04 理由はなんだ?
「よくも裏切りやがったな……」
一ノ瀬由紀恵から逃げ切り、俺は男子寮に籠った。
女子は男子寮に入れない。女子寮に男子が入れないのと同じだ。
入ろうとすれば、生徒手帳が読み込まれ、ペナルティが付く。
個人情報を搭載し、生活の基盤となる高機能スマートフォンである生徒手帳。安易に手放すことができない生徒たちにとって、それは犬の首輪に等しい存在だった。
ジュンとカサネの下校を待ち、俺は談話室に呼び付けた。
テニスコート2つ分くらいのこの部屋には、壁際に3人掛けの白いソファーが、部屋の所々に丸いテーブルとイスが設置されている。この部屋は、俺たち男子生徒たちにとって、気の置けない話をするのにふわさしい憩いの場所であった。
「――違うよ。僕らにはちゃんと理由がある。カズキみたいに理由も告げずにいきなり部屋から逃げ出すようなことはしない」
ふたりは悪びれる様子もなく、丸テーブルを囲んで俺と向かい合い座っていた。
「お、俺は、パスだって言ったぞ……」
「走りながらね」
「むぐぐっ」
あの場で答えられなかった俺は、最終手段をとった。
敵前逃亡である。
逃げるが勝ちという言葉もある。
俺は間違ったことはしていない。
誤算だったのは、あの女が追いかけてきたことだ。
俺だって人並みの脚力はあるつもりではあったが、あの女は容姿だけでなく運動神経も良いのか、恐ろしいスピードで追いかけてきがった。
寮に入ったところでやっと逃げ切った俺だったが、あの女はかなり長い間寮の前で仁王立ちしていた。
追いついたジュンとカサネ、それとあの双子と何やら話した後、やっと退散した。
その間、俺は生きた心地がしなかった。
「どうして逃げ出したの? 悪い話じゃないはずだよ」
「お前らに言う筋合いはない――というか、聞きたいのはこっちだ! なんで、裏切った!? ああいう話は、断るって約束だろ!」
「聞きたい?」
「当然だ」
俺は腕を組んでどっしりと座った。
理由次第では暴力もじさない考えだ。
あ、でも校内での暴力はペナルティの対象だった。
しょうがない、デコピンで許してやる。
「前にも言ったけど、僕は情報不足の相手とは手を組むつもりはないよ。カズキとカサネの場合は、事前情報もあったし、ふたりともそれなりに有名だったからね。一緒にいても損はないと思った。だから、手を組んでる」
「んな、前口上はいい。理由を教えろ」
「だから、それが理由だよ」
「は?」
「一ノ瀬さんは初めっから有名人じゃないか。彼女の情報を見落とすほど僕は馬鹿じゃない。性格や考え方も知ってる。しっかりとした裏付けもあるし、彼女からの提案であるなら、乗ってもいいと思ったんだよ」
「し、しかし、あの双子はどうなんだ。あのふたりも一緒なんだぞ。あのふたりの情報はないじゃないか」
俺が反論するとジュンが珍しく目を見開いて驚いていた。
なんだ、変なこと言ったか?
「カズキ! あのふたりを知らないいのかい!?」
「し、知らない……」
「売り出し中の双子のネットアイドル、摩耶と沙耶じゃなか。まさか気づかないだなんて……」
ドチラサマデスカ?
ジュンのやつが頭を抱えている。
ちょっと待て。
俺が知らないのが変なのか? お前の情報網がおかしいんじゃないのか?
「なるほど、あのふたりはアイドルなのか。どおりで可愛いわけだ」
俺たちが混乱している横で、カサネはボソリとつぶやく。
カサネも知らないじゃないか。やっぱり、ジュンの情報網がおかしいんだ。
「カサネが知らないのは仕方ないかもね。カサネにはあまり縁の無さそうな世界だし。しかし、カズキが知らないだなんて……僕は君に期待し過ぎていたのかもしれないな……」
ヒイキだ。
というか、俺は何を期待されていたんだ。
そんな憐れむような目で俺を見るな。
なんか俺のほうが悪い事したみたいじゃないか。
「カ、カサネの理由を教えてくれ。な、なんで裏切った?」
とりあえず今は話題を変えなくては。
裏切られたのはこっちだ。
被害者はこっちなんだぞ。
なんで俺が悪者にならなくてはいけない。
「沙耶が気に入った」
「……はい?」
相変わらずこの男は、一言しか言わねぇ。
表情もほとんど変わんねぇし、何考えているか、さっぱりわからん。
「僕が説明するよ。カサネは、沙耶ちゃんに一目惚れしたんだって。だから、この作戦に乗るそうだよ」
「おーい、ちょっと待て。偽装パートナーだぞ。本当に好きになってどうするんだ!」
「仕方ないよ。カサネはそういう人なんだって。これも前に言ったけど、カサネみたいな人は一瞬で決定しちゃうんだよ」
なに納得してんだよ。
作戦的にこいつが一番まずいだろう。
俺はカサネの前に乗り出した。
「作戦違反じゃないのか、それ」
「一ノ瀬には、『作戦に乗れるかどうかはわからんが、参加してもいい』と言ってある。つまり、作戦に乗るとは言ってない」
「……わかりにくいんだよ、お前」
「――それにだ」と、カサネが俺を睨みつけてくる。
「カズキ、お前が言ったんだ。フラれ続けて退学しかねないと。だったら、オレはこのチャンスを逃したくはなかった。それだけだ」
なにそれ。
俺が背中を押したってこと。
ジュンのやつも、なに壮大にため息ついてるわけ。
被害者は俺だよ。
俺だけ孤立しているよ。
「それで、カズキはどうしてこの作戦に乗れないんだい? やっぱり噂の彼女は存在するってことかな?」
あらヤダ、なにこの子、怖い。
人が秘密にしていることをあっさり暴露しやがる。
俺が詰問するはずだったのに、立場はいつの間にか逆転していた。