第六章 宇宙最強のジャンク艦ができあがるとき、人はなぜか泣きそうになる
地下格納庫に運び込まれた廃材の山を見た瞬間、僕はひとことだけつぶやいた。
「……これ、艦じゃなくて"資源ゴミ"ですよね?」
鉄板は曲がり、配線はねじれ、外観の半分は赤茶けている。
触ったら破傷風になる未来まで予感できる。
オーボシはそんな現実を前にして、真顔で言った。
「これで造るんだ。戦艦を」
「オーボシさん、無理って言葉知ってます?」
「知らん」
こう断言されると、むしろ頼もしく見えてくる自分が嫌だ。
材料を広げた瞬間、四十七人は勝手に分散し、勝手に作業を始めた。
ヴァルゴが溶接機を手に取る。
「鋼よ、宇宙の焔によりて結ばれよォォ!」
火花が詩のテンションに比例して激しく散る。
──危険だ。
「ピギャフシャァァ!!」
リューネが配線の束に潜り込んだ。
どこをどう直しているのか誰も理解していないが、確実に直っている。
「……これ……硬い……使える……」
サレが半分寝た状態で、神がかり的に有能な部材だけを拾い集める。
眠いほうが判断力が上がるなんて、聞いたことがない。
「皆さま、危険な箇所は私が持ち上げますので……!」
トウマが礼儀正しく、巨大なブロックを軽々と運んでいく。
主機の担当者は、設計図を見ないで気分で組み上げていく。
他にも、壊れた天才たちは大勢いる。
歌いながら板金を叩く整形担当。
冷却材を“飲み物”と誤認する熱管理担当(要監視)。
通路を迷いながらなぜか正しい場所に部品を届ける搬送担当。
──彼らは本当に統率が取れていない。
なのに不思議と、組み上がる部品に無駄がない。
まるで、個々が"壊れた義務感"の羅針盤に従って動いているようだった。
そんな混沌の真ん中で、僕だけが走り回っていた。
「ヴァルゴ、その火花は燃料タンクに向けないで!!」
「リューネ、それ配線じゃなくて僕の足だから!」
「サレ、寝ないで! いや寝てていいけど手だけ動かして!」
「トウマ、その鉄板、人じゃなくて壁を持ち上げて!!」
混乱を制御しているはずなのに、逆に混乱の中心にいる気がしてくる。
けれど、誰も僕に反発しない。
言えば動いてくれる。
怒ったりもしない。
(……何だろうこれ。居心地が悪くない)
技術局にいたころには、誰にも頼られなかった僕が、いまは四十七人の中心に立っている。
うまくいっているのは、僕が優秀だからじゃない。
たぶん──僕の“平均的さ”“適度な弱さ”が、この人たちと相性がいいのだ。
壊れている者は、完璧より平均値に安心するのかもしれない。
艦体が形になり始めた頃、四十七人がざわざわと騒ぎ出した。
「艦に名を……名を与えるべきだ……!」
ヴァルゴが溶接マスクを上げ、詩人の顔で言う。
「殿の魂に連なる、義の象徴を……!」
「儀式の前に、まず理由を聞いていい?」
僕は慎重に尋ねた。
トウマが丁寧に説明してくれる。
「わたくしたちは、殿に仕える者として、ただ戦うだけではなく、“意味”を求める習性がございまして……」
意味が必要なのは人間だけじゃないのか。
兵士にも“意味”がいるんだ。
オーボシは壁にもたれながら、静かに言った。
「宇宙戦艦〈義星〉。それがいい」
一瞬の沈黙。
その瞬間──倉庫の空気が変わった。
四十七人が一斉に背筋を伸ばす。
ヴァルゴが胸に拳を当てる。
「星の義……殿の名誉を照らす灯……!」
声が震えている。
リューネが「ピギャァァ……」と、いつもより低く、長く鳴く。
サレが目を開けた。
「……いい……名前……」
眠気が吹き飛んだように見える。
トウマが深々と頭を下げる。
「誠に……誠に高潔なお名前です……!」
オーボシが僕の方を向く。
「ユウマ。お前もそれでいいか?」
「……はい。強そうですし、何より……みんなが気に入ってるなら。ただ……〈ギセイ〉って縁起悪くないですか?」
オーボシは珍しく微笑んだ。
微笑んだように“見えた”。
結局、艦名は〈ヤマガ・リュウ〉に決まった。
オーボシはしばらく倉庫の陰でうずくまっていた。
日を追うごとに、〈ヤマガ・リュウ〉は姿を現していった。
ジャンク素材の寄せ集め。
継ぎ接ぎだらけの外装。
統一感のない色合い。
それなのに──堂々としている。
四十七人が息を合わせるわけでもない。
指示系統が明確なわけでもない。
少しずつ、少しずつ、形になっていく。
バラバラだった線が、気づけば一本の流れを作っていた。
それを見上げながら、僕はふと思う。
(……この船、強いかどうか分からない)
(でも、絶対に"折れない"気がする)
僕の中に、ささやかな確信が生まれていた。
作業が一段落した頃、オーボシが僕の隣に立った。
「ユウマ。……よくやった」
「まだ終わってないですよ」
「いや、お前のおかげで皆が動いた。その事実は大きい」
オーボシは滅多に褒めない。
その彼が言うと、心臓が少しだけ熱くなる。
「殿は、お前のような者を好いた。理由が分かった気がする」
「え、僕……総督に好かれてたんですか?」
「当然だ」
当然、らしい。
「殿は、完璧な者より──不完全だが諦めない者を好んだ」
オーボシは〈ヤマガ・リュウ〉を見上げる。
「この船も、お前も、我らも──みな不完全だ。だが、折れない」
その言葉は、静かだが──確信に満ちていた。
ついに──〈ヤマガ・リュウ〉が完成した。
溶接痕は雑。
外装はところどころ剥げている。
内部配線はリューネしか理解できない。
主砲はヴァルゴの"詩のテンション"に左右される。
完璧からは程遠い。
それでも──美しかった。
四十七人が、誇り高くその船を見上げている。
誰も声を発さない。
ただ、静かに見つめている。
オーボシがゆっくりと、その名を口にした。
「〈ヤマガ・リュウ〉──」
彼の声も、いつもより柔らかかった。
「出航の準備を始める」
胸に、温かいものが灯った。
怖い。
でも、前に進める気がした。
(……行くんだな)
戦いが待っている。
そして、その戦いには──僕も含まれている。
その事実が、ようやく腹に落ちた。




