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09 救いはないのか?

「え~と……」

「法馬だよ。名前ぐらい覚えてもらいたいものだね」


 メガネの男が腕を組んで俺を見下している。

 散乱した本を背に俺は硬直して逃げ出すことが出来ないでいた。

 相手は同じくらいの背のはずだが座り込んだ状態で見上げるとさすがに圧迫感がある。

 元々狭い部屋だけに、この圧迫感は逃げ場所を失わせるのに十分だった。


「あっ! 委員長の人」

 

 ピクリと法馬の眉が動く。


「僕は委員長じゃない。ただの風紀委員の一人だ」

「えっ、そうなの? いや~素敵なお眼鏡様なものですからつい……」


 ピクピクッとまた眉が動く。


「君は僕によほど喧嘩を売りたいらしいね」

「いや! いやいやいや、滅相もない! 勘弁して下さい!」


 俺は神に祈るが如く、両手を合わせてひざまずいた。

 手に持つBL本の存在を忘れ、俺は腕を高くかかげた。

 ちょうど法馬に差し出すような形になっている。

 手の重さがなくなり「あっ」と思った時には、渋い顔をしてページをめくる法馬と目が合った。


「君はいったい何を考えているんだ……?」

「いやいやいや、ちょっと待て! これは不可抗力だ。一種の誤解というか――間違いなく誤解だ!」


 泡を食って慌てる俺と、その背後に散乱する少女漫画。

 再度腕を組んで俺を蔑んだ目で見つめる法馬。「ああ、なるほど……」と短く言葉を切って頷いた。

 

「君はいけ好かない奴だとは思っていたけど、ここまで酷い奴だったとはね」

「なっ……なんだよそれ……」

「順調に交際を始めた不動峰君に嫌がらせをしようとしたわけだ。パートナーに借りた漫画に【こんな本】を忍ばせて二人の関係をギクシャクさせようとしたわけだろ? 不動峰君が順調だからって、あまりに幼稚だとは思わなかったのかい?」

「ち、違う。誤解だ! さすがに俺だってそんなことはしない!」

「じゃあ、この本はなんだ?」

「そ、それは――」


 沙耶には「黙ってて」と言われている。

 しかし、このまま黙っていると俺がもっとヤバイ誤解を受けることになる。

 おいおい、俺だってこれ以上カサネとの関係をこじらせたくないぞ……。

 法馬は本を閉じて小脇に抱えるとため息を付いた。

 メガネの位置を直した後、俺にきつい眼光を浴びせてくる。

 

「君のポイントはあと、どれくらいだい?」

「……この前、昼飯を抜いたから1000P前後はあるはずだけど……」


 法馬が目を丸くして「もうそれしかないのか」と驚いていた。

 俺だって、好きでこんな状況になったわけじゃねえって……。

 法馬は頭を抱えて首を振った。

 

「他人の部屋への不法侵入に加え、純粋交際者への妨害行為の合わせ技。少なくとも3000P以上のペナルティを受けてもらうことになる」

「――えっ?」

「今の君がもし本当に1000Pしかないとしたら、3000Pのペナルティで、合計が-2000P。つまり、退学決定だ」

「ぁ? ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」


 お、おお! おおおおおおおおおおおおおおおおおおお、オワタ。

 えっ、嘘。

 マジ?

 おわり?

 冗談でしょ?

 いや、俺の計算ミスで本当は5500Pとかじゃないの?

 俺の生徒手帳のポイント履歴は?

 おっし、1150P。

 ――って!? 足らねぇよ!

 いや、ヤバイって! 冗談じゃないって! 早すぎるって!

 入学して二週間で退学ってあり得ないっしょ!

 俺たちの戦いはこれからだ!

 ――って完結しちゃダメだって!

 ぐうぉぉぉぉおおおお!

 お許しになってェェェええええええ!


「返済期間は一週間。さすがにそれ以上は延ばせないな……」

 

 へ?


「初犯といえども、これだけ派手だとね。情けを掛けてあげたとしても風紀委員としてはここが限界だ」


 えっ、えっ、えっ?


「即時、退学じゃなくて?」


 法馬が首を傾げた。


「そうして欲しいのかい?」

「いやいや、滅相もない」

「学園側に申告すればそうなるかもしれないよ。――でも、各委員会が執行できるのは実効ペナルティだけだからね。実数でポイントが減らされるぶん、効果が確定するのには期限内に返済が行われなかった場合のみ。期間内に全体の60%を返済できれば、ペナルティを直接受けずに済む。君、生徒手帳を読んでないのか?」

「いや~あんまり真剣に読んでない……」

「……こんなヤツがよく入学できたもんだ」


 法馬が頭を抱えてる。

 いや、法馬様が頭を抱えてらっしゃる。

 助かったぁ~。

 危うく退学になるところだった。

 どうやら風紀委員の仕事として今回の一件を処理してくれるらしい。

 よくわからんが、実効ペナルティのおかげで俺の首は皮一枚でつながっている。

 あれ、でも前回はその場で減らされたぞ?

 

「なぁ、ちょっと聞いていいか?」

「なんだい。馬鹿な質問はお断りだよ」


 俺にはそのつもりはないだが。

 とりあえず、今の状況を理解するには聞いて置かねばなるまい。


「俺が女子寮に侵入した時、即日減点されたんだがあれはなんでだ?」

「そんなことをしていたのか、君は……。――君が受けたのは学園側が執行する罰則ペナルティだからだよ。罰則ペナルティは、全体の何パーセントという形で減らされる。だから、減点するポイントが足りないってことはないし、即日減らしても問題はない。罰則ペナルティでどれくらい割合減らされるかは、学園側が決めるているから毎回減らされるポイントはわからない。でも、そうすることによって学園側は、僕達をコントロールしているんだ。もちろん、何度も罰則ペナルティを受ければ、マイナス100%ってこともあり得る。受けないに越したことはないよ」

「……なるほど、ふたつの違いは分かった。つまりは、俺がこのまま生き残るには、これ以上学園側からの罰則ペナルティを受けず、実効ペナルティを返済していけばいいってことだな」

「まあ――大体、そんなところだね」


 おっし! まだいける!

 立ち上がってガッツポーズ。

 幸運の女神はまだ俺を見捨ててはいなかった。

 天井を見上げて両手を高々と上げる俺に、冷たい視線が突き刺さってくる。

 あれ、ここは喜ぶところじゃない?

 ゆっくりと手をおろし、頭を掻きながら法馬に向き直った。

 

「一橋君」

「はい!」


 名前を呼ばれたら、胸を張ってビシッと立つ。

 自衛隊のごとく直立不動。


「なんでこんなことをしたんだい?」

「そ、それは言えん」


 本心としては、暴露しちゃってもいいかなとは思っている。

 しかしこっちにも約束があるし、喋っちゃマズイだろうな、きっと。


「よりにもよって僕たちの部屋に侵入してまでやるとは……。君の行動はあまりにリスキーだよ」


 呆れて首を降っている法馬。

 僕達の部屋ってことは、法馬はカサネのルームメイトだったのか。

 おっ、つまりあのエロ本は法馬のものか。

 うむ。よく覚えておこう。


「あの~」

「なんだい」

「カサネには黙ってて貰えます?」


 揉み手で法馬に近寄り、ペコペコと頭を下げてみせる。

 上から注がれる潰れたカエルを見るような視線が痛い。

 

「君は、まだそんなことを言っているのか……」

「お願いしやす! 後生ですから!」


 柏手をひとつ打ち、足にすがるようにしなだれた。

 気色悪いと足蹴にされて、転がる。

 地べたに転がる俺を見て悪質な笑み浮かべた法馬。「なら条件がある」と言って、目線を合わせてきた。


「今後、君には定期的にペナルティを受けてもらう」

「えっ?」

「そして、そのペナルティは必ず【僕に】返済すること。いいね」

「ど、どうしてそんなことを?」

「風紀委員としての実績になるからさ。黙っていて欲しければ、それぐらいの条件は飲んでもらわないと」


 くっ!

 こいつ、メガネ的には正義の委員長なのに――話がよくわかるじゃないか!

 ふう……よかった、よかった。

 素直に告げられていた、俺の身がやばかった。

 もちろん、俺はOKのサインを出して固い握手を交わす。

 ふと、法馬が小脇に抱える本が目に入った。


「あっ、そんでその本返してほしいんっすけど」

「それはダメだ」

「えっ?」


 ま、まさか、こいつそっち系!


「この本は、君がこの部屋に侵入したという動かぬ証拠だ。ちゃんと君が約束を守るか保証はないからね。この本は、保険として預からせてもらう」


 さいですか。

 あ~でもちょっとやばいな~。

 沙耶たちにはなんて言おうか。

 

「そろそろ、部活も終わる頃だ。君は早く逃げたほうがいいんじゃないのか?」

「お、おう。わかった。邪魔したな!」


 別れの挨拶をビシッと決め、俺はカサネと法馬の部屋から撤退した。

 その後、沙耶たちと合流した俺はありのまま起こったこと話した。

 交換には成功したが、BL本は回収できなかった。

 「約束通りちゃんと取り替えてきたぜ」と言ったら、沙耶はニッコリと笑った。

 んで、俺の右頬に綺麗なビンタが決まった。

 ですよねぇ~。

ポイント部分を若干修正。自己満足の部分なんで、話の流れにはあまり影響ないです。

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