25 裏があるんじゃないか?
特別それと言って特徴のない、普通の教室の前だった。
入り口に立つ、スーツ姿の学生。やたら目立つ、うさぎのかぶり物をしている。
俺はジュンに目配せをし、「なあ」と声をかける。ジュンのやつは、唇に一本指を立てて微笑んだ。
それが『静かに』なのか、『内緒』の意味なのか、それともそのどちらの意味も含まれているものなのか、分からなかった。
俺は黙って扉を開ける。その中には、誰もいなかった。
いくつもある木製の机の、ちょうど真ん中辺りにポツンと、白いタブレット端末が置かれていた。
俺とジュンが教室に入る。音もなく扉は閉じられた。
側に立っていたはずのうさぎの気配は、水で薄めたかのように淡くなり、完全に消えていた。
俺は教室に響き渡る自分の足を音を聞きながら、確実にタブレットの置かれた机の前に歩み寄る。
タブレットの画面は真っ暗で、飼い主から離され、怯えて沈黙する飼い犬のようだった。
「開けないの? 鍵は掛かっていなかったらしいよ」
俺は返事をせず、タブレットを持ち上げた。鏡のような黒い画面は、俺の顔を反射していた。
画面端にある電源ボタンを探り当て、スイッチを押した。
パッと、画面全体が発光し、今まで不機嫌な俺の顔を映し出していた場所に、驚き仰け反る人の顔が映し出された。
その顔は、前にノノカに呼び出された際に撮影された『俺』の顔だった。
「へぇ~。やっぱり君たちは、愛し合ってるんだね」
「違う。これは、そんなんじゃない……」
言葉に感情が乗らないよう、無機質に俺は答えた。
ロック画面を解除する。いくつもの標準アプリケーションが表示された。
プリインストールされた標準的なアプリケーションの他に、文章読み上げ用の音声ソフトや、位置特定用の地図ソフト、そして、いつも使用している文字表示ソフトが並んでいる。
ノノカにとって、必須なこの文字表示ソフトには、文章記録機能が備わっている。
過去に表示した文章を、自動的に保存する機能だ。
手書き入力した文字も自動照合され、デジタル文書として保存される。
画面をタッチして起動すると、俺は慣れた手つきで履歴を呼び出した。
一言二言の挨拶から、主義主張を含む長文に至るまで、メモ化された文章がズラリと並ぶ。
俺は文章を読まず、指で弾くように画面をスライドさせた。
流れる文字列に、一切の感動も持たずにに見ていたつもりであった。だが、ピタリと俺の指が無意識に画面を停止させていた。
[一橋一樹に警告。立花野々香から告白を受けておりながら、一ノ瀬由紀恵に付きまとい、その態度をいつまでもはっきりとさせない。その不健全な行動に、風紀委員会より不成立三角関係の実行ペナルティを科す]
自分の唾を飲み下す音が、ハッキリと自分の耳に届いた。
「カズキの悪いうわさの出処は、やっぱりノノカちゃんだったんだね」
この時ばかりは、ジュンの無駄口に本気でイラッときてしまった。
下唇を噛み、俺はタブレットを強く握りしめて震えた。
深く息を吐き、自分の怒りが収まるのを待った。
頭の奥に若干痛みを感じながらも、目を閉じ息を整える。ゆっくりと目を開けた頃には、意識は落ち着きを取り戻していた。
画面をスライドさせ、前後の文章を読み進めた。
ノノカが突然そんなことをした理由を知りたいと思っていた。
だが、俺が意図した文言は見つからず、そこには別の生徒へ呼びける脅しとも思える文章が連なっていた。
[武井勇義さん。あなたは、パートナーがいながら他の女生徒と楽しげに話をしていましたね。これは、不純行為です。よって、風紀委員会よりあなたに実行ペナルティを科させていただきます]
[不当? 違いますね。これは、あなたが不純だからいけないのです。パートナーに対して、純粋だというのなら、証明して見せて下さい]
[どうやって証明しろ、ですか。そうですね。でしたら、パートナーのためなら退学できるというところを、見せて頂きましょうか]
手が停まっていた。
俺には、ノノカの行動の意図がわからなかった。
純粋だと証明するための、退学だと。
何を言ってるんだ。
この学園で生き残ることが、【純粋であるという証明】なのに、それを示すための退学だなんて矛盾してる。
ノノカは、いったい何を企んでいるんだ。
俺は目を大きく見開いて、硬直していた。
側に立つジュンが、わざとらしく非常に大きな動作で頷くのが見えた。
「なるほど、これがノノカちゃんの不当行為の証拠なんだね」
「いや、これは、おかしい。ノノカの企みが理解できない。純粋であることを証明させるために退学させるっていうのは、どういうことなんだ」
「それは、僕にもわからない。けど、彼女が風紀員として、あるまじき行動を取っているのは間違いないよね。風紀委員会は、風紀を正すために行動するのであって、退学者を増産するためにあるんじゃない。ノノカちゃんが、学園の生徒に退学を迫るのは、間違ってるよ。抑制するはずの機能が、放出させたんじゃ、学園に誰も残らなくなっちゃう」
「そりゃあ、そうかもしれない。だけどな、それを言ったら法馬の野郎だっておかしいぞ。アイツだって、俺が退学になるかもしれないレベルのペナルティを簡単に加えやがった。それにだ、お前の姉貴だってそうだろ。見せしめにしても、俺へのペナルティが半端じゃなかった。これは、風紀委員会全体がおかしいと思うのが普通だろ!」
「それも、そうかもね。姉さんが管理しているような組織だから。何をやらかしているか、わかったもんじゃない。だからこそ、チャンスじゃないか」
「……どういう意味だ?」
「ノノカちゃんのこの不当な行為を学園側に報告して、風紀委員会全体を攻撃してやればいい。そうすれば、カズキに科せられていたペナルティを回収することが出来るかもしれないよ。まあ、カズキにとっては大事なノノカちゃんを傷つけることになるから、不本意なのかもしれないけどさ。でも、そんなこと言っていたら、本当にカズキも退学になっちゃうよ」
相変わらず、良く回る饒舌な口ぶりで、ジュンは俺をまくし立てた。
ジュンの意見は――最もだ。
実際、このペナティを抱えたままでは、いつまでも俺はポイントを維持し続けることは出来ないだろう。学校から不成立ペナルティを喰らえば、退学になる可能性はほぼ確実だ。
もし、仮に誰か他の女生徒と恋人関係になれたとする。不成立ペナルティぐらいは回避できるのかもしれない。
だが、それではノノカとの勝負に完全に負けたこととなる。ノノカの言葉を取り戻すことは出来ないだろう。
これでは、俺の目的に完全に反する。
俺は、この学園で、絶対にノノカの声を取り戻してみせる。絶対にだ。
それに、気になる点もある。
この勝負は、ノノカから持ちかけてきたものだ。なのに、期間前に退学になりかねないようなペナルティを科してきている。
なにか、裏がある。そう思えてならない。
俺は、ジュンの言葉に回答せず、黙々とタブレットをいじった。
ジュンは俺の様子を見ながら「懲りないね」と、肩をすくめた。
俺は黙ったまま、アプリケーションをひとつひとつ確認していった。
ノノカのヤツの事だ、何か必ず意味がある。
そうでなければ、おかしい。
そうでなければ、このタブレットを、置き去りにするはずがない。
この――俺のタブレットを。
ポンッと、アプリケーションを弾いた指先が止まった。
無意識が、違和感を訴えてきていた。
開いていたのは、ボイスレコーダーだった。
声の出せないノノカが、使うとは思えない機能。
使用された痕跡があった。
何のために。
やはりノノカは、声が出せるんじゃないのか!
俺は、震える指先で収録された音声を再生させた。
「もう一度、確認? ああ、いいとも。取り決めは、しっかりと確認しておこうか、立花くん」
その声は――法馬葦人のものだった。




