05 答えになるのか?
立花野々香。
15歳。高校1年生。
俺達と同じ、この学園の生徒だ。
特徴その1。小学生のような容姿。
なにを着ても小学生にしか見えない。
制服を着ていても、着せられている感がにじみ出る生粋のチビ。
合法ロリとも言う。
特徴その2。オーバースペックな頭。
見た目に反して、頭がいい。
人を小馬鹿にするのが得意。
良く言えば小悪魔。
特徴その3。無口。
というか喋らない。
愛用のタブレット端末を持ち歩き、会話はそれで済ます。
余計なことは喋らない。
異常に頑固。
特徴その4。俺の幼馴染。
そして、俺の恋人――ではない!
断じてない!
決してない!
絶対に認めない!
「彼女から告白してきたんでしょ?」
黙秘だ。
被疑者の権利だ。
俺は腕を組んで下を向き、口をつむぐことに決めた。
「黙ってても仕方ないぞ。ネタは上がってるんだ。白状したらどうだ?」
二人の警官が俺を取り囲む。
大柄の男が脅し役、痩せた男が慰め役か。
くっ、なんて万全な配役だ。
このままではバレるのも時間の問題か。
「野々香ちゃんは可愛いね。守って上げたくなるタイプだ。カズキが気にしてあげたくなるのも仕方ないよ。幼馴染だもんね」
「だが、俺たちに黙っていたのはどういうことだ? 俺たちには作戦に乗るなと言っておきながら、自分だけ保険を掛けていたということか? お前には何か詫びをする義務があるんじゃないのか?」
お、おのれ……愉しみやがって。
言い訳から口を滑らせようという魂胆か。
そうはいかない。
談話室だって、いつまでも占拠できる場所じゃない。
いずれ、時間が来れば解散しなくてはいけない。
上等じゃねぇか。根競べだ。
「一ノ瀬さんも気にしてたよ。カズキがなんで作戦に乗らないのかって。――だから直接は言わなかったけど、ヒントを上げたよ。カズキには、気にしてる子がいるって」
このヤロウ……揺さぶりか。
俺が一ノ瀬にビビっているのを感じ取って、のせてきやがったな。
あの鬼の形相を知らないから、そんなことを言えるんだ。
あの女、なにをしでかすかわからんぞ。
「一ノ瀬さん、探すつもりみたいだよ。この時間ならだいぶ女子寮に集まってる。邪魔されず時間もたっぷりあるから見つかっちゃうかもね」
「どうするんだカズキ。今ならまだ間に合うぞ。謝罪して、作戦に乗ると言えば、止めてやれなくもないが?」
そんな脅しに屈するかよ。
俺が告白を受けたのは入学式前だ。
一般の生徒が知るはずない。
……あれ?
……じゃあ、なんでジュンの奴がノノカのこと知ってるんだ?
顔を上げてジュンの顔を覗きこむと、意味ありげに微笑んできた。
こいつ……なにもんだ?
ピピピッ、と不意にメールの着信音が響いた。
カサネの生徒手帳にメールが送られて来たのだ。
カサネはメールを開くと片眉をつり上げた。
「誰から?」
「沙耶からだ。さっきメールアドレスを交換しておいた」
カサネ。お前、何気に積極的だな。
「カズキ、状況が変わった。一ノ瀬は、お前の恋人を特定したぞ」
カサネは太い腕を伸ばし、俺の鼻先にメール画面を突きつけた。
[沙耶です。緊急事態! 由紀恵が一橋くんの恋人候補を見つけたみたい。立花野々香って子。止めた方がいい?]
「カズキ。それでお前はどう――!」
カサネが言い終わる前に俺は行動を起こしていた。
立ち上がり、走る。
不意をついた形になったので、二人に阻まれずにすんだ。
だが――
「うわっ!」と俺の目の前で悲鳴があがった。
談話室の入り口で、別の生徒にぶつかりかけたのだ。
「危ないぞ! って、また君か……」
眼鏡の男が腕を組んで、俺にため息を付いた。
俺にも見覚えがあった。
一ノ瀬から逃げだした時も、俺の前に立ちはだかったやつ。
すんでの所で避けるのに成功している。
「えっと……」
「法馬だよ。クラスの風紀委員。それより、君はなにをしてるんだ。さっきもぶつかりかけたよな。校内を走ることぐらいわかりやすい校則違反はないだろう。いったい君は――」
「悪いな、委員長。理由は後ろのふたりが話す!」
追いかけてきたふたりに法馬を押し付け、俺は談話室から抜け出した。
俺は、靴を履き替えないまま男子寮から飛び出し、ひたすらに走った。
男子寮は、坂の上にあるため校舎へ向かうと自然に加速される。
分岐点となる教育棟へと続く大通りを通過し、多目的公園としても使われる中庭を横切ると、女子寮へと続く並木道を曲がった。
坂道でスピードの乗った俺は、奇異の目を向ける女生徒たちの間を抜け、女子寮の入り口へと突入する。
エントランスへと続く自動ドアを抜け、そのまま中へと一歩踏み出したところで、ふわりと自然に体が浮いた。
足が地につかず、天井が見え、俺は背中から落下する。
「がはっ!?」
衝撃で、肺から空気が漏れた。
状況が理解できず硬直していると、俺の目にミニスカートから伸びる黒いストッキングが写り込んだ。
目線を上へと伸ばすと赤毛の女性がむすりとした表情で、俺を見下していた。
「堂々と正面から入ってくるだなんて、いい度胸じゃない」
腕を持って引き上げられ、俺はまっすぐに立たされた。
俺の襟首を掴み、女は顔を近づけくる。
結構いい女だ。
おそらく30代に満たないが、オトナの魅力を感じさせる。
あまり化粧をしてないのが、逆にそれが品を上げていた。
赤いスーツを着こなし、細い眉をつり上げ、完全な戦闘態勢で俺を睨み付けている。
「一橋一樹だったかしら。奇策試験の子よね。印象にあるわ」
「……お、俺のこと知ってくれてるんだなんて光栄です」
「理事長ですからね、私は。ここの寮長でもあるの、知ってたかしら?」
「いえ、全然」
理事長であることも初耳です。
正直、お名前もわかりません……。
「何しに来たの? これ以上進むとペナルティを受けるわよ」
襟を強く締め付け、有無を言わさず俺を入り口へと押していく。
俺は、首を守るのに必死で抵抗できずにジリジリと後退させられていった。
このままでは、追い出される……!
俺の焦りが、頂点に迫るころ事態は急変した。
「きゃぁぁああああ!!」
寮内のどこからか、切り裂くような悲鳴が上がる。
不意のことで、理事長の締め付けが緩んだ。
今なら!
手を払い、駆け出そうとする。がしかし、相手の動きのほうが早かった。
腕を捕まれ、体を払われ、床に尻餅をついた。
「今の悲鳴は何!? あなた、なにか知ってるの!?」
それを確かめに行くんだよ!
くそっ、こうなったら。
腕を捕まれた状態で俺は、相手の方に向き直り、床にめいいっぱい頭を叩きつけた。
ゴスッと鈍い音がエントランスに響く。
「お願いします! 立花野々香のところに行かせて下さい!」
「立花野々香って――あなたの、幼馴染だったかしら……」
「あいつの部屋は何号室ですか!? 教えてください! 早くしないと間に合わなくなる!」
できる限りの力を目に込めて理事長を睨みつけた。
理事長に一瞬だけ恐怖の色が載る。
手の力が緩み、俺は開放された。
「……209号室よ。でも、間に合わなくなるってなにが――」
「感謝します!」
瞬時に立ち上がると俺は頭を短くさげ、寮内へと走った。
理事長の止めようとする声が聞こえたが、俺は階段を見つけ二階に上がっていた。
クリーム色の壁紙が貼られた女子寮は、木造の男子寮より格段にきれいだった。
2階に上がった時点で、一ノ瀬と一緒にいた双子の姿が廊下の端に見えた。
209号室は角部屋だった。
突っ込むように双子の間に割って入り、開け放たれていた209号室の中をのぞき込んむ。
「――ッ!?」
中に入った瞬間。
俺は、信じられないものを目にすることになった……。