
王鳥の感覚を弄って自分の姿を隠す。さらには蜘蛛に興味を示すように暗示をかけておいた。これで、王鳥はボクに興味を示さない……はずだ。ボクは痛みを堪えて洞窟から進み出た。
「……ッ! ほんとは、痛覚を消したいんだけど……」
歩くたびに痛みが走る。一歩一歩がとてつもなく重い。
王鳥が羽ばたくたびに吹き飛ばされる蜘蛛に巻き込まれない事を祈った。体を蝕む痛みと、ほとんど蹂躙と化した戦闘にいつ巻き込まれてもおかしくはないという不安が、精神の安定を削り取っていく。刻印なしで身を隠せる森までの距離が、随分と遠く感じる。
それでも、一歩一歩と前に進めばいずれかはたどり着けるもので、ボクは五体満足で森の中にまで逃げ切る事に成功した。けれど、すぐには足を止めない。少しでも遠くに、王鳥が気付かない場所にまで逃げたかったのだ。
「はぁ、はぁ……」
王鳥の巣から出てから随分と時間がたった。太陽の傾き具合から見て町までもう半分と言った所か。
王鳥の巣は町から目視できるため、町までの方向は正確に分かっていた。
後はボクの体力が町まで持つかだけが問題だろう。服を破って止血はしたが、それでもあふれ出る血は完全には止まっていない。
痛みは刻印を自身にかけることで緩和した。魔力を持っていても『幻覚を見せられている』という自覚があるだけで、刻印の力が無力化されない事が功を成した。
しばらく歩いていると、前方から荒々しい足音が聞こえてきた。
ボクは警戒して刻印の準備を行い、木の陰に隠れた。荒くなった呼吸を整え、出来るだけ音を消した。
(血の臭いに誘われてるのか、さっきから襲ってくる獣が多いな……)
舌打ちしたいのを堪えて息を潜め、足音の主を確認しようとして――
「おーい! 大丈夫かっ!?」
「あっ……」
足音の主は獣ではなく見慣れた探索者たちであった。
髪はボサボサで防具も汚れて黒ずんでいる。体中が汚れており、いかにも迷宮帰りの探索者といった風貌であった。けれど、ボクが彼らを見間違えるなんてありえない。
一人は燃えるような赤毛を一つに結んだ少女、もう一人は少女にも見えそうな線の細い少年だった。そして、最後の一人は――
彼らはボクに向けて手を振って走ってきている。ボクは安堵のあまり、樹に寄りかかってズルズルと崩れ落ちた。
「ユキ、ユキ! 大丈夫かっ!?」
「うん……。ちょっと疲れただけだから……。大丈夫だよ。ミツキ(・・・)」
「いや、全然大丈夫そうには見えないんだが……」
最後の一人――ミツキは血で汚れるのも気を止めず、満身創痍のボクを抱きとめた。鋭い瞳は不安そうに細められている。再会時には喧嘩したにも関わらず、彼の表情には気まずさのようなものは見当たらない。それが嬉しくて思わず笑ってしまった。
ボクがよろよろと彼の腕に縋りつくと、自然に口から言葉が出てきた。ずっと頭の中にあった事だった。
「あの時はごめん……。ミツキの事情も考えずに一方的に攻めたりして……」
「今はしゃべるな。……後でちゃんと話し合おう」
「……うん」
ミツキが帰って来たら言わなきゃってずっと思ってた。今なら言える気がする。逆に、今じゃないと恥ずかしくてもう二度と口にできない気がした。
でもこれで素直になれる。町に戻ったら、いっぱい、いっぱい話をするんだ……。
ボクが自分の傷の状態も忘れてだらしない笑みを漏らしているのに反比例して、シュリは厳しい表情でボクの手を取った。
「酷い傷……。リュシアン、ポーションのあまりは?」
「そんなの無いよ……。さっきの迷宮で全員使い切ってたじゃないか……」
「ちっ……。早く町に運ぶわよ!」
「分かってる!」
ボクの体の傷を確かめたシュリは急いで帰る事を提案した。ミツキとリュシアンは彼女の提案に頷き、ミツキは失血で体力が低下しているボクに肩を貸そうとし――
「……ッ!」
「ぅぇ?」
彼は唐突に剣を抜き放った。
ボクの頬が切れて血が滴る。いきなりの彼の攻撃に冷や汗を垂らしたボクは、恐る恐る後ろを振り向いた。
そこには眼球を剣で一突きにされた餓え蜘蛛が、手近にあるものをひっかこうとするようにもがいていた。やがて最期の力を使い果たして体の動きを止めた。
「餓え蜘蛛……。まだ、残ってたんだ……」
「……仲間がまだいるかもしれない。急ぐぞ」
「あ、ちょっと……」
ミツキは抗議を聞く暇もなくボクを背負って森を走り出した。ボクは振り落とされないように彼の体にしっかりと腕を巻き付けると――
「ぁっ……」
ミツキの右腕に、魔法陣のような模様が浮かび上がっているのに気が付いた。それが意味するのは、彼らは迷宮主の討伐に成功したという事だ。
(ふふっ……。ミツキとお揃いだ)
ボクはなんとなく笑みを浮かべ、少し強く彼に掴まった。……暖かい。すごく久しぶりに彼の体に触れた気がする。
それにしても、さっきのミツキの動きはかっこよかったなぁ。餓え蜘蛛に気が付いたこともそうだが、体捌きが元の世界にいたころとはまるで別人だ。身体能力が元より落ちているボクとは全然違う。刻印の強化もあるのかもしれない。
ボクは彼の首筋に顔をうずめて視界を隠すと、先ほどの彼の動きが頭の中に鮮明に思い描かれた。
あと、少し汗臭いけど悪くない匂――
(って、ボクは何を考えてたっ!?)
顔を上げてぶんぶんと頭を横に振るが、顔が真っ赤に茹で上がっているのが分かった。
何事かとミツキが後ろを振り向こうとした気配があったので、顔を見せないようにすぐに彼の首筋にうずめた。
「どうしたんだ?」
「……ごめん。やっぱり、ちょっと疲れてる」
ミツキが背中でもぞもぞと動くボクの態度をおかしく感じたのか問いかけてきた。ボクは震える声でそういうのが精一杯だった。
「そうか」と呟いたミツキは心なしか町へ向かう速度を速めた。
ボクはと言えば疲れたと言って彼に抱き着いた手前、余計な動きも出来ず、彼の首筋ずっと顔をうずめるハメになった。
(気をしっかり持て、これ見よがしに匂いを嗅いでたらただの変態だ。落ち着け、落ち着け……。そもそもミツキの部屋に遊びに行くことは何度もあっただろう。その時は何も感じなかったはず……。なのに何で今日だけ? しかもこんなに密着してる時に……。いや、密着しているから? それとも殺されかけた時に助けてもらったから? 恐怖体験したときの心臓の高鳴りを恋心に間違える事もあるっていうし……。……あれ? これだとボクがミツキを好きになったみたいな言い方じゃないか……。そうだとしたら惚れっぽすぎでしょ。ボクとミツキは友達! それ以上でもそれ以下でもない! ボクはちょろくない! でも、今のボクの内面はともかく外見は女なんだよな? 外から見たら付き合っていても違和感ないんじゃ……? ……そもそも今まで恋心を抱いてなかったとは言い切れないのか? 自分が異性愛者だという認識が恋心を友情だと錯覚させていた……? いや、違和感がすごいな。違和感がすごいって事は元は普通の友情だったわけで……。……って”元は”ってなんだっ!? まるで今は違う感情を持ってるみたいじゃないか! そもそも友情と恋愛ってなんだっけ? まずはそこからだ。そこから定義しよう。まずは友情の定義から――)
結局、町に戻るまでぐるぐると惚けた事を考え続けた。
……結局、町に戻ってからもボクはミツキの顔を直視できなかった。
ボクが今日の気持ちを受け入れ、挙動不審なしぐさが鳴りを潜めるまで、ミツキはボクの様子を訝しむことになった。
おかしいな……。投稿を始めた時はけっこうストックがあったのに、この話は一昨日書いてたやつだ……。




