1話 村での日常(朝)
基本、週一ですが調子の良い時はこんな感じでガンガン出していきます。
早くもこの村に来てから、一年が過ぎた。
当初、あの荒野からどうしたものかと途方に暮れていたわけだが、当然どこかには知的生命体がいるだろうと考えていた。
とにかくこの周囲のことに関する情報収集を行うため、近場の人里を目指したというわけだ。
そして、その目標は達したわけだが……。
「lhじゃそgてょ;bな;rほjはr?」
「なんて言っているか分からん……」
言語の壁が私の前に立ちはだかった。
元々、こうなる可能性は想定していた。
あの鉄人形が話しかけていた素振りを見せていたことで、もしかしたらあの言語とも取れる奇怪な音は、この土地特有の言語の可能性があるのだ。
それが今までは推定だったものが確信に変わったというだけで……。
私は現地の情報を集めるために、とりあえずは言語の習得方法について模索することになる。
人口500人程度の村というよりは集落に近いこの小規模村落は、幸いにも外部の人間を殊更に嫌う質ではなかった。
子どものような姿見をしていることも相まって、私はこの村唯一の孤児院に預けられ、言語とこの世界の常識を教わった。
世界と表現したのには理由がある。というのも、恐らくここは私の元いた世界とは別世界、所謂異世界に位置付けられる場所と推測されるからだ。
そう推測した要因は主に三つ。
一つは先ほど挙げた聞いたこともない言語。
言語学は私の専門ではないとは言え、研究者として、ある程度の教養は身につけているつもりだ。
元の世界の言語であれば、多少は聞き馴染みがあるはずだが、この世界の言語は全くの未知だ。
習得する際も、発音にまず手間取ったくらいだしな……。
二つ目は元の世界では見たこともない謎の生命体の存在。
先刻、遭遇した鉄人形然り、道中に存在した畝る謎の植物X然り、この村落に住まう獣耳を生やした人間然り……。
私の探究欲を刺激される光景が続いていたが、右も左もわからないこの状況下では流石に自重した。
そして、最後になる三つ目。
これが異世界であると決定づけた最大の要因……そう、魔法の存在だ。
魔法はマナと呼ばれる謎のエネルギーを消費して発動するこの世界特有のファンタジー現象のことだ。
正直、原理が全く理解できず孤児院のシスターに何度も質問して、孤児院のガキどもに「シスターのこと好きなのぉ?」と揶揄われる始末だったが、それほどに理解不能の現象であった。
一応、シスターに聞き取りしたものを纏めると、魔法とは一言で言えば神の奇跡の行使らしい。
神だと……?そんないるかいないかも証明できない者の力と論じるなど馬鹿馬鹿しいと、聞いた当時は嘲った私だが、実際にシスターが行使した魔法を見て、二の句が告げなかった。
「我、清水を求る者。『浄水』」
「……!?」
洗濯を行うとか言って、シスターは空の桶に水を生み出した。
衝撃的な光景だった。私のこれまでの錬成術師生命において、最大の衝撃と言っても過言ではない。
我々、錬成術師が利用しているルクスと呼ばれる生命エネルギーは決して万能なものではない。
神の奇跡なんて言われるものでは断じてなく、あくまで我々人間が行使する技術の一つでしかない。
しかし、魔法は違う。無から有を生み出し、確かな奇跡としてそこに体現する。
「空気中の水分を凝縮して……?いや、それにしては周囲が乾燥していないというか寧ろ湿度が上がっている?なんだこれは?」
「うーん、ジュンくんが何を言っているかよくわからないけど……。今のが生活魔法『浄水』。綺麗な水を生み出す魔法だよ」
「水を生み出す……?では、本当にゼロから生み出したというのか!?」
「何をそんなに驚いているのか知らないけど、一応は私たちのマナから生み出しているから、ゼロからじゃないと思うけど?」
「いやいや、そのマナというものがよくわからないのだが?体内から発しているのは分かるが、それだと身一つで何でも生み出せることになるのでは?」
「まあ、凄い魔法使いの方ならそういうこともできるかもだけど……。私みたいな木端のシスターじゃ、精々応急手当程度が限界かな。原理とかもよく分かっていないし、詳しいことが知りたいなら王都の魔法学校に行った方がいいよ……行けるかどうかは置いといて」
それきり話を打ち切って、シスターは洗濯を再開した。
理解不能だ!
奇跡と称し、一厘も理解していない力を軽々しく行使するシスターも、それを当然と感受する周囲の村人たちも……そして、何より無から有を生み出すという謎の力を持つ魔法そのもの、が。
私の目に映る魔法の全てが理解不能であり、未知であり、そして知りたいと思ってしまう……。
「くくく……最初は転移を習得したら、こんなところさっさとおさらばしてやるなどと思っていたが……。この魔法とやらの謎を解き明かすまでは出て行けそうにないな!」
なんて強がってみたが、現状他にやることもないというだけだ。
とりあえず、この村で一年生活して分かったことは、ここが異世界であること、魔法という摩訶不思議な力があること、そして魔法を調べるためには王都とやらに行く必要があるということだ。
特にやることもないし……。私はのんびりと村暮らしを満喫しながら、日々を過ごすことになった。
◆
村暮らしの朝は早い。
「みんなー、おきろー!」
赤髪の少年、レウスの大声で私たち孤児は目を覚す。
孤児の人数は10人。
つい最近まで開拓村だったらしいこの村では、労働者の死が頻発していたらしい。
大気中に含まれるマナという謎エネルギーを吸って、人が魔法を覚えたように、動植物も元の世界に比べて凶暴化しているらしい。
奴らは魔物と総称され、人々に恐れられている。
その魔物の犠牲者となった労働者の中には、当然子どもがいる世帯もある。
そうした魔物被害者の会の集まりがここの子どもたちと言うことだ。
「おはよう、レウス。今日も朝から元気だな……」
「おう、おはよう!ジュン。あいかわらず、としよりみたいなテンションだな、オメーは」
「ははっ、そんな朝から元気は出ないよ……」
朝から元気が良いこの少年の名前はレウス。
燃えるような赤髪、赤目のツンツン頭でいかにもな熱血系という見た目を体現するかのように、元気な少年だ。
誰彼構わず無遠慮な態度で話しかける彼は、よく言えば陽キャ、悪く言えば無神経と言ったところか。
先ほどの年寄り扱いは若干私の神経を逆撫でする発言だったしな。
まあ、実際300歳は超えているわけだし、強ち年寄り扱いも間違いではないが……。
こうムキになると言うことは図星ということだ。あんまり気にしないようにしよう。
ちなみに、私の元の世界での本名は駿河順一朗だが、この世界では苗字があるのは一般的ではないそうなので、苗字は端折っている。
ついでに和名っぽい順一朗もこの世界の人間らしく縮めてジュンと称し、年齢も見た目に合わせ、レウスと同世代の12歳とした。
レウスは素振りに行ってくると言い残し、寝室を退室した。
手始めにと私は隣で寝ていた少女に声をかける。
「おはよう、マオ」
「お、おはよう……ジュン、くん」
彼女の名前はマオ。
快晴の空を思わせる綺麗な青い髪に、同色の瞳。
10人いる孤児のうち、レウスと同じ12歳の少女だ。
基本的に資金不足な孤児院では、古着をつなぎ合わせた貫頭衣の様な服を着ているのだが、長身な彼女には少し丈が足りていない。
年齢の割に発達した脚部が目に入って、少し気まずい気持ちになる。
ちなみに、同年代ということもあり真っ先に仲良くなったのがレウスとマオの二人だ。
「じゅ、ジュンくん……朝はまだかおあらってないから、あんまりみないで」
「……ごめんごめん。他の皆を起こしてくるから、その間に身支度でもしてきな」
つらつらと考え事をしながら、マオの顔を凝視すると、頬を赤らめてシーツで顔を隠された。
小動物の様な可愛い仕草に、もう少し意地悪をしたい気持ちになるのを抑えて、他の子ども達を起こしにいく。
それを見届けてから、マオはのっそりと立ち上がるが……やはりレウスと比べても身長が高いな。
私が150ちょっと、レウスは155と12歳という年齢にしては、そこまで身長は低くないと思っていたが、マオはおそらく160はある。
女子の方が幼少の成長は早いとは言うが……羨ましいものだ。
少しぐらい自分にも分けて欲しいと思うが、本人は身長の高さがコンプレックスのようなので、黙っておく。
丁度、この前レウスが似たようなことを言って、マオにしばかれているのを見ていたからな。
見える地雷を踏むようなバカな真似はしない。
その後、他の子ども達も順調に起こした後、朝練を済ませたレウス、顔を洗ったマオ達と一緒に、シスターが作ってくれた朝食を食べる。
「うーん、シスターの料理はうまいんだけど、やっぱりょうがたりねーよなぁ」
「ぜいたく言っちゃダメだよ、レウスくん。たべられるだけでもありがたいことなんだよ?」
ねっ、ジュンくん、と同意を求められるが、正直私もレウスに同意だ。
出てくる献立は麦粥に、くず野菜が多少入ったスープのみ。
これを朝、夕2食。昼飯はない。
成長期である(私はそうではないが)二人には、量に不満があって当然だ。
マオもレウスに注意こそしているが、表情には物足りないとはっきり出ている。
「そうは言うけどなぁ、すくもんはすくんだもんよぉ。マオだってあんまりたべなかったら、おっぱい大きくならないぞ?」
「きゃっ……お、おっぱいって、朝からなにいっているの、レウスくん……」
「おっぱいって、ムネのことだよ、ムネ。ほら、マオのムネもストンとしちゃっているじゃん。たべないと大きくなれないってことだよ。なあ、ジュン!」
「べつにストンじゃないもん……」
そこで私に同意を求めるな、レウス……。
羞恥心で顔を赤らめるマオに嗜虐心を刺激されたのか、胸元を隠すマオの胸部を指差すレウス。
この年頃の少年は好きな娘にイタズラしたくなる質だから仕方ないといえば仕方ないが……。
あまり調子に乗らせるとロクなことにならないため、レウスの言動を止めにかかる。
もちろん涙目になっているマオにもフォローを入れる。
「人の身体的特徴を揶揄するのはあまり褒められたものじゃないよ、レウス。そんなことじゃ皆から称賛される一流の冒険者にはなれないよ。……マオもそんなに落ち込まなくても大丈夫。既に皆が認める美人さんなんだから、自信を持って」
「ほ、ほんと……?」「しょうさんってなんだ?」
私に褒められて気持ちを持ち直したのか、マオは胸元を隠すのをやめて、笑みを浮かべる。
……レウスは、称賛の意味が理解できなかったようだ。まあ、12歳じゃ聞き馴染みない言葉だったか。
「……じゃぁ、ジュンくんもわたしのこと、キレイだとおもってるの?」
「ああ、綺麗だよ」
「……やったっ」
拳を小さく握りしめて、ガッツポーズをするマオを尻目に、私はレウスに称賛の意味を教える。
「んー、みんなからリスペクトされないなら、よくないな!オレがめざしているのは、でんせつのえいゆうだからな!よし、いじわるはやめるぞ!」
「その意気だぞ、レウス」
にかっと笑みを浮かべる彼に同意するように私も微笑みを返す。
こうして、穏やかな朝のひと時が過ぎていった。
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