15 仕組まれてないか?
「いや、全然違う」
ユキエに見せられた図形を見て、俺は冷静に切り捨てた。
「はぁ!? あんたの説明だとこうなるのよ。あんたの説明の仕方が悪いんじゃないの!?」
「んなわけねーだろ! ていうか、なんで『四角の上に丸が乗っかる』って説明で、四角と丸が重なってんだよ。どう考えても、位置がおかしいだろ!」
「何いってんのよ! あんたが最初に『積み木を想像しろ』って言ったんじゃない! 積み木の場合、上に乗っかってるって表現なら、重なり合うって思うでしょ!」
「なんで、その積み木を上空から見てんだよ! 最初の説明で『幾何学模様を描く』って言われてんだから、数学の図形みたいな模様だってわかんだろ!?」
「そんなわかるはずないでしょ!」
6限目に設定された生徒会のゲーム。
特殊教室で隣り合って座る俺とユキエは、当然のごとくすれ違い、一回目を失敗させた……。
パートナー同士だけで行うこの『伝言ゲーム』は、紙に書かれた図形を、位置や大きさ、角度などが違わぬよう言葉だけで伝える、というものであった。
聞き役のパートナーは、伝えられた内容をもとにまっさら紙に同じ図形を描き、その完成したイラストを見て、生徒会側が成功か失敗かを判定する。
やることは決して難しくはないが、言葉だけで図形を伝えるというのは、想像以上に難儀なものだった。
これなら、複数人が間に挟まり、複雑な内容を変化させないように始点のプレイヤーから、終点のプレイヤーに伝えるという伝統的な伝言ゲームの方がまだマシだった。
「めんどくせなぁー。なんだ、このゲーム……。全然、簡単じゃねぇじゃねえか」
「誰も簡単とは申しておりません。ですが、ちゃんと二人が気持ちを理解しようと努力していれば、確実にポイントの得られる。そんなゲームであると存じております」
俺の独り言に丁寧に反応するのは、壇上で腕を組む、スーツ姿のウサギ野郎だった。
この学園の生徒でありながら、指定の学ランではなく仕立てられたスーツを着こみ、頭には真っ白なウサギのキグルミを被っている。
生徒会から派遣されたゲームの進行役、ゲームの参加希望した俺たちを誘導し、この特殊教室まで連れてきたのは、この男だ。
「んじゃあ、理解しようとしていない二人はどうしたらいいんだよ?」
「それは仕方ありません。諦めましょう」
「んだよ、それ! 1時限分のポイント損してんだから冗談じゃねえぞ!」
「ゲームの参加は、自由であったはずです。やる・やらないはご自分達で判断したんでしょう? なら仕方ありません。それに、これはパートナーゲームですから、加点・減点があるのは、当然です」
やろー、こいつもただの生徒のはずなのに、舐めやがって……。
俺は座席の上で、歯を食いしばってウサギ野郎を睨んだ。
キグルミを被っているので表情がまったく読めず、俺の威嚇にも微動だにしない。
諦めてひとつため息付き、俺はあたりを見回した。
この教室は、縦に細長く、外部からも中が見れるよう壁はガラス張りになっている。
この学園は、変な教室が多く、このガラス張りの教室もそのひとつだ。
恐らく、このゲームのために準備された特殊な教室なんだろう。
今回ゲームに参加した生徒たちは、窓際か壁側、どちらか一方に座らされている。
一年生の参加者は、思ったほど多くなく、詰めればひとつの教室で済ませそうなもんだった。
だが、このウサギ野郎は、なぜか教室中央を使用させず、両端に座れなかった生徒は、同じような別の教室に移動した。
「さあ、第一回目終了です。プリントを前に集めて下さい」
ウサギ野郎に言われるまま、プリントは黙々と前方に集められていく。
くっそー、このままじゃあ、ポイントなんて手に入らねぇ。
次は、俺の番だ。
これミスったら、確実にポイントゼロじゃねえか。
ここは、ユキエの説明能力に賭けるしかない。
俺は、机の備え付けられているカンニング防止用の衝立から、ユキエに視線を送った。
気づいたユキエは、「あん?」と相変わらずの喧嘩腰で俺の視線に答える。
おいおい。今更、こいつの言葉を理解しようなんて、無理に思えてならん。
……オワタ。
* * *
『今回の取得ポイントは2500ポイントです。受理なさいますか?』
生徒手帳の取得項目に従い、俺はゲームのポイントを自分のGPに変更した。
「できたかい、カズキ?」
「おっ、ジュンか? 見てくれ、やっと、俺の生活も少しはマシになるってもんだ」
廊下を歩きながら生徒手帳をイジっていた俺は、声を掛けられ初めてジュンの存在に気付いた。
逆光に当てられジュンは、影の中で微かな笑みを浮べている。
並んで窓辺に立ち外を眺めると、部活のために走り回る生徒の姿が見える。
部活に興味のない俺に言わせると、見ているだけで疲労を感じる光景だ。
「お前は、参加しなかったんだな。生徒会のゲーム」
「まあ、ちょっと用があったからね」
曖昧に笑い、ジュンは腕を組んで、俺の方を見詰めた。
「ユキエさんとは、一緒じゃないんだね?」
「先に帰った」
「カズキが逃げてきたんじゃなくて?」
「ちげぇよ……。双子の所に行ったんだよ。俺は関係ねぇ」
ジュンは意地の悪い微笑みで、俺の顔色を伺っている。
俺は嘘なんて言ってねぇよ。やっと、俺はこの面倒な一日から開放されたんだ。
どうでもいいだろう、そんなこと。
「でも、ユキエさんがパートナーだったのに、よくポイントが得られたね。案外、二人は相性がいいんじゃないの?」
「んなはずねぇ。俺は、ちょっとしたトリックに気付いたんだよ」
「へー、どんなの?」
わざとらしい物言いで、ジュンが尋ねてきた。
妙な反応だな。
こいつ、またどこかで俺らの知らない情報を得てきてやがるな。
不自然にならないよう同じ口調で俺は、ありのまま話すことにした。
「わざわざガラス張りの教室に移動させられていたから、始めから妙だとは思ってたんだよ。ユキエの奴も、角度が固定された窓のすぐ横に座らされていたし。――気づけばどうってことねぇ。あれは、パートナーの回答が、窓ガラスに映るように細工された、特殊教室だったんだよ」
「なるほど――それぐらいは、気付くか……」
「なんか言ったか?」
「いやいや、何でもないよ。続けて」
「ゲームを監視していたウサギ野郎は、『気持ちを理解しようと努力していれば』なんて言ってやがったけど、あれは完全に仕組まれたもんだった。――生徒会側が用意していたんだよ、あれは。そうじゃなきゃ、あんな簡単にカンニングが出来るはずがねぇ。なんで、生徒会はこんなゲームを仕掛けたんだ?」
ジュンは、顎に手を当て少し考えるポーズを取った。
日頃から変な奴だけど、今日は特におかしいな、こいつ。
俺がジッと眺めていると、ジュンは物憂げな流し目を向けてきた。
うげっ! ゾクッと来た!
俺、そっち系じゃないから!
男には興味ないから!
「もしかしたら、生徒会は参加者が『言葉だけでなく、冷静に全体を把握できているか』を知りたかったんじゃないかな」
「どういうこった?」
「恋愛も含めてどんな交渉事もそうだけど、言葉だけでは本当の意思は判断できないだろ? ゲームは伝言ゲームと言っているけど、本当に意思を知るためには、その人の語調・態度・表情にまで気を使わなくちゃいけない。だから、言葉だけに集中するんじゃなく、ちゃんと周りの状況が見えていればポイントが得られるようになっていた。そういうことだと思うな」
「は~なるほどな、確かにそうかも。ゲームに参加してないのに、よくそんなの思いつくな」
「あっ、いや、ちょっと喋り過ぎたかな……。そうだ! カズキはこんなクイズを知っているかい?」
慌てたジュンは、学園の先輩に聞かされたというおかしなクイズを出してきた。
このタイミングでなぜ、クイズ?
「半径10メートルの草原の真ん中に、5メートルの鎖で繋がれたライオンがいます。鎖は杭に繋がれており、ライオンはそれ以上動けません。さてライオンが食べられる草は、何平方メートルでしょうか?」
よりによって、俺に数学の問題を出すか、テメエ。
5(半径)×5(半径)×3.14(円周率)だから――。
「78.5平方メートルだ!」
「ハズレ」
「ちょっと待て、これぐらいの数式ぐらい、俺だってわかってるぞ」
「クイズだって言っただろう、カズキ。答えは、0平方メートル。なんでだかわかるかい?」
無性に腹の立つ態度で、ジュンの奴が勝ち誇っている。
なろー、知るかよ、そんなの。
俺は、座った目つきで首を横に降った。
「ライオンは肉食動物だからね。草は始めから食べられない。だから、ゼロ。言葉に含まれた事実も理解していないと、問題には答えられない。――言葉に含まれた意味と、態度によって示される隠された意味。コミュニケーションというのは、本当に難しいね」
まったくだ。
とりあえず、お前が何か隠し事をしていることだけは、よくわかった。
俺を小馬鹿にして気分を良くしたジュンは「んじゃあ、帰りますか」と、爽やかに言い放ち寮へと歩き出した。
こうして俺は、ようやくこの長い一日から開放された。
ちょっとしたイザコザは遭ったものの、ユキエとの擬似パートナーもこれにて解消。
もう二度と、ユキエとパートナーに間違われるなんて事はないだろう。
ひと安心! ……なんて。
そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました……。




