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カッターナイフ同好会

作者: しめさば
掲載日:2026/07/19

 カチカチカチカチ。


 文具の中では比較的危険度が高く敬遠されがちな存在であるのに、刃物の中では比較的非力な方に分類されて、主戦場での影響力は限定的。なんとも悲哀に満ちていて、愛らしいとは思いませんか。まるで、文筆家気取りの素人映画評論アカウントが垂れる、大衆批判の講釈のようです。彼らも大衆側の一人であるのに、そのことに無自覚なまま「私はどうも周りとは違うのだ」という幻想に包まれたまま夢現を彷徨っている、どころか、ともすると「私は周りよりも頭ひとつ抜けた上位存在なのだ」と錯覚してしまう。たしかに、替刃を交換するときは頭ひとつ抜きん出るわけですが、その後たちまち根本からパキンと折り掻かれてしまうわけで。まあ、そんな無常さ非情さも全部折込済みで、愛らしいと私は言っているのですがね。


 カチカチカチカチ。


 左手に握りしめたカッターナイフの刃をゆっくりと出したり引っ込めたりしながら、会長は皆を前にして、教壇の端から端を往復しながらとめどなく話した。

 白いワイシャツの袖をまくって、後ろ手に組んでいたのを、ふと前に出して、手中のそれを見せて続けた。


 カチカチカチカチ。


 どうにも見てください、この脆弱なフォルムを。紙を切るにはもってこいなんて言ったって、紙の他に何が切れると言うのでしょう。紙なんて、ナイフなどなくとも折り目を念入りにつけてしまえば手で簡単に裂けるものです。せいぜいが、図画工作の授業中の注意散漫な生徒の指を、ほんの僅か切り裂くくらいなものでしょう。つまり、この中途半端極まりない代物の存在意義というのは、実はそちら側にあるということです。何も事物を切り離すために存在するのではない。むしろ少しばかり傷をつけて、それでも時が経てば修復されるという当たり前かつ至極尊いことを、まだ年端もいかない少年少女に対し学習させる機会を創出することこそを真の目的としているのです。裂けた傷口が見事に繋がり、流れた赤い血が勲章じみた傷跡として刻まれる、それこそが、この弱々しくも美しい薄刃の本領本分なのです。


 カチカチカチカチ。


 ここに集まった皆さんの腕には、我々の結束の強さを示す数多くの勲章が刻まれていることでしょう。見せる必要はありません、よく知っています。我々は何よりも強い絆で繋がっているのです。度重なる苦難を乗り越えた、かけがえのない仲間たちです。何者にも我々を切り離すことはできません。我々はけして同胞を見捨てません。我々は絶えず繋がっているのです。


 カチカチカチカチ。


 私たちは腕を高く高く掲げた。勲章が誇らしい。

 そして反対の手に握りしめたカッターナイフを、膝の上で出したり引っ込めたりした。


 ガタガタガタガタ。


 今日、この日を迎えられたことを本当に嬉しく思います。誰一人として欠くことなく、同じ目的を果たすべく行動をともに成し遂げられたこと。実を言えば、心のどこかで疑っていたのです。これは私一人が見ている夢なのではないか、私はこの世界でたった一人なのではないか、果たして本当に、我々はひとつになれるのか、と。この光景を目の当たりにするまでは。


 ガタガタガタガタ。


 私たちの前には、猿轡を嵌められた生徒が十数人ほど椅子に縛り付けられていた。

 彼らは椅子と一体になって、体を大きく揺すっていた。

 校庭から夕陽が差し込む。

 真夏の湿った生ぬるい風が吹く。

 蝉の声がする。

 近づいたら爆ぜる、死にかけの個体を想起した。


 ガタガタガタガタ。

 カチカチカチカチ。


 さて、我々に孤独、苦痛、恥辱の限りを尽くした加害者らを、我々が我々の力でこの場に連れてくることができたのは、一体なぜでしょう。怒り?復讐心?そんなチンケな感情でこの地獄のような日々が片付くのなら、初めから人生の最も美しく貴重な時間をもっと有意義に謳歌していたのではないでしょうか。

 ではなぜか……それは、我々のすることが包摂であるからに他なりません。報復でも拒絶でもない、ただ我々は、皆と繋がりたいだけなのです。

 カッターナイフには、その力があります。刻まれるのは協力の精神です。我々は弱い、我々は脆い。常に謙虚で、真摯的でなければいけません。我々の思い描く未来の道筋を、彼らの首元や内腿に描いてみましょう。そしてどうにか納得してもらうのです。必要なのは対話です。新たな関係を築くのです。我々は何人も切り離さないと誓いましょう。非力な薄刃で、その点線をなぞりましょう。我々は仲間です。けしてひとりではありません。今こそひとつになるのです。我々は皆、カッターナイフを愛好することを誓い合った会員同士なのですから。



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