第五章 英雄四十七人が目覚めたら、だいたいどこか壊れていた
アコウ・リングへ戻ると、空気が変わっていた。
変わったというより“息を潜めている”感じだ。
通路には中央庁の監視ドローンが漂い、住民たちは声を潜めて歩き、いつも文句を言いながら走り回る子どもたちの姿すら見当たらない。
(……嫌な空気だな)
帰り着いたはずの場所が、帰り着けない場所に変わっている。そんな胸のざわつきが、自分でも驚くほど大きくなっていた。
オーボシは無言のまま地下倉庫へ案内した。
歩調はいつもと同じだが、肩のラインだけ少し硬い。
彼の平常心は“鉄”みたいに硬いが、いまはその鉄にひびが入っているように見えた。
大きな倉庫に入ると、青白い光が規則的に瞬いていた。
四十七基の冷凍ポッドが整然と並んでいる。
取り戻した、と言うべきなのか。
あるいは、ただ“持ってきてしまった”だけなのか。
僕にはまだ判断がつかなかった。
オーボシはその一つに手を置き、押し殺したような声で言った。
「……これで全員だ」
その言葉には、安堵と焦りと不安が混ざっていた。
「ユウマ。目覚めさせるぞ」
僕は深く頷いた。
実際には頷く以外の選択肢がなかった。
一人目:スオウ・カゲロウ (格闘士/脳内カラカラ)
ポッドの蓋がゆっくり持ち上がる。
白い蒸気の向こうに、筋肉だるまのような男が現れた。
“歴戦の戦士”と呼ぶにふさわしい体だが、開口一番の言葉はそれを全力で裏切った。
「……すい……みず……どこ……?」
声が完全に乾いている。
格闘士というより──修行僧をこじらせた脱水症状の人だ。
「カゲロウ、分かるか」
オーボシが声をかけるが、カゲロウはまぶたを重く動かしてこちらを見た後──意識が遠のいたのか、ぐらりと倒れかけた。
ただし。
倒れながら片足で医療台を蹴り返し、体勢を立て直す。
(……反射神経だけは一流だな)
二人目:ヴァルゴ・ポーロ(重火器担当/詩人化)
次に目覚めたヴァルゴは、深い息を吸い込んでから、いきなり朗読を始めた。
オーボシが「状況を理解しているか?」と問うと、ヴァルゴは天を仰いだ。
「殿の名誉──我が胸に宿りて燃え立つ……!」
(……質問に答えてない)
オーボシのこめかみに血管が浮き出た。
詩的だが、要点は全然掴んでいない。
三人目:リューネ・チューネ(通信士/機械語化)
冷気が抜けた瞬間、リューネは体を起こし、なぜか周囲の空気に手を伸ばしてこう叫んだ。
「ピギャッ!! ギョギョギョ!!」
翻訳機能はどこにもない。
それなのに──感情だけは妙に伝わってくる。
「……なんとなく、焦ってる気がします」
オーボシが真顔で聞いた。
「分かるのか?」
「いえ。分かった気がするだけです」
「……そうか」
オーボシは何かを諦めたように頷いた。
4人目:サレ・サーティー(狙撃手/眠気スナイパー)
ポッドが開くなり、サレは大きなあくびをした。
そのまま習慣のように狙撃スコープを手に取り、覗き込む。
三秒後──
「……ね、眠……」
スコープがゆっくり傾いた。
(スコープを見ると眠くなる狙撃手……)
オーボシが深くため息をついた。
「……戦えるのか、これは」
言いたい気持ちは、痛いほど分かる。
その他の面々
・丁寧語しか話せなくなった格闘家トウマ
・すぐ迷子になるパイロット
・氷がないと不安になる冷凍依存者
・歌い出すと止まらない兵士
・戦場の記憶だけ80%ぐらい強制再生され続けている兵士
目覚めれば目覚めるほど、倉庫の空気が混沌としていく。
「誠に申し訳ございません……!」
──トウマが謝罪しながら格闘ポーズを取った。
「あれ……ここ、どこだっけ?」
──パイロットが自分のポッドの隣で迷子になっている。
「氷……氷はどこだ……!」
──冷凍依存者が冷凍庫を探して走り回る。
しかし──
その"壊れた強さ"の奥には、確かに忠義があった。
それだけは、全員からはっきり感じられた。
オーボシは四十七人をゆっくり眺め、固い声で言った。
「……本来、彼らはもっと強かった」
オーボシの声は、過去に取り残された誇りの欠片みたいに聞こえた。
僕は思わず言っていた。
「強さって、変わりますよね。でも──"残ってる部分"が強ければ、戦える気がします」
自分で言っておきながら、それが慰めなのか本音なのか分からなかった。
けれど、オーボシはふっと息をついた。
「……そうかもしれん」
彼が力を抜いた声を出すのを、僕は初めて聞いた。
いつの間にか、戦士たちが僕の周囲に集まっていた。
「ユウマ殿、こちらの部品は……」
「ピギャ!(=これは?)」
「……眠い……やること教えて……」
なんで僕のところへ?
オーボシは横で腕を組みながら言った。
「お前は誰にでも声を届かせる。嫌われないし、怒られないし、諦めさせない」
「それ褒めてます?」
「褒めている」
オーボシが言うと、妙に説得力がある。
無表情なのに、確信に満ちている。
オーボシは四十七人の前に立ち、声を張った。
「聞け! 殿は中央庁の策略により失脚した。我らの忠義はここで終わらない!」
ヴァルゴは胸を叩きながら叫ぶ。
「終わらぬ! 宇宙の果てまでも炎は燃え立つ!」
トウマは深い礼をした。
「誠心誠意、尽力いたします……!」
リューネは「ピギャァァ!!」と叫び
サレは「……がんばる……」とあくびしたまま頷いた。
方向性は完全にバラバラだ。
詩人、丁寧語、機械語、眠気──
それなのに。
その散乱した声が、一つの"意志"として胸に刺さった。
オーボシは静かに締めくくる。
「形はどうあれ、忠義は凍らない。我らは再び立つ──殿のために」
四十七人が、それぞれの方式で応えた。
不思議な統一感があった。
上階の警報が鳴る。
《中央庁艦隊、リング外周に展開。全住民は退避区域へ――》
胸がざわついた。
僕はオーボシを見る。
「……始まっちゃいましたね」
「始まった。ここから先は、お前の力が要る」
四十七人の視線が、僕に集まる。
期待と不安と眠気と詩的表現が混じった四十七の視線。
逃げられないな、と僕は思った。
「やりますよ。みんなを"戦える形"にします」
「任せた」
オーボシの言葉は短い。
それなのに、重力が増した気がした。
四十七人の視線が、まだ僕に注がれている。
期待、不安、眠気、詩的表現──全部が混じった視線。
でも──
その重さは、嫌じゃなかった。
むしろ、背中を押されている気がした。




