来客前に
木枠で囲われた窓の向こうで、小雨が降っている。
窓辺に置いた天気管の中、予知魔法を付加された液体が大きな白い結晶を浮かべていた。雨脚が強くなる兆候だ。
私は急いでカウンター下の戸棚からウォータードリッパーを引っ張り出した。
「その見事なガラス細工を見るのは久しぶりだね、マスター」
いつものカウンター席に腰掛けて新聞を読んでいた出迎えの騎士が、ちらりとこちらを見た。
「最近は雨が少なかったですから」
そう応えながら、私はウォータードリッパーのボウルに水を注ぎ、その下のコックをひねってガラス管の中に水を通した。見たところ、二股に分かれた管のいずれにも汚れは詰まっていないようだった。
「凶暴化した水棲モンスターの毒で死ぬプレイヤーも少なかったわけだ」
出迎えの騎士は再び新聞に目線を落とした。『プレイヤー』という呼び名もここ数年でずいぶん定着した。
私はガラス管の先に用意されている二つの円筒形の容器のそれぞれにフィルターをセットした。片方が解毒草、もう片方が毒消し草の葉だ。
「今日も、あまり多く来られると順番待ちをしている間に死んでしまう人が出るかもしれません。抽出には時間がかかりますから」
しばらくするとフィルターから茶色の液体が容器の底に滴り落ち始めた。
「気にすることも無かろうさ。死んでも、彼らはまたここに戻ってくるだけなのだし。ところで、ホットポーションのおかわりをもらえるかな。少し熱めで」
「少々お待ちを」
私はホットポーションの入った真鍮製のポットの蓋を持ち上げて、小声で呪文を唱えた。手のひらの上に一つまみの火球を作り出し、それをポットに放り込んで蓋を閉めた。ポンッと、小さな爆発音がして、注ぎ口から湯気が立ち上る。
「カップを変えましょうか?」
「いや、これについでくれれば良いよ」
私が、差し出されたカップに湯気を上げる薄赤色の液体を注ぎ込むと。出迎えの騎士はカップを口元まで持っていって、唇につけてから「あちっ」と言った。火加減を間違えただろうか。
私は店の入り口のドアに目をやった。
濃い茶色の木でできたドアで、花柄の飾り彫りが施され、ドアノブは真鍮製。目の高さの位置には、繕いの女神をあしらった卵形のステンドグラスがはめ込んである。
そろそろ誰かやって来そうな気がする。この「予感」は私が先代から受け継いだ唯一の才能で、だから必ず当たる「予感」だ。なのでカウンターの影に設置した姿見でさりげなく自分の格好を検分してみた。エプロンの紐がほどけかけていたので慌てて結びなおす。
さて、今日はどんな客が来るだろうか。