さり気ない優しさ
「ねぇ、和幸・・・私の死因の件なんだけど」
ソファーに腰を落ち着けると、私はさっそくそう切り出した。自分1人で抱えるのはとてもではないが耐えられないと思ったから。
「――ああ。ここなら、話しても大丈夫だ」
照査室では止められたが、やはり自室の方がセキュリティは高いらしい。アッサリと和幸が頷く。
「うん・・・覚えてるのは、金縛りにあっていたことと男の人2人と女の人1人が頭の上で話していたことだけなんだけど・・・」
「金縛り・・・男が2人に女が1人ね。誰にも気付かれずに部屋に入ってたってことか?」
「そう。私の部屋は、カギもかかってるのに・・・」
そうなのだ。あの時は混乱していてそんなことも忘れていたけれど、あの部屋にはカギがかかるようになっていて、私は寝る前に間違いなくカギをかけたはずなのだ。
更には、あの人達が言っていた“手遅れになるところだった”“封印の書”“緊縛の術”“魂滅”―――何も知らない者が聞いても、何かあるとわかるような言葉の羅列。
「やっぱりな・・・」
「――やっぱりってことは、心当たりがあるのね?」
照査室での3人の反応は心当たりがありそうな感じだったし、今の和幸の反応も予想していたというような感じだった。
「まぁな。・・・だが、お前にはまだ話せそうにないな。かなり不安定なようだし」
「不安定?」
私は首を傾げる。何が不安定なのだろうか?私はただ、真実を知りたいだけ。どうして殺されなければならなかったのか。
「里乃・・・」
不意に、和幸に抱きしめられる。
反射的に突き飛ばそうと腕に力を入れるが、和幸の力には叶わない。
「イタタッ、和幸っ、何?何なのっ?」
ぎゅうぎゅうと色気もへったくれもない抱きしめ方をされて、抵抗する気が失せる。
「・・・こういうときは泣いて良いんだ。つらい、悲しい、寂しい、そうやってわめいて良いんだ。それが普通なんだよ。いきなりこんなトコに連れてこられて、色々なことを言われて・・・。
誰もがみんな最初は戸惑う。一人きりになってから飽和していた感情が爆発して泣きわめくヤツだっている。だから・・・」
泣いて良いんだ、と和幸は優しい声音で言った。少し身体を離して、私は和幸を見上げる。初めて見る彼の優しい笑顔がそこにはあった。
ああ、そうか。私、まだ泣けてないのか・・・。
そう思った途端、堰を切ったように涙があふれてきて、私は和幸の胸に顔を埋めて嗚咽を漏らしながら泣いた。
「はぁ・・・やっと泣いたか。お前、照査室に行くまでも全く泣かないし、死因がわからないって言われてんのに、困った様子を見せるだけで。・・・感情が麻痺するのは良く有ることだが、お前のは重症だったからな」
心配したんだぞ、と和幸に気遣わしげに言われて、ますます涙が止まらなくなる。
この人が私の担当で本当に良かったと思う。もし、あの時迎えに来たのが和幸じゃなかったら・・・ここまで親身になってもらえただろうか?
沙希さんは私にだけ親身だって言っていたけれど、たぶん、今まで迎えに行った人のことも見えないところで色々と気にかけていたに違いない。
たぶん、私が泣かなかったから。沙希さんにもわかってしまうような気の使い方をしたんだろう。
私だけが特別だなんてイタイ勘違いはしない。・・・そう、強く思った。
***
ひとしきり泣いて気分が落ち着いたとき、私はガバッと和幸から離れた。泣いている間じゅう頭を撫でてくれていた和幸はいきなり私が離れたので、ビックリしたように目を見開く。
「うぉ!?・・・どうした?」
「ご、ごめんね。・・・えっと・・・」
とっさに言い訳をしようと顔を上げて、和幸と視線が合ってしまって黙り込む。
「――ああ、いいって。俺もここに来たときは取り乱したっていうか、兄貴にくってかかってたからなぁ。なんでこんなとこに連れてきた!?ってな。」
素なのか、わざとなのか、和幸は私が泣いたことに対して言い訳をしようとしたのだと前提してそう答えた。
本当はそうじゃなかった。泣いたことが恥ずかしいんじゃない。和幸にしがみついていたのが恥ずかしかったのだ。
「和幸にもそんな頃があったんだねー」
私は恥ずかしさを誤魔化すように笑う。
「まぁ、それだけ混乱してたってことだ。・・・ああ、そうだ。部屋に入ったら教えてやるって約束だったな?」
私は頷く。和幸がどんな気持ちで死神になったのか、知りたかった。彼の話を聞けば、自分の気持ちも定まるような気がしたのだ。
「じゃ、そもそもの前提から話さないとな。・・・実はな、俺と兄貴は母親が違うんだよ」
「あ・・・だから」
似てない、とそう思ったのは事実。でも、普通の兄弟だって似てないことはあるとあの時は納得したのに、母親が違うと言われてやっぱりそうなのかって思う自分がいた。
「似てないだろ?・・・俺も兄貴も母親似でさ・・・まぁ、死んでも父親に似なくて良かったとは思ってるけど」
和幸の口から“父親”という単語が飛び出したその一瞬、刺々しい感情が和幸から溢れて、チクチクと肌を針で突くような痛みを感じる。
肉体のない“魂”だからだろうか?他人の感情を敏感に感じ取ってしまう。
「・・・和幸は、その、お父さんが嫌いなの?」
「嫌い?・・・そんなんじゃ甘い。俺はあの男を、憎んでいる」
和幸の言葉が重くその場に響いた。




