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06 これからどうするんだ?

「……間に合わなかった」


 俺は床に両手をついてひざまずいた。

 どうしようもなかったのか。

 ほんの一瞬の油断が、悪い結果を生んだ。

 俺が認めさえすれば、こんなことにはならなかったのか……。


「カズキ。だから、購買のパンは品薄だって言ったろう? 急がなきゃダメだよ」


 ジュンの慰めでは腹は満たされない。

 今日は昼飯を抜くしかない……。

 

「学食でご飯を注文したらいいじゃないか?」

「俺のGPはあと550Pしかないんだぞ。学食の食事は安くて450Pだ。注文した後、間違ってお茶の一本でも買ったら退学だろうが! 俺に最後の晩餐をしろってのか……」


 昨日の女子寮侵入が祟り、俺のポイントは大幅に削られた。

 朝食と夕食は寮が保証してくれるため、問題なく取ることができる。

 だが、昼食に関しては自己責任になっている。

 GP保存のために取らないのも自由だが、授業中の居眠りや問題への不回答などをやらかした場合、ペナルティにならなくとも、本来なら一日で得られる総合ポイントは削られる。

 平日の授業ポイントは授業終了後、自動的に付加される。

 それでもポイントの残り少ない俺はとしては、今後のためにも蓄えて置かなくてはいけない。

 土曜・日曜は昼飯も保証されるため、木曜である今日を乗り越えれば、後一日の辛抱だ。

 しかし――俺の腹はすでに限界寸前。

 絶え間なく、腹の虫が泣き続けていた。

 授業終わりチャイムと同時に、猛ダッシュで購買のパンを買いに行こうとしたのだが、邪魔が入った。

 昨日の法馬とかいう風紀委員だ。

 風紀委員は、罰則規定のもとに生徒にペナルティを科すことができる。

 昨日もそうだが、俺のダッシュにかなりご立腹な様子で、俺が走ろうとすると奴のメガネが光る。

 こんな状態で食らうペナルティは、死に直結するため、俺は御行儀よく歩くしかない。

 他の生徒達が走り去る中、この一瞬のペナルティと購買のパンの価格を足した場合と、学食での食事とのどちらのほうが有益か判断できなかった俺は、どちらも得ることが出来ず、購買部入り口廊下に沈んだ。


「頼む、ジュン。俺の代わりに食券を一枚買ってくれ。そんで、何も言わずに恵んでくれ!」

 

 両手をあわせて拝み倒すようにジュンに懇願した。


「それは出来ない相談だね。だって、カズキは裏切り者じゃないか」

 

 おっと、ここに来て問題発言。

 学食までは仲良く歩いてきたのに、笑顔で一刀両断された。

 

「カサネは俺のこと見捨てないよな」


 情けをかけるのは武人の心得。

 カサネ様なら俺の気持ちを組んでくれるはず。

 腕を組み、俺に掛かるような勢いでカサネは息を漏らした。


「敵に送る塩はない」


 ああ……男の友情、ここに終焉。

 あとは、廊下の隅でいじけモードに入るしかない。

 食べるものがないため、便所飯にすらならない。

 廊下でいじけている俺に、スッとさり気なく購買のパンが差し出された。

 それも購買のオリジナルパン[チキングリルダブルブレッド]、通称スザク、350P。

 購買パン四天王のひとつだ。

 

「おおっ! どなたか存じ上げませんが、ありがとうございま、ス?」


 一ノ瀬だった。


「オハヨウゴザイマス」

「もうお昼よ」

「ナニカゴヨウデショウカ?」

「そのへんな喋り方やめてくれる?」


 立ち上がり一ノ瀬の正面に立った。

 今日は一ノ瀬ひとりだ。

 あの双子はいない。

 ジュンたちは俺たちふたりを少し離れた場所で見ている。

 っていうか、一ノ瀬が来たなら一言かけろよ、お前ら……。


「二人っきりで話したいんだけど、付いて来てくれる?」

「いや、俺は……話すことないんだけど……」

「ちゃんと付いて来てくれたら、もうひとつあげるんだけどなぁ~」

「是非、お伴します」


 一ノ瀬は満足した表情。もちろん俺も満足。

 「切り替え早っ」と後ろからヤジが飛んでるが無視だ。

 背に腹は代えられない。

 昨日のこともあるので、とりあえず話だけは聞いてみることにした。 

 ジュンとカサネについて来ないよう一ノ瀬が声をかけ、俺達はどこか空いている自習室を探した。

 たまに後ろを振り返って二人が来ていないか確認したが、本当に付いて来ていないようだ。

 くそっ、薄情な奴らめ。

 学食から離れた自習室で俺達は二人っきりで話し合うことになった。


「なんのようでしょうか、一ノ瀬さん」

「一ノ瀬さんだなんて他人行儀な言葉を使わないの。私のことは『ユキエ』でいいわ。これからは、仲の良い友達でいましょう『カズキ』くん!」


 ニコニコ笑顔。

 嫌に優しく、口調も柔らかい。

 なにこの人、昨日とは別人? それとも別人格?


「でも、俺あんたの計画には乗らないんだぞ。恋人を演じるわけでもないのに……」

「恋人だなんて、私たちは友だちよ。――それでね、友だちとして教えてほしいことがあるの」


 笑顔を崩さぬままズズッと俺に迫ってくる。

 壁際に追い込まれ、俺は完全に逃げ場を塞がれた。


「ねぇ、野々香ちゃんて、どんな子?」


 やっぱり、それか。

 壁に背中をつけたまま、俺は無言の圧力により床に座り込んだ。


「……どんな子って、普通のやつだよ。少し誤解されやすいけど……」

「普通! あの子が!」


 突然一ノ瀬は俺から離れると、全身をひるがえし、その体を大事そうに両手で抱きしめた。

 恍惚とした表情で天井を見上げている。


「最高じゃない!! あの小さな体、大きな瞳、切りそろえられた細い髪の毛! ああっ! 想像しただけでヤバイわ! あの子が普通だなんて、カズキ! あんたの目はとんだ節穴ね!」


 ビッシっと人差し指を俺に向け、一ノ瀬の表情はグニャリと歪むスライムのような下卑た笑みを浮かべている。

 ダメだこいつ、早く何とかしないと。

 

 昨日、女子寮のあの部屋で見た光景を、俺はすぐに信じることが出来なかった。

 壁際で怯えた表情の野々香に、鼻血を垂らしながら今にもルパンダイブで襲いかかろうとする学園一の美少女である一ノ瀬由紀恵。

 寮に入って聞いた悲鳴も、一ノ瀬のものだった。

 野々香を見つけた瞬間、あいつは喜びの悲鳴を上げたのだ。

 こいつは百合姫だ。

 それも重度のロリコン。

 こいつが俺たちに恋愛ゲームの必勝法を提案してきたのも、自分の性癖を隠すための作戦でしかなかった。

 恋人がいないままだと怪しまれる。カモフラージュするための生贄として俺たちは選ばれたのだ。

 

「ああっ! ヒドイわ! 耐え難いわ! 野々香ちゃんを抱きしめたい! 野々香ちゃんとキスしたい! 野々香ちゃんに✕✕✕したい!」

「ちょ、おまえ、防音だからってもう少しテンション下げろよ」

「うっさいハゲ! あんたがあんな素晴らしい子を独り占めしようとしたから悪いのよ!」


 それはお前の暴走と一切関係ないだろう。

 グルグルと自習室中を駆けまわり、テンションMAXで変態発言を繰り返す一ノ瀬。

 これを聞かれたら、確実に学園一の美少女像は崩壊する。

 

「で、どうなの、本当のところは?」

 

 グルグルと異様な回転を続けていて一ノ瀬は急にピタリと止まり、俺の胸ぐらを掴んできた。

 怖い。

 一ノ瀬に般若が舞い降りている。

 何を言っても殺されちゃう。


「ほ、本当のところとは……?」

「あんたと、野々香ちゃんは本当に恋人なわけ? 恋人とか言ったらぶっ殺すわよ!」

「ち、違います……」

「ああん!? なに言ってんの、あんた! 野々香ちゃんの方から告白したって聞いたわよ! あんたの方が野々香ちゃんをふったなんって、ふざけたこと言わないでしょうね!」


 ……どっちでもダメじゃん。

 もうこれじゃあ、考えつく限りのデマカセを言うしかない。

 

「じょ、条件があるんだ。俺が一学期までこの学校の授業について来られていて、かつ恋人がいないままなら、パートナーになってもいい。それなら、幼なじみとして恋人になるって条件……」


 俺の言い訳を聞いて、一ノ瀬は素直に身を引いた。

 表情も通常モードに戻り、さっきまで姿を消していた優美なほほ笑みを浮かべた美少女がそこに立っている。

  

「なるほど、それで恋人じゃないと……。だから、私の作戦にも乗れないと……」

「納得してくれたか?」

「ええ、よくわかったわ」


 一ノ瀬は小さく笑った。

 可愛らしい小鳥のさえずりのような響き。

 

「つまり、あなたを出し抜けば、野々香ちゃんは私のものってことよね」

「えっ、あ、えっ?」


 一ノ瀬の導き出した答えに思考が停止し、変な声が出る。

 

「いいわよ、一橋一樹! 宣言してあげる! あなたの魔の手から野々香ちゃんを救い出し、必ずやこの手に納めてみせるわ! 覚悟しなさい!」


 ぽかんとする俺をよそに、一ノ瀬は高笑いを決めていた。

 ……どうやら俺はジョーカーを引いてしまったらしい。

 一晩でほとんどのポイントをなくし、昼には友人を失い、最後に学園一の美少女が恋敵ライバルとなった。

 俺はこれからどうしたらいいんだ……?

とりあえず、一章終了。

ストック作りのため、少し間を開けますね。

また、読んでいただける方がいましたら幸いです。

続きでお会いしましょう。

ポイントを若干修正。

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