03 必勝法なんてあるか?
みんなポカンとしてやがる。
いや、さすがに前回の演説は長すぎたか……。
ごほんっ、とひとつ咳払いをして俺は席についた。
恥ずかしい。
「……一橋くんだったわね。わかりやすく説明してくれてありがとう」
おお、ちゃんと礼が言えるのか。
俺はこの女を誤解していたかもしれない。
お高く止まったいけ好かないやつだと思っていたが、顔もいいし悪くないかもしれない。
「確かに、一橋くんの言うように、恋愛ゲームにはどのような交際が正しいか示されていないわ。でも、このまま本当にパートナーを作らずにいれば、退学の危険性が高いのは必須よ。何かしら対策を取らなくてはいけないとは、皆さん思っているでしょ?」
「まあな。普通に告白してフラれまくってでもしたら、メンタルの方で退学になりかねない」
「それもまああるわね。――そこで、私達から提案があるの」
勝ち誇ったような笑みで、一ノ瀬は俺たち三人を見ていた。
なんだか微妙に、嫌な予感しかしない。
「【偽装パートナー】を作るってのは、どうかしら? 本当の恋愛対象としてではなく、学園内でのみ成立する相互関係っていうのを作るの。始めっから互いに恋愛は感情がないから、間違った交際なんてするはずないわ。それに、お互いの足かせであるパートナー作業も効率良く行えると思うの」
「もし、途中で好きな子ができたらどうするんだ?」
「そんなのダメよ。互いのためにならない。告白してパートナーになろうだなんてもってのほか。このゲームの敵は誰だと思ってるの? 学園側よ。彼らの思惑に乗らない超純粋なパートナー関係を持つことで、彼らからGPを奪い取り、私たちの自由な学園生活を維持する。そこが重要なの」
あの先輩も学園側に一言ある様子だったが、この女もその類らしい。
学園側に一泡吹かせてやれれば、自分の感情なんてどうでもいい――そう思っているタイプなのだろう。
俺も賛同しないわけではない。
実際、学園側に言ってやりたいこともある。
この作戦も、初期の頃からパートナーを得ることが出来るので色々と有利な部分があることはわかる。
だが、この作戦には乗れない。
実は俺達もこの作戦は考えていた。
適当なパートナーを選び、偽装恋愛をしてペナルティ回避を優先しようという方法だ。
だが、この方法にはいつくかの問題点がある。
まず思いつくのが自身の感情だ。
本当に好きな子ができた場合、その子を無視できるかということ。
それでなくともこの学園は恋愛を推進しているだけに、男女間での意識がすごい。
告白する相手、または告白した相手を本当にそのまま無視できるのか。
それについては、この偽装パートナーにも言える。
心理学的に証明されていることとして、常に一緒にいる人間に対して親近感を覚えるのは当然のことだ。
はじめは嘘のパートナーだった者が、やがて本当の好きになってしまい、当初の目的である超純粋な関係を保ち続けることができるのか。
俺達の年齢を考えると、素直にYESとは答えにくいだろう。
次に思い当たるのが相手の感情。
自分の感情を考えただけでもいくつか思い当たるのに、全く情報のない適当なパートナーが本当に自分たちと同じ感情でいてくれるのかということ。
もし裏切りに合い、選んだパートナーが別の人とくっついてしまった場合、自分だけが取り残される。
誓約書でも書かせて、絶対に離れないようにするというのも考えたが、それが学園側のいう純粋な交際関係といえるのか。
互いにそれを持ち、裏切られた側がそのことを傘にパートナーに詰め寄った場合、裏切ったパートナーがその誓約書を学校側に見せて「こんな無理矢理な方法で、私を引きとめようとするんです」なんて泣かれた日には、お互いどんなペナルティを食らうかわかったもんじゃない。
相手には新しいパートナーがいるから、その後のイベントで補填できても、こちらはいないのだ。
完全に裏切った方が得じゃないか。
ジュンが、相手の情報が揃っていないと付き合うことが出来ない、と言うのもこの考えに起源している。
三つ目は、今後開催されるゲームの内容だ。
実は、俺達もわかっていない。
パートナーとの共同作業があるというふれ込みだが、それがどういったイベントなのか情報が足りない。
互いに恋愛感情がなく、ゲームのパートナーと割り切っていても、所詮は高校生だ。
プロの役者のように感情を抑えて本当に演技を続けることができるのだろうか。
学園側からゲームとしてキスを強要され場合、恐らくはしかめっ面をせずにはいられないだろう。
表面上は互いに恋している関係なのに、よそよそしく、嫌々ながら、それどころか逃げ出されでもしたら学園側にどう釈明するというのだろう。
俺たち三人は、そういった事情を事前に話し合った結果、そのような誘いがあったとしても断ることにしている。
一ノ瀬が恋愛ゲームの必勝法などと言った時点で薄々は感じていた。
偽装パートナーといった時点でやっぱりな、という思いしかなく、俺たち三人はすでに心を決めていたのだった。
「それで、どうかしら。私達と手を組まない?」
「面白い作戦ですね。ボクはいいと思いますよ」
そう、俺達は手を組まな――いんじゃないのかよ!
俺は首だけで隣に座るジュンに向き直った。
いつもの朗らかな顔で、ジュンは頷いてみせる。
えっ、なに、どういうこと?
「その作戦に乗れるかどうかはわからんが、参加してもいい」
腕を組んだカサネがじっと正面を見つめながら、重々しく答える。
俺の首が180度自動旋回する。
ブルータス、お前もか!
「ふたりともありがとう! それで、あとは一橋くんだけだけど、OKでいいよね?」
ちょ、ちょっと待て……。
話が違う。
自信満々の微笑みが、俺に迫ってくる気がする。
このままでは、俺だけマズイ事になる。
俺は、絶対にOKするわけにはいかないのに……。