プロローグ
誤字脱字報告や、感想、歓迎いたします。
どうか温かく見守ってください
わたし、お姉ちゃんみたいな凄い剣士になりたい!
小さな、小さな幼子が、汚れたローブを深々と被った女を見上げていた。首が千切れんばかりに上を向き、女を見上げる幼子は、あどけない笑顔でそう言った。
足を止め、無言を貫く女に、幼子は表情を曇らせる。そして聞くのだ。
「どうしたの?」
と。
「貴女には、無理よ。」
優しかったはずの女の口から飛びたした、私にとって余りにも辛辣な言葉。
頭の中でその言葉が反響している。何を言っているのかわからない。
この日幼き私の夢は粉々に砕け散ってしまったのだ。
嫌な夢を見た。
少女は寝台から身を起こし、懐から銀のネックレスを取り出した。鈍く光る十字架、よく見ると剣の形をしている。
少女は細くしなやかな指で、その剣先を撫でた。
あの時に貰ったものだ。
『今の貴女が剣の道を志す事は、無謀…この一言に尽きるわ。だから、これを肌身離さず持っていなさい。』
全く意味がわからない。このネックレスを目にすると、嫌でもあの時の事が頭に浮かぶ。絶対に剣は握るな、言外にそういいたかったのだろうか。
今思えば、あの時の言葉…私に剣は無理だという指摘は、間違っていなかったのだろう。私の今の肩書きは公爵令嬢、剣など習っている暇はなかった。
礼儀のれの字も知らなかった幼き頃の私は、多くの家庭教師に厳しい叱咤を受けながら、勉学を叩き込まれる日々を送った。
そんな私も今年で15になる。去年まで通っていた魔法学校で良い成績を残すことが出来たため、将来は宮廷魔導師に…などという声も聞いた。成人を迎え、今年から仕事に就くという者も、中にはいるだろう。
だが私はあと何年かの間、勉学に従事する学徒として、学園に通う事となっている。成人を迎えた国中の貴族と、選ばれた数少ない庶民だけが通う事を許された、国立の教育機関。
我が国最高の教育設備、制度が国王陛下直々の令により、整えられている。元宮廷魔導師の最高峰と称された魔法使いを校長に据え、大勢の教師たちが生徒達の育成に励んでいるという。原則で生徒間の関係は平等と定められており、各人の生まれに関係無く、平等な教育を受けられるという。
建立の主な目的は、魔法使いの育成。しかしそれだけにとどまらず、兵士の育成や専門職の育成、最先端の研究等が行われている。
国民にとって憧れの場所、それが国立魔法学園なのだ。
「それでは、新入生入学式を開式します。」
大勢の生徒達の雑談の間を、よく通る男性教師の声が駆け抜けて行った。
僅かな間を置いて、体育館の中が静寂につつまれる。それを確認した男性教師は、入学式を予定通り進行させた。
来賓者、そして校長先生の長々とした話を聞き終え、残りは新入生代表の挨拶。
多くの生徒がダラリと気を抜き始めたその時、男は、立ち上がった。
「新入生代表、エディル君。」
「はーいい。」
ニヤニヤと不気味に笑う男の、気味の悪い存在感に、生徒だけで無く教師までもが不安を覚える。
長身と、それを際立たせる細身の身体。なによりも不気味なのは、虚空を見つめる焦点のあっていない黒の瞳。
こいつは本当に生徒なのか?不審者が紛れ込んでいると考えた方が、むしろ自然に思えた。
ゆっくり、ゆっくりと一歩一歩身体を揺らしながら足を進める、エディルという男。席から教壇までの十数歩という短い距離でありながらも、長時間が経過したかの様な感覚に囚われる。
教壇に立つと、メモを取り出す様子が伺えた。
エディルはゆっくりと息を吸い込み、丁寧な口調で話し出した。
「ふぅ。」
思わずため息が漏れた。彼は何者なのだろうという会話が、所々で聞こえてきた。ざわざわとした雰囲気が伝染していく。確かに、彼は何処か大物の風格を漂わせている。
だが話している人に失礼だ、と私は思った。 気を取り直して、教壇にて目標を述べるエディルへと視線を向け……。
彼の行動を目撃した私は絶句した。
ビリッビリッ
教壇の方から聞こえてくる場にそぐわない不可解な音に、生徒全員が、エディルへと視線を向ける。
そして、絶句した。
「君!何をやっているんだ!」
先程の音は言わずもがな、勿論紙を破く音だ。この場にいる全員がわかっている。
しかし、何故今ここでやるのか。
彼は半ばまで読んでいた新入生代表挨拶のメモを、突然破り出したのである。付近にいた教師に身体を抑えられながらも、狂気的な笑顔を顔面に貼り付け、メモを破り続ける。
「おいおい、なんなんだよあれ…。」
「気持ち悪いわ。」
粉々になったメモを教壇付近にばら撒くエディル。顔を真っ赤にした教師が、その背後に立っていた。
今度は教壇に設置されたマイクをもぎ取り、口に当てている。
何をしているの?
新入生入学式、全生徒と教師がエディルに注目ていた。
「あぁあ、うん。聞こえてる〜?」
何を言うかと思えば、この陽気な一言。しかし、その十数秒後、式場は罵声と野次に包まれることとなる。
「ボクはね、一言だけ、君たちに言いたい事があるんだ。」
そんな前置きから始まったエディルの演説。この場にいる全員が見守る中、彼はためらいも無く好き勝手に喋り出す。
「今日ここの門をくぐった時、ボクは心底驚いたよ。この学園の生徒のレベルの低さにねぇ…。」
何の話をしているのか、わからなかった。ここは国立学園、国中をさがしても、これ以上の教育機関はない。
早速、数人の生徒が反論しようと席を立ち、叫んでいる。
「お前みたいな世間知らずにこの学園の価値がわかってたまるか!」
その声に、そうだそうだと同調する大人数の生徒達が、騒ぎたした。
待ってましたとばかりにエディルが笑みを深め、発狂したように大声を発する。
「それだよそれぇぇ!身の程を弁えない雑魚の分際で、まるで自分達がエリートでもあるかの様に振る舞うその厚顔無恥なその態度ぉ!実力も無い癖に口ばかり達者な奴ばかりだよぉぅ!!雑魚!キミ達雑魚すぎるよぉーー!!」
ぷはっクフフフ、キキヒヒヒヒャハハハハ…ククククックックク…
狂った様に笑い続けるエディルを唖然として見守ることしかできない教師陣。
しかし、罵られた張本人達である生徒達、特に上級生は黙っていない。多くの生徒が声を張り上げ、エディルを罵っている。
「1年が調子に乗るな!」
「殺すぞ!」
先輩にあたる年上の生徒からの脅迫にも一切動じず、それどころか更に笑い続けるエディル。その行動の異常性に、多くの生徒は彼に恐怖を抱きはじめる。
「そんな事言われてもなぁ〜。これはね、紛れもない事実なんだよぉ!実際に僕は今年の1年で一番の成績を残した…だーかーら、この場所に立ってるんだよぉ〜?そうだよねぇ?新入生のみんなぁ。ぷぷぷ、アッハハハハ」
改めて突きつけられた事実に、一年生は押し黙る。全員が、知っているのだ。入学試験の成績最優秀者が、新入生代表として教壇にあがる…と。入学式の前に聞かされている。
正論を言われたところで、騒動はそう簡単には収まらない。
エディルに殴りかかろうとする者や、式場を出て行く者。新入生入学式は、混乱の様相を見せていた。
その様子を特等席で見ていたエディルが、何を思ったか、片手をビシッと挙げ、そして叫んだ。
「宣誓ぃ!明日にぃ、行われるぅ、新入生ぇ、親善試合でぇ、優勝しまぁーす。」
やる気のない宣言、そしてその大それた誓いに、怒る者があった。
「貴様ぁ!」
多くの生徒が、勇気あるその生徒の動向に注目する。
「そこの雑魚、だぁれ?」
「俺は勇者が子孫の家系として名高いロード家の長男!ルークだ!」
暴虐無人な態度を貫くエディルに、臆せず名乗りを上げた少年。15歳まで私も通っていた魔法学校で一緒だった。彼はその爽やかな容姿と家柄のおかげか、女子生徒に人気が高かったのだ。
私が考えている間にも、女子生徒達の歓声があがる。
「新入生親善試合は、貴様が思っている様な甘い大会とは違う!生徒同士が互いの力をぶつけ合い、そして高める。そういった真剣な試合だ!貴様の様なパッと出の人間が活躍できるほど、生易しい勝負ではない!」
一息にまくし立て、エディルが口を挟む間も無く言い切った勇者の子孫、ルーク。彼の忠告に、うんうんと頷きながら興味深い事を聞いたと意味深な表情をするエディル。
「ふーん…。そうかぁ!なるほどぉ!で?君は出るの?その真剣な試合にさぁ……。」
「勿論だ!」
子供の相手をするかの様なエディルの口上に、間を置かず返答したルーク。その答えを聞いたエディルの表情が、再度狂気に彩られる。
「じゃぁさあ、ボクがその試合で優勝したら、キミは一生ボクの下僕……てことでいいかなあ。」
「俺は貴様の様な巫山戯た男になど負けない!」
「クフフフ、そうかそうかぁ。」
いきなりとんでもない事を言い出すエディル。そして何の躊躇いも無く、賭けの条件を飲んでしまったルーク。彼に心中している女子生徒達や、実害の無い他学年の生徒は、好き勝手に盛り上がっているものの、本人にしてみれば一大事もいいところだ。尤も、本人がどう思っているかは分からないが。
用は済んだとばかりに視線をルークから逸らすエディル。今度は、上級生の方を向いている。
「何で盛り上がるのかなぁ?キミ達、悔しく無いのかい?これだから君たちは雑魚のまま!いつまで経っても雑魚のまま!」
「君!もうそこまでだ!」
更に追い打ちをかけるように暴言を吐き続けるエディルに、とうとう教師たちが動き出す。
生徒達は胸を撫で下ろし、安堵の溜息をついた。
エディルは数人がかりで羽織い締めにされ、無理やり式場の外へと連れ出されていく。
私はその様子をしっかりと、この目に焼き付ける。薬でもやっているかのような異様な目つきと眼力、歯をむき出しにして笑う凶悪そうな口元。
そして全身から湧き上がる自信が、彼の威圧感を倍増させる。
化け物が人間の皮を被ってるかの様だ。
それから少々、式場を不穏な空気が覆っていたものの、生徒会や教師の尽力により、入学式は再開された。
その後恙無く式は進み、新入生入学式に集まった生徒達は、解散した。各自に自分の教室へと向かい、明日の新入生親善試合の説明を、教師から聞くことになる。
廊下を歩いていると、先程のルーク少年を見つけた。取り巻きの女子生徒達から褒めちぎられているところを見ると、先程の言動に対する不安や心配は無いのかもしれない。私は少し注意をするために、彼に近付いた。
「ねぇ、あなた。さっきのやり取り、大丈夫?責任取れるの?」
少し、強い口調でそう言った私に、勇者の子孫ルークは自信満々で、私にこう述べた。
「安心してくれ。俺は負けない。あの狂人を打ち倒して見せよう。」
いや、その変な自信が心配なんだけど……。と、そう言おうとしたが、ルークはもう既に歩き出していた。
私はは言い知れぬ不安感を抱えて、教室へと向かう。エディルの迫力が大き過ぎた為か、正直ルークが勝てるとは思えなかった。
教室へ入ると、早速明日の日程と新入生親善試合の説明は開始された。エディルの事があったからか、皆が真剣に教師の話を聞いている。
内容はこうだ。
新入生から入学試験戦闘面の成績優秀者8名を出場選手とし、その技を競い合うのだ。一対一の試合を4回戦まで執り行う。最後に残った1名を優勝者とし、トロフィーを与える
成る程。つまり1年生から出場者するのは、エディル、ルークの他にも6名。全8名の中からトーナメント形式で優勝者を決める。
明日が楽しみだ。エディルの泣きっ面が見れるといいな。
等々と生徒達が談笑を始めた教室。話の終わった教師が教室を出て行った事を皮切りに、生徒達も帰宅の準備を始めた。
「この調子だと、慌ただしい学園生活になりそうね。」
鞄を肩に掛け、帰宅の途についた私は、一人そうごちる。
「まぁ、私には関係無いんだろうけどね…。」
あはは、と一人寂しそうに笑う。
授業は明後日からか…勉強しないとね。そう自分に言い聞かせ、早足で屋敷への道をゆく。
地平線に沈みかけた夕陽が、石造りの街並みを真っ赤に燃やしていた。
「クククククッ。ボクは必ず勝つよ。どんな代償を払ってでもね。」
炎のように揺らぐ太陽の光を背中で浴びながら、不敵な笑みを浮かべるエディル。
その手首で、茨の様な形状の指輪が、怪しげな光を放っていた。
改訂する可能性があります
ストーリーは変更しません




