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山の上の住処③

 それから二人は、私がいた世界のことについて話し始めた。

 こっちには、電車や飛行機のような乗り物はないようで、少年は飛行機の話を聞いて目を輝かせた。

「空を飛ぶ乗り物ねえ。鳥を大きくしたようなものなのかな? ものすごい風を起こす翼がついているってこと?」

「ううん、翼は動かない。どういう原理で飛んでるのかまでは知らないよ、僕は地上から見ていただけだから。でも、百人くらいの人を一度に乗せることができるみたいなんだ」

「それは、すごいな」

 百人以上乗るんじゃないかとも思ったけど、残念ながら私も飛行機のことはよく知らない。

「ここでは、みんなどうやって移動するの?」

「以前は、歩いたり、馬に乗ったり、もしくは馬車を使うのが一般的だった。でもここ十数年で、車やバスも、だいぶ使われるようになってきたな」

 この世界を走るバスや車を思い浮かべようとしたけど、ここにいたままでは、どんな道が通っているのかすら知りようのないことに気がついた。

「ここにあって私のいる世界にない物って、なにがあるのかな?」

 サリリはちょっと考えた。

「山が……」

「山、あったでしょう?」

「あったけど、でも、ちょっと違うんだよね」

 少年が口を挟む。

「サリリの言うことはわかりにくいかもしれないけれど、ここではね、人々は山に守られているけれど、また、山の気まぐれによっていつも振り回されてもいるんだ。

 例えば、山のおかげで、水や食べ物、着る物に使う繊維とか、家を建てるための木が得られる。誰もが、人並みに作業していれば生活には困らない。でも、山の気まぐれで、いつももらえているものが突然もらえなくなることもある」

「私のいた世界でも同じだったかも。異常気象だとか、災害だとか。だから、昔の人は狩りをしたりどんぐりを拾ったりして生きてたけど、山が気まぐれを起こしたときも生活に困らないように、農業をしたり、蓄えたり、色々するようになったんでしょう?」

「ここでもある程度そういうことはしているけど、それだけでは足りないんだ」

「じゃあ、どうするの、山の気まぐれに振り回されてるの?」

 二人は顔を見合わせた。

「ここに人がいれば、山はおかしなことはしないんだよ、とりあえずは」

 二人は立ち上がると、それぞれの部屋に帰る素振りを見せた。私も物分かりのいいふりをして、今はそれ以上聞かないことにした。

「あ、ほかにもあった、こっちになくて向こうにあったもの」

 サリリが急に立ち止まった。

「お母さんとお父さん。ほんの少しの間だったし、たぶん僕がこっちに戻っちゃったから、もう僕のことも忘れていると思うけど、でも、僕にはお母さんとお父さんがいた。部屋が散らかってると怒られて、暗いところで本を読んでたら怒られて。短い間だったけど、お前がいてよかったよ、いてくれるだけですごく幸せなんだからって何回も言われたよ。とってもうれしかったけど、なんだかだましているみたいで申し訳なかったな」

 サリリはにっと笑うと、「おやすみ」と言って自分の部屋へと去っていった。

 ベッドにもぐりこみながら、もしかするとその夫婦は、ほんの一時でもいいから子供が欲しいと思って、その思いが巡り巡ってサリリを向こうの世界に連れて行ってしまったのかもしれないと、そんなことを考えた。

 サリリがいなくなってしまって、サリリがいたことも忘れてしまって、その夫婦がサリリと過ごした時間はどこへ行ってしまったのだろう。


 ここでは、陽が昇ってくるのがほかの場所よりちょっと遅いみたいだ。

 太陽が昇ってくる方向にここよりもちょっと高い山があって、あたりがそれなりに明るくなってからでないと、太陽は姿を現さない。姿を現した太陽は、出たばかりのオレンジ色ではなくて、もう白っぽくなってしまっている。羽化したての白いセミを見ようとしても、いくら探しても色が変わったセミしか見つけられないような、なんだかなあという気になる。向こうにいた、「天野君」だったサリリが、やけに朝日について気にしていたことを思い出す。

 ここでは、例の樹だけは私たちよりも背が高いしそれなりに葉がふさふさと茂っているけれど、それ以外には、私の腰丈にも満たない灌木が生えているくらいだ。だから、日当たりと見晴らしはすごくいい。

 太陽がすっかり上ると、三人とも、外に出ながらなんとなくその辺で暖まる。

 ずっと下のほうに見える川には橋もないようだし、ここから見える範囲には、村どころか家らしきものも全然見えない。

 どうやって食料を調達するのかを、もう一度聞いてみる。話をまとめると、どうやら特別な倉庫があって、そこが空になると、食糧がいつの間にか補充されているらしい。ワシが空から運んでくる、とでも言ってもらったほうがまだ信じられそうだった。とは言いながらも、ここに馴染んでいくうちに、ここではそういうこともあるのかなと、ひとまず受け入れてみるようになりつつある。

「こっちの世界では、そういうの、普通なの?」

「まあ、ここはちょっと変わった場所なんだよね」

 少年は涼しい顔でごまかす。詳しく説明するつもりはなさそうだった。

 山の上は空気が薄いからか、夜は星がものすごくよく見える。寒いので、あまり長い間外にいられないけど、冷えてきたらその都度部屋の中で暖まってはこりずに外へ出る、そんなことを一人繰り返していたら、二人に笑われた。彼らには、星が珍しいということがよくわからないのだ。

「だって、向こうでは、空を見てもこんなに星が見えなかったでしょう?」

 サリリに同意を求めても、

「僕、夜は本や漫画を読むのに忙しくて、あんまり空は見なかったかも」

 などと言われてしまった。

 二人がさっさと寝てしまったので、一人で毛布にくるまって星を見ていたら、樹の声がした。

「少しは慣れてきたかしら?」

 樹の声の響きかたは独特なので、突然話しかけられると、まだちょっと驚いてしまう。慣れた振りをして樹を見上げ、頷いた。

「サリリからここの話を聞いて、あなたに会ってみたいなと思ってました」

「まあ、私に会いたいと思ってくれてたの。うれしいわ」

 この樹に会いたかったというより、単に話をする樹を見てみたかったのかもしれない。でも、私は新しい環境に慣れるのが早いのか、樹と接するのが普通になってしまっている気がする。もはや普通に最近知り合った大人の一人くらいにしか思っていないのかもしれない。

 私はここに来たかったのだろうか。サリリ――私の中で、まだ天野君だった彼の話を聞いて、彼が幼少のころ過ごした場所へ行ってみたいと思ったのは確かだった。とは言っても、思わず来てしまうくらい強く願っていたかどうかは、なんとも言えないけれど。

 やっぱりこれは夢なのか。もしかすると、池に飛び込んだあと、運悪く頭を打つかなんかして気絶して、私は病院で寝ながら夢をみているのかもしれない、そう言われても特に驚かないかもしれない。

「あなたのような若い人には退屈なんじゃない?」

「あの人、昔旅人だったあの少年にとっては、退屈ではないんでしょうか?」

「ええ、あの人はもう十分いろんなことをしてきたから、大丈夫よ。今は毎日、本を書いたり絵を描いたり、楽しくやっているわ。確かに見た目はずいぶん若くなったけど、私から見れば、あなたやサリリよりも断然落ち着いているわ」

「私、そんなに落ち着きがないですか?」

 樹がくすくす笑うのが感じられた。

「サリリがここに来る前にも、ここには誰かいたんですか?」

「いいえ。ここはあの子のために作られた場所だから」

「サリリは、なんていうか、……なんなんですか?」

「あの子からは、なにか訊いてるかしら?」

「特には」

「じゃあ、サリリに訊いてみたら」

 樹はすました様子で言った。

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