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47 ちょっと教えてくれないか?

 血走った目で、法馬が生徒手帳を睨んでいる。

 そばに座る俺とカサネのことを無視し、せわしなくとタッチパネルを操作し続けている。

 鬼気迫る表情を真横で見せつけられ、なんとも声をかけづらい感じだ。

 この空気から逃れるため、俺はのびをするふりをして辺りを見回した。

 夕食を終えた男子寮の談話室では、相変わらず俺を爆心地としたドーナッツ現象が形成されている。

 しかし、心なしかその形状に若干のゆがみを生じ始めていた。

 法馬の演説の効果か、はたまた俺の地道な努力がやっと実を結んだのか。どちらにせよ、いい兆しだ。

 えっ、おまえなんかやったっけ?

 何を言う。

 昇降口で他の生徒が足止めを食らわせないように遠回りして帰ったり、昼休みの時間も邪魔にならないよう、人気のない場所に身を隠していたではないか。

 結果的にそうなったって部分もなくはないが、偶然もまた実力のうち。

 幸運の女神は常に俺に微笑んでいるのだ。


『――なぁ、どうだったよ?』

『――それが、おっかしいんだよ。この前セーフだったのが、今回ペナルティになってんだぜ。わけわかんねぇよ』

『――マジかよ!? 今度の日曜デートの予定なんだぜ。どこまでがセーフかハッキリしねぇと困んだけど』

『――んなの、俺が知りてぇよ』


 少し離れたところにいる別のクラス男子生徒がヒソヒソと密談をしている。

 イケメンな彼らは、どうやらすでに彼女がいるようだ。

 なるほど、彼女持ちのリア充が、ホモ疑惑の俺なんかどうでもいいと思い始めたという部分もあるのか。

 リア充、死すべし!


「法馬、さっきから何をしているんだ?」


 必死な姿の法馬に度胸あるカサネが、ついに尋ねた。

 俺もとても気になっていた。きっとカサネなら聞いてくれると思っていたよ。

 だから、俺はあえて聞かなかった。

 ビビってたわけじゃないよ。決してないからね。

 尋ねたのはカサネなのに、顔を上げた法馬はばっちりと俺に目線を合わせてきた。


「何ポイントあれば、カズキこいつを合法的に抹殺できるのか、調べていたんだよ」

「……おい」

「50513000ポイントだそうだ。先は長いな~」

「ちょっと待て! というか、できちゃうのかよ!?」

「当たり前だ! 君という存在は、万死に値する! なんで君ばっかり、そんなにユキエさんと接点が持てるんだ! 僕は決めたぞ。この学園の力をつかって必ずや君を抹殺してみせる。そのために、僕は絶対に退学にはならない。なってたまるか!?」

「なんとまぁ素晴らしい人生目標で……」


 座っていた椅子の上に片足をのせ、熱弁をふるうのごとく俺への殺害予告を叫ぶ法馬。

 今までと違う意味で周りが引くのを肌で感じる。

 正面で見せられた俺は、肩を落としてげんなりした。


 カサネを通し法馬を呼び出したまではよかった。

 談話室で俺を見るなり露骨にした嫌そうな顔は、いつものことだし、この際許そう。

 法馬の豊富な知識が必要なのだと持ち上げて、調子づかせるところまでは計画通りだった。

 しかし、その流れで、校長から課せられたパートナーゲームの詳細を話したのがマズかった。

 前後の関係など無視して、先に本題に切り込むべきだった。

 偽装でも、校長の命令であろうとも、ユキエと俺の関係が深まることは、法馬には絶対許せない出来事だったようだ。

 急に血走った目で生徒手帳を調べ始めたと思ったら、まさか俺を合法的に葬り去る方法を探っていようとは……。

 執念深いなぁ~。まあ、それでもやっぱり、ここのルールには従うんだね。

 法馬くん、まっじめー。


「おまえたちふたりは、ずいぶんと仲が良くなったんだな」


 カサネは、そんな俺らのやりとりを見てぼそりと呟いた。

 

「何を言うんだ、カサネくん!」

「そうだぜ、カサネ。いまさら仲が良くなっただなんて――俺らはとっくに浮き名を流したア・イ・ダ・ガ・ラ。これ以上仲良くなったら放送禁止になっちまうよ」

「貴様! なんでそうやって火に油を注ぐようなことばっかり言うんだ!」

「い、いひゃいよ、法馬くん……」


 法馬は怒りにまかせ俺のほほを引きちぎる勢いで引っ張る。

 少し場を和ませようとしたジョークじゃないか。まったく法馬は理解力がないなぁ。

 法馬の手から逃れ、俺は赤くなったほほをさすった。

 

「まあその、話は戻すけどさ。校長の命令で、偽装パートナーをユキエとやらなきゃいかんのよ。だけどその前にちょっとノノカとお話をしたいんだけど。風紀員の使用している会議室の場所教えてくんない?」

「バカなのか君は!? これだけ人を馬鹿にしておいて、教えると思うのか。ふざけるのもいい加減にしろ!」


 怒りが収まらない様子で法馬は、クイッとメガネを直した。

 今日の法馬くんはやたらとイライラしているようだ。

 

 ユキエと組まされて行うはめになったパートナーゲーム。

 この関係が、学園が勝手に決めた偽装パートナーであると、ノノカに伝えなくてはいけなかった。

 早めに手を打ちたいのだけど、あいつはいつの間にか俺からのメールを拒否するようになっていた。

 直接会ってじゃないと話を聞かない、という意味らしい。

 俺からのメールを拒否する前にそのような内容のメールが送られてきていた。

 常に姿を消しているくせに、なんて面倒なヤツだ。

 今の俺はノノカからの接触がない限り、こちらから事情を説明することができない状況だった。

 しかし、それでは困るのだ。

 ノノカなら勝手に事情を察してくれるだろう、などという淡い期待をすることはできない。

 こちらから何かアプローチを掛けない限り、ノノカはこの事を利用し俺の負けでゲームを終わりにするだろう。

 学校側の勝手な事情で、俺とノノカが行ってるゲームが破綻になっては困る。  

 接触する方法。

 それに賭けられそうなのは、俺の人脈ではノノカと同じクラスのサヤか、同じ委員会に所属していた法馬ぐらいしか思いつかなかった。

 サヤは、過去に『クラスでノノカを見なくなった』と言っていた。あれは嘘ではないだろう。

 寮には戻ってきているとのことだが、女子寮にまた特攻かけるのは難しい。

 女子寮の入り口で待ち構えるのも危険だ。

 他の女子たちからどんな扱いをされるかわからんし、なにより女子寮の寮長はあの理事長なのだ。

 あの一件の後で、また「ノノカに会わせてくれ!」といって通るとは到底思えない。

 ジュンが姿をくらましているという状況もあるし、その姉が俺に対してどんな態度を取ってくるか、まったく想像がつかない部分もある。

 そうなると頼らざる終えないのが、法馬だ。

 すでに風紀員ではないが、風紀委員会の定期的な集会で使用している会議室か何かがあるはずだ。

 ノノカも風紀委員会である以上、そこに出席しなくてはいけないだろう。

 風紀委員会の監督役が理事長であっても、女子寮前で会うよりはずっとましだ。

 それこそ、ノノカが部屋から出てきたところを、無理矢理にでも連れ出せばいい。

 事情説明など数秒で済む。


「俺とユキエの関係は偽装パートナーだ。俺たちのゲームはまだ終わっちゃいねぇ!」


 たった一言。それだけ伝えられればいいのだ。

 それなのに俺の前のハードルはやたら高かった。

 ん? 俺が自らハードルを高くしてんのか。いやいや、そんなことはないよ。きっとない。

 法馬だって話せばきっとわかってくれるよ。

 メガネの奥でぎらぎらとした目で俺を睨んでいるけど、きっとわかってくれる。


「風紀委員時代の仲間に君が探っていることを伝えて、開催場所を変えさせることにしよう。そうなれば、君には絶対にわからなくなる。どうだ!」


 腕を組んだ法馬がどや顔で俺を見下している。

 うん。どうもダメっぽい。

 ……やべぇ。

 女子寮付近に潜伏しなきゃいけないのは勘弁してほしいんだけどなぁ。

 なにかノノカに伝える方法はないだろうか……。

 俺は頭を掻きむしって悩んだ。掻きむしりすぎて毛が頭頂部だけ残り、モヒカンになるのではないかと思うくらい悩んだ。

 そんな俺の頭皮にやたら深いため息が降り注いだ。


「奇策試験特権所有者なのに、ずいぶん無駄なことを気にしてるんだな、君は」

「なんだ、その奇策試験特権ってのは?」

「はぁ? 君まさか、特権の有効範囲を知らないで今までやって来ているのか」

「えっ、どういうこと。俺ってまさか、スゴいことできる人。ちょっと教えてよ法馬く~ん」

「だから、君なんかに教えるはずないだろ。自分で調べろ!」

「そう言わずさぁ~」

「顔を近づけるな!」


 俺がぐいぐいと顔を近づけると、それを法馬は両手で押し返した。


「だからそんなことは君で――」


 瞬き程度の時間だった。思案するように固まった法馬の口が、少しだけ引きつったように見えた。


「いや、いいことを思いついたよ」

「はい?」

「君は立花くんに自分の立場は、偽装パートナーであることを伝えたいんだろ。だったら、そのことを公開すればいい。公開演説権を使い、そのことを大々的にアピールすれば、きっと立花くんの耳にも入るだろう」

「いや、まあ、そうだろうけど」

「コウエンケンの効果は絶大だよ。それは僕が保証しよう」


 まあ、確かに。

 あんな新興宗教じみた状況を作るぐらい、アピール力があることはわかってはいる。

 でも、俺があんな状況に立たされなきゃいけないと思うとなんか嫌だなぁ……。

 俺が半目で嫌がるそぶりを見せても、法馬は淡々と語り続ける。


「君は【自分はゲームとして偽装パートナーを組んでいること】、【ゲームのルールとして他のパートナーは作れないこと】、それらをアピールするといい。それを知れば、立花くんも納得してくれるだろう」

「いや、そうかもしれんけど。そんなことしていいのか?」

「じゃあ逆に聞くが、偽装パートナーであることを公表することは禁止されているのか?」

「いや、校長は、そんなこといっていなかったなぁ」

「だったら、問題ないじゃないか。もし周りの目を気にするのなら【ユキエさんと偽装パートナーである】ということは隠しておいた方がいいだろうな。僕を含めてユキエさんのファンは多い。たくさんの敵に囲まれたくなかったら、気にしておくべきだと思うよ」


 おまえの鬼気迫る様子を見ていますので、そのことについては十分理解しております。


「だけどよぉ、俺には、それをやるための資金がない。どうしようもできねぇよ」

「安心したまえ。そのコウエンケンは、いまここにある」


 そう言って、法馬は懐から赤い色をしたICカードを取り出した。

 デカデカと公開演説権と書かれたそれは、学園ポイントによって交付される許可申請カードだった。

 ヒラヒラとそれを上下に動かす法馬は、メガネを光らせ不敵な笑みを浮かべた。


「言い出したのは、僕だしね。これを君あげよう」

「マジか!」

「その代わり――」


 俺が手をのばすと、法馬は身を引くようにさっとカードをひるがえした。


「渡すには条件がある。僕が今から言うことを公開演説をする際加えてほしい。それさえ約束してくれれば渡そう。どうだ一橋一樹、この取引のるかい?」


 怪しい。見事なまでに怪しい。

 法馬がなにか仕込むつもりなのが、ありありとわかる。

 だが、このチャンスを逃すのも惜しい気。

 できることなら女子寮に近づきたくないし、早いうちにノノカに伝えられるというメリットもある。

 法馬が何を言い出そうとも、それを忘れたことにしてしまえばいい。

 俺はその時、そう安易に考えて法馬の取引にのった。

 この公開演説によって多くの生徒たちから追われる身になるとは、そのとき一切考えてもいなかった。

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