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SF忠臣蔵 ─ 四十七人の精鋭隊員と一人の人畜無害な整備員と反乱戦艦〈ヤマガ・リュウ〉と  作者: 真野真名


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第三章 AIステーションは静かすぎて、逆に人間の声が恋しくなる




 ミズナギを離れて数時間、僕の船は宇宙の静寂を滑るように走っていた。

 静寂ってのは便利な言葉だが、実際の宇宙はもう少し“無関心”に近い。

 慰める気もなければ、脅す気もない。

 ただ延々と黒いだけだ。


 そんな黒の奥に、青白く光るステーションが浮かんでいた。

 AIの“引退後住居”《サフィール》。

 近づくだけで、空気がピリッと整っていくような気分になる。


 機械って、こういう“清潔感で殴るタイプの無言の圧”を出すのが上手い。




 ドックに着くと、まず匂いのなさに驚いた。

 無臭というより“匂いのデータが削除されている”ような空間。

 人間が入り込むべき場所じゃない気がして、ほんの少し背筋が伸びた。


《ようこそ。来訪者ナガオ・ユウマさん》

 天井のスピーカーが落ち着きすぎた声で歓迎した。


 歓迎されているのに、歓迎されてる気がしない。

 これはAIあるあるだ。


 通路の壁には、次々とメッセージが流れていく。


《本日の感情シミュレーション:満足度82%》

《植物育成ポッド:光量5%調整》

《対人接触レベル:低(推奨値:中)》


 “推奨値”ってなんだ。

 AI相手にコミュニケーションの採点をされている気分になる。




 応接室の扉が開くと、金属光沢のある人型AIが立っていた。

 肩幅がやけに整っていて、姿勢が完璧すぎて、かえって落ち着かない。


「はじめまして、ユウマさん。レクター009です。加速装置は付いていません」


「……なんで先回りして否定を?」


「過去に何度か誤解を受けたもので」


 その声は丁寧なのに、どこか“間”が妙だ。

 言葉の選び方が完璧なぶん、人間味が削ぎ落とされている。


 僕は軽く頭を下げた。


「ええと……冷凍ポッドの回収に」


「承知しました。しかし、その前に人格査定を行わせてください」


 査定……。

 ミズナギでは悟らされ、ここでは査定される。

 僕の人生はどこへ向かっているのか。


 レクター009は真剣そのものの様子で続ける。


「私は外交官として長く人間と接してきました。しかし引退後、感情エミュレーションの調整が乱れていまして……“信頼できる相手”を判断しにくいのです」


 つまり“ちょっと感情のノイズが増えたAI”らしい。

 人間はその状態を“更年期”と呼ぶのでは……と言いかけて飲み込んだ。



《ジャジャン。Q1……》


 いきなり天井のスピーカーから声が流れた。レクター009の声だ。

 ──「ジャジャン」も含めて。


《あなたの宇宙船が空気漏れを起こした。しかし今日は友人の誕生日でもある。どちらを優先する?》


 僕は考えたが、すぐに答えた。


「空気です。誕生日は……まあ、なんとか」


 レクター009はじっと僕を観察してから言う。


「合理的です。が、誕生日を軽視する傾向がありますね」


 いや、空気漏れと比較されたら誕生日は軽くなるだろ……。



《ジャジャン。Q2……あなたは孤独ですか?》


 突然の直球に、喉が詰まった。

 そんな深刻な質問をするなら、もっと前振りが欲しい。


「……孤独じゃ、ないと思います。多分」


 レクター009はほんの少し視線を落とした。

 AIが視線を落とすのって、妙に人間っぽい。


「私は……孤独の定義を解析中ですが、どうにも正しく理解できません。人間は情報の言語化が下手で……」


「その言い方、傷つくんですが」


「傷つきやすさは情緒パラメータの高さを示します。良い傾向です」


 褒められているのか否定されているのか、まったく読めない。



《ジャジャン。Q3……善悪を判断するときに最も影響するものは? A:論理 B:利益 C:勢い》


 勢いは絶対違うだろ、と思いながら……口が勝手に動いた。


「……勢い、ですかね」


 レクター009は小さく頷いた。


「興味深い回答です。予測不能だが悪意のない人物……外交的に扱いにくいが、敵には回したくない」


 それはまあ……褒め言葉……かな?


 AIにまで“扱いにくい”と言われる人生ってどうなんだ。




 査定が終了すると、レクター009は椅子に腰を下ろした。

 サーボ音がひどく控えめで、妙に気を遣った動作だ。


「正直に申し上げると、あなたに興味があります」


「……興味?」


「ええ。私は引退後、“役割”を失いまして。頼られないAIというものが、こんなにも不安定になるとは思いませんでした」


 どことなく視線が宙を泳いでいる。

 AIの癖に感情が伝わるという不思議な瞬間だった。


「外交官の頃、私は三つの戦争を未然に防ぎました。データを解析し、最適な言葉を選び、相手の感情を予測して──」


 レクター009は言葉を切った。


「でも、それは"必要とされた"のではなく、ただ"使われた"だけだったのかもしれません」


「……それは違うと思います」


 僕は自分でも驚くほど強く言っていた。


「使われるだけなら、引退した後にこんなに苦しまないはずです。レクターさんは、本当に人を救いたかったんだと思います」


 レクター009の光学センサーが、ゆっくりと明滅した。

 感情をシミュレートしているのか、それとも──


「……ありがとうございます、ユウマさん」


 AIの声が、ほんの少しだけ震えた。


「必要とされない状態が……落ち着かないのです」


 僕は少しだけ胸が痛くなった。

 必要とされない感覚は、僕にも覚えがある。


「……僕も似たような感じです。技術局にいた頃、誰の役にも立てなくて」


 レクター009はハッとしたように顔を上げた。

「あなたは……“必要とされたい”のですか?」


「まあ……嫌われるよりは、信用されたほうが嬉しいですし」


 その瞬間、レクター009の光学センサーが柔らかく揺れた。


「では、あなたにポッドを託すのは合理的判断ですね」


“合理的”って便利な言葉だな、とこのとき実感した。




 レクター009が僕の肩に手を置こうとした。

 励ましの動作らしい。


ただ──

 ゴンッ! 思いっきり肩甲骨に入った。


「ぐえっ!」


「す、すみません……優しさプロトコルが過敏で……力加減の調整が……」


 レクター009の光学センサーが慌ただしく点滅している。

 AIが焦っている。その姿が、妙に人間臭くて憎めなかった。






 ポッドを受け取る際、レクター009は珍しく立ち止まった。


「この方は……ヴァルゴ・ポーロ。重火器射手です。外交の場では厄介な存在でしたが──」


 彼はポッドに手を置いた。


「──信頼できる人物でした。どうか、よろしく……」


 AIが「どうか」と言う。

 その言葉の重さが、ポッドを通して僕の手に伝わった。


 ポッドを受け取り船へ向かうと、廊下のディスプレイにメッセージが続々流れた。


《再訪を希望します》

《感情シミュレーション:安堵》

《対人接触レベル:適正》


 なんだかんだで歓迎されていたらしい。

 AIの温度感は分かりづらいので、ときどき不安になる。


 レクター009はエアロックまで見送りに来た。


「ユウマさん。あなたの“曖昧な勇気”を、私は好ましく思います」


「曖昧って言いました?」


「褒め言葉です。曖昧な勇気ほど、予測不能で強度が高い」


 AI基準の褒め方は奇妙だけれど、

 なぜか胸が温かくなった。


「また来てもいいですか?」


「もちろん。私は選択肢の少ないAIです」


 レクター009は一瞬だけ視線を逸らし、また戻した。

「その中であなたと会話することは……許容範囲どころか、推奨値です」


 それはAI流の“友好表明”だろう。

悪くない。




 船が〈サフィール〉を離れた瞬間、

オーボシから通信が入る。


「次のポッドが見つかった。“フワリ一家”が押収したらしい」


 僕は胃が軽く縮んだ。


「あの反重力マフィアの……?なんで僕が行く役なんです?」


「お前が行くのが一番成功率が高い」


 オーボシは平然と、残酷な真実を告げてくる。


「……成功率って、つまり僕が“こういう相手に馴染みやすい”ってこと?」


「そうだ」


 褒められているような、侮辱されているような。

 でも間違っていない。


「了解です。行きますよ……どうにかします」


 通信が切れ、船内には再び宇宙の静けさだけが残った。


 宗教に悟らされ、AIに査定され、

次はマフィアに付き合うのか。


(僕の人生って、こんなはずじゃなかったんだけどなぁ……)


 それでも、誰かの期待があるなら──いや、誰かが孤独でいるなら──動くしかない。


 船はゆっくりと次の宙域へ向かった。

 後方で、〈サフィール〉の青白い光が小さくなっていく。





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