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鴻鵠の番

鴻鵠の番 4 ~もうその瞳は何も映さない~

作者: Kouei
掲載日:2026/09/18

side:アローナ・カリエス

⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷


「アローナ嬢…あなたは僕の【鴻鵠(こうこく)の番(つがい)】だ。どうか伴侶になってほしい」


「え?」


 そう言って、私の目の前で膝を付き、手を差し出した一人の美しい男性。

 銀髪に金色の瞳(ひとみ)。


 エルノライド侯爵家の嫡男であるレヴァン様だった。


 その美しい容貌に魅せられる者は多く、この学院で彼の名を知らぬ者はいない。

 そんな彼からの突然の申し出に、驚かない人間はいないだろう。


 この幸運はきっと、今まで家族から関心を得られず、いつも妹を優先されてきた私への神様からの贈り物だと思った。



 けれど…



 レヴァン様が本当に愛していたのは…妹だった…




 ◇




 私はカリエス子爵家の長女アローナ。


 三つ上の兄リネルと二つ下の妹ルチアナがいる。

 子供が三人いれば、真ん中への関心が薄いのはよくある事なのか。


 息子が生まれた後の娘である私は、生まれた当初はきっと可愛がってもらったのだろう。

 けれど私にはその記憶がない。


 あるのはいつでもルチアナを優先する両親や兄の姿だった。

 彼女の希望が一番、そして兄、最後に私。

 それが日常だった。


 地味な茶色の髪に深い青色の瞳を持つ私。

 反対に、髪は箒星(ほうきぼし)のように流れる金髪に銀河に輝く星色の瞳を持つルチアナ。

 両親の良い所ばかりを受け継いだような容姿。


 別に…虐待を受けている訳ではない。

 必要なものは買ってもらえる。

 生活に困る事は何もない。


 ただ…この家で最も愛されているのはルチアナ。

 いつでも優先されるのはルチアナというだけの事…


 けど…一度でいいから私を優先して欲しい…そう願ってしまうのは我儘なのだろうか…


 そんな時に告げられたレヴァン様からの突然の申し出。



【鴻鵠(こうこく)の番(つがい)】



 鴻鵠(こうこく)とは白鳥の別名で、白鳥は一夫一婦制の鳥。

 相手が死ぬまで添い遂げる習性がある。


『鴻鵠(こうこく)の番(つがい)』はそこからつけられた名称だ。


 そして、これは獣人族にのみ現れる現象。

 だが、人族との異種婚を繰り返した事で、獣人の血脈は薄れていった。


 だから『番(つがい)』と出会う事は、天文学的な確率であり、出会えば家門繁栄を齎(もたら)す瑞兆とも言われている―――――――…が、現在はただの伝承として語り継がれていた。


 その伝承が現実のものだったなんて…


 私は彼の差し出した手を取った。

 誰かに選ばれたのは生まれて初めての事で、私は舞い上がった。


 出会った時から、いつでも私を一番に考えて下さるレヴァン様。


 けど…


 一緒にいても、話すのは私ばかり。

 彼はきちんと話を聞いてくれるけれど…それだけ。


 そして、レヴァン様が家に来る日は、ルチアナがよく同席するようになった。


 レヴァン様はルチアナとはとてもお話になられた。

 私より楽しそうに見えるのは…私の心が狭いからなのかしら。


 その内、レヴァン様は妹を気にかけるようになった。


「今日は、ルチアナ嬢はいないのだな…」


 妹が不在の時は、寂しげに息を吐く姿を何度見ただろう。

 そんなある日、ルチアナから思いもかけない言葉を投げかけられた。


「姉(ねえ)様…私…レヴァン様を好きになってしまったの。彼もきっと私の事を好いて下さっているわ。だっていつも私と楽し気にお話して下さっているの、姉(ねえ)様も見ていらっしゃったでしょ? それに、私ではなく姉(ねえ)様が選ばれることなんてあるかしら…姉妹だから錯覚されているとか?」


「ルチアナ…」


 錯覚…そんな事、考えもしなかった。

 でも…姉妹なら…


「姉(ねえ)様もそう思わない?」


 ルチアナが自信ありげに問う。

 私は否定する事ができなかった。


 彼女の言葉に動揺しつつも、納得する自分がいたからだ。


 いつでも選ばれるのは美しいルチアナ。


 心のどこかで、いつかこうなるだろうと思っていたのかもしれない…

 だって…彼の行動を見ればいやでもわかる。


 レヴァン様もルチアナに惹かれている。

 彼の気持ちはルチアナに向いていた。


 けれど『鴻鵠(こうこく)の番(つがい)』という呪縛が彼を苦しめているのだろう。


 本能では私を求め、心では妹を求めている。

 どちらが愛情かと問われたら答えは明白だわ…


 でも…『鴻鵠(こうこく)の番(つがい)』の縛りを失くすには、どちらかが消えなければならない。


 それは『死』を意味する。


 妹はその事を知っているのだろうか?

 知っていてあんな事を言ったのだろうか?


「お父様たちがルチアナの気持ちを知ったら……どちらを優先するのかしら…」


 そんなの…答えは明白だわ。

 でも…もしかしたら両親は私の事を考えてくれるかもしれない。


 けど万が一、ルチアナを優先したら…?


 両親に確かめる勇気などなかった。



 だったら…家族に言われる前に……



 


 私は家族が出払ったのを見計らって、レヴァン様に連絡を取った。

 彼はすぐに来て下さったわ。

 そしていつものように誰かを探す素振りを見せて尋ねた。


「ルチアナ嬢はいないのかな?」


「……ええ、家族は皆、出払っております」


「そうか…」


 そして小さなため息をひとつ付く。

 そのしぐさを見て、最後の決心がついた。



「それで…大切な話とは?」 


「……私はあなたがルチアナを愛していることに気づいていました」


「え?」


 私の言葉に戸惑うレヴァン様。


 あなたの気持ちを私が知っていた事が意外だったのでしょう。


「それでも優しいあなたは番(つがい)として私を思いやって下さった。けれどそれは決して愛ではありません。獣人族の遠い血が呼び寄せる本能。本能と愛情は違うと思います」


「な、何を言っているんだっ 僕は…っ」


「私がいなくなれば、あなたは妹と愛し合う事ができます」


「や、やめてくれ! 僕はあなたの妹に特別な感情を持ったことなど一度もない!」


「…番(つがい)である私がいるために、ご自身の本当のお気持ちに気づかないだけです。あなたの行動は…言葉は…視線は…いつもルチアナに向いておりました。ご自覚がないとおっしゃるのならそれは無意識の行動。それがあなたの真意なのです」


 けど…私も本当にあなたを愛していたのかもうわからない。

 私を選んでくれたという事が嬉しくて、その気持ちに縋(すが)りついていただけなのかもしれない。


 結局、私を心から一番に考えてくれる人なんていないのだろう…


「聞いてくれっ 本当に僕は…っ」


「私が消えれば、全てが収(おさ)まります」


「アローナ…?」


「レヴァン様…さようなら…」

 

 私は、手にしていた小瓶の中身を飲み干した。


「アローナ!!」


 倒れる私を抱き留めて下さったレヴァン様。


 最期に見たのはあなたの美しい瞳に映る自分だった……





side:レヴァン・エルノライド

⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷



 プツリ



 番(つがい)のつながりが切れた。


「そんな…嘘だ…っ 嘘だ嘘だ嘘だああああああ!!」


 僕の腕の中にいるアローナはまだあたたかい。

 なのにその瞳は僕を映さない、

 その唇は僕の名を紡(つむ)がない、


「どうして!? なぜだ!! アローナ!!!」


 彼女が毒を飲んだ理由が分からなかった。

 なぜ僕がルチアナの事を愛しているなどと思っていたのか分からなかった。


 分かっているのは……



 僕の番(つがい)はもう…いない……



 エルノライド家の始祖は『鳥族』だったという。

 そのためか、僕はよく空を仰ぎ見る事が多かった。


 天に広がる美しい青色。


 その色を持った瞳のアローナ。


 『鴻鵠(こうこく)の番(つがい)』の本能で彼女を求めていたのは確かだ。


 けれど、彼女の濁(にご)りのない澄んだ瞳。

 凛とした佇(たたず)まい。

 時折見せる遠慮がちな微笑み。


 そんな君に僕は惹かれていった…


 読書が好きだという彼女は、造詣が深かった。

 僕は恥ずかしながら、本を開けば眠気を催してしまうので…あまり読む事はなかったが。

 けれど、そんな事は知られたくなかったから、彼女の話を聞く事に徹していた。

 

 彼女の声は心地いい。

 彼女の香りはやさしい。

 彼女といると心が安らぐ。


 これが『番(つがい)』というものなのだろうか。

 

 『鴻鵠(こうこく)の番(つがい)』は獣人族の本能。


 人族にはその習性がなかったらしい。

 彼女に獣人族の血はない。


 だから僕が感じる番(つがい)のつながりを、彼女は感じ取れないようだ。

 僕が彼女に告白した時は、あの美しい青い瞳を見開き驚いていた。


 その表情でさえ愛おしく、思い出すと口角が上がる。


 彼女は人族の血が濃いようだから、『鴻鵠(こうこく)の番(つがい)』に関しては理解し難いのかもしれない。


 きっと僕の存在に戸惑っているだろう。

 けど、それはこれからゆっくり互いに歩み寄れればいい事だ。



 そう思っていた。



 ただ…彼女と過ごす内に、彼女の家族の様子が気になった。

 アローナの家族は、なぜか妹であるルチアナを優先しているように見えた。

  


 気のせいだろうか?



 それに…彼女に会いに来るとよく同席するようになったルチアナ。

 僕はアローナとふたりきりで過ごしたいのに…


 けれど、そんな事をアローナに伝えて軽蔑されたくない。

 狭量な男と思われたくない。


 だがルチアナの存在が正直、煩(わずら)わしかった。

 だからいつも彼女の屋敷に行くと、妹がいないことを確認する癖がついてしまった。


「今日は妹はいないのだな」と…


 いない時は安堵した。


 だが、今はまだ婚約期間中だ。

 将来義妹になる彼女に愛想を振りまかなければならない。

 無下にすることはできなかった。


 なのに…アローナがあんな事を思っていたなんて…!

 

「私はあなたがルチアナを愛していることに気づいていました。それでも優しいあなたは番(つがい)として私を思いやって下さった。けれどそれは決して愛でありません。獣人族の血が呼び寄せる本能。本能と愛情は違うと思います」


「な、何を言っているんだ!」


「私がいなくなれば、あなたはルチアナと愛し合う事ができます」


「違う! 僕はあなたの妹に特別な感情を持ったことなど一度もない!」


「…番(つがい)である私がいるために、ご自身の本当のお気持ちに気づかないだけなのです。あなたの行動は…言葉は…視線は…いつでもルチアナに向いておりました。ご自覚がないと仰(おっしゃ)るのならそれは無意識の行動。それがあなたの真意なのです」


「聞いてくれっ! 本当に僕は…っ」


「私が消えれば、全てが収(おさ)まります」


「アローナ…?」


「レヴァン様……さようなら」



 そう言うと彼女は手にしていた小瓶の中身を口に含んだ。

 あっという間の事で、止められなかった―――――…



◇



「アローナの代わりにルチアナを婚約者にしていただければと存じます。ルチアナは貴方様を好いております」


「――――っ!」


 アローナの葬儀が終わり、参列者はいなくなった。

 残されたのは僕とアローナの家族だけ。

 アローナの墓石の前で彼女の父親から言われた事に、言葉が出なかった。


「レヴァン様が私を憎からず思っていた事に気づいておりました。そして姉(ねえ)様の手前、その想いを隠すしかなかったことも。なにより『鴻鵠(こうこく)の番(つがい)』でしたから。ですがその番(つがい)であった姉(ねえ)様はもうおりません」


 ルチアナの言っている事が理解できなかった。


「そうです。ルチアナは貴方様の番(つがい)ではないかもしれませんが、アローナと血を分けた姉妹です。きっとよい伴侶になると思います」


 アローナの兄の言っている事が理解できなかった。


「姉(ねえ)様がいてもいつも私とお話して下さっていたではありませんか。それに私なら美しいあなたの隣に立つにふさわしいと思いませんか?」


 何を言っているのだ、この家族は!

 今日はアローナの葬儀だぞ!!


 それに、僕の番(つがい)は…愛する人はアローナただ一人!!

 それなのに…っ!



「ふざけるな!!」


 僕は怒りに体が震えた。


 ドクドク…ッと血が逆流する。


 体の内側から、遥か昔の血が広がって行くのを感じた。


「う……っ ああっ!」


 その熱は右手に集中し、どんどん大きくなり、鋭い爪が狂暴な光を放つ。


「ひ、ひいいい!!」


 アローナの家族たちは悲鳴を上げ、逃げ出した。


「い、いやあああ!!」


「ば、化け物おおお!!」


 僕は躊躇(ちゅうちょ)せず、逃げるやつらの背にその爪を振り翳(かざ)した。




「「「「ぎゃあああああ!!!」」」」








 …戻った静寂の中、僕は血だらけの右手に目を落とし、ふと空を仰ぎ見る。

 そこにはアローナの瞳の色が広がっていた。


 どこまでも澄んだ青い色。


 君の瞳に僕が映る事は、もう二度とない……




【終】


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