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山の上の住処②

 樹には、つやつやした赤い実がなっている。りんごを少し小さくして、より赤みを増したような実だ。サリリは私の視線に気づいたのか、

「それ、食べないでね」

 と言う。

「食べると、こうなっちゃうから」

 後ろから声がして、振り向くと、さっきの少年がいる。

「この人が、旅人のおじさんなんだ」

 なにを言われているのかよくわからなくて、無言のままでいると、

「これだともう、おじさんって呼べないよね」

「もはや、自分がおじさんだったことを忘れつつあるよ」

 彼らの会話に違和感を覚えながら、やっとの思いで、「さっきのお茶は……」と訊く。

「あれはただの薬草茶だよ。山の上は空気が薄いから、頭痛を和らげるためのお茶を出したんだ」

 とりあえず、噓は言われていないと思う、そう信じることにする。

 一人になって、もう一度ゆっくり考えてみる。放課後の図書室でサリリから話を聞いたのは、もうずっと前のことのように思える。

 当時は、想像の話でもしているのだろうと思っていた部分があったけど、よくよく考えてみると、なんだかけっこうすごいことを言っていなかったか。

 人間が小鳥を籠に閉じ込めて飼うように、山は、人間を自分の手元に置いておきたがる。この樹は、言い方は悪いけれどもサリリを生かさず殺さずここに居続けるように監視しているような役割だとか言っていたような……。

 一見のどかで平和に見えはするけれど、逃げたくなることはないのだろうか。まあ、少年にしてみれば、もう外を歩き回るのも疲れたから、こういう景色のいいところでのんびりできるほうが幸せで、自分が必要としているものがあるから特に困りはしないのかもしれないけれど。なんだか気味が悪くはある。


 山のてっぺんは、そこまで広くはない。近所にある公園よりは広いけど、学校の校庭よりは断然狭い。そこに、土壁の家が二軒建っていて、家のそばには樹が一本だけ生えている。庭のような野原のようなものが広がっているけれど、植物はあまり生えていない。

 特に柵のようなものは見当たらないけれど、崖の下を流れる川を見ると、端へ近づきたい気は起きない。

 川の向こうにはいくつも山が重なって、どこまでも続いている。

 町のような、たくさん家や畑があって大勢の人が暮らしている景色は、ここから視界に入る範囲にはなさそうだった。


 夜になると、焚火を囲みながらご飯を食べて、三人で話をする。

 二人はそれなりに打ち解けているように見える。

 少年は、「料理なんて久しぶりだよ」と言いながら、楽しそうに準備していた。

「いつもはなにをたべてるの?」

「あの木の実だよ」

「食べちゃいけないんじゃなかったの?」

「僕はいいんだよ」

「なんで私はだめなの?」

「帰れなくなってもいいの?」

 それってあの実を食べると若返るってことなの? と訊こうとしたけど、訊くのがためらわれる。彼はなにごともなかったかのように、準備を続ける。

 夕食は、乾燥した野菜と芋を細かく刻んで、弱火でじっくり煮たスープだった。豆や雑穀も入っていて、つぶつぶしている。食べたことのないスパイスの味が効いていて、塩加減もちょうどいい。ありあわせのものを自分で組み合わせるうちに、ちょうどいい匙加減を見つけたような、そんな料理だ。

「おいしいものは、町に行ったときに食べてきておくれ」

 少年はそう言ったけど、私にとっては、これも十分おいしい。

「どうやって食材を手に入れるの? 山の下まで買い出しに行くの?」

 道もろくにわからない、何日歩けば町にたどり着くのかわからないような、そんな風景を、歩荷しながら少年が延々と歩く情景が思い浮かぶ。

「ここには、保存食がたくさんあるんだ」

 うまくはぐらかせれているような気がしながらも、なんとなくそれ以上は訊かなかった。

「そういえば、サリリはどうやって、私たちの……あの学校のある世界に来たの? やっぱり池に飛び込んだの?」

「実は僕にもよくわからないんだ。旅人の石の影響だとは思うんだけど、でも彼が石を持っていたときには、そんなことは起こらなかったって言うし。

 あれはね、すごい夕焼けを見ているときに、知らない間に起こっていたんだ。夕焼けに見とれているうちに、なんだか自分が、いつもと違う世界にいるような気がしてきて。まあ、それまでにもそんな気がすることはよくあったけど、そのときは、本当にそうなっちゃってたんだよね。もしかすると、まだ僕も知らない旅人の石の作用なのかも。

 日が沈んで、ちょっと目がしばしばしたから何回か瞬きしてたら、『ごはんできたわよ』って声がしたんだ。僕は旅の途中で、野原で夕日を見ていたはずなのに、誰がそんなことを言うんだろうって思ってたら、もうそのときには有泉さんたちの世界にいたんだよね。

 僕はベランダにいて、星を見ている天野君という少年になっていたんだ。お母さんだという人に、『ご飯が冷めちゃうから、早く降りて来なさい』って言われて、何が起きたのかよくわからなかったんだけど、旅人の石が働いたのか、言葉もすっかり理解できていた。自分が置かれている状況も知っていた。この世界では、子供が旅人として一人で行動することはないから、子供のいない家庭に、一時的にその家の子供として紛れ込むことになったようだった。あまり家族がたくさんいると、いくら石が助けてくれるとはいえ、気をつけないといけないことが多くて大変になるからね」

 サリリは一気に話すと、ようやく一息ついた。

「そんなことまで石が手配してくれるの? そもそも、こっちでは、旅人ってどういうものなの? スパイかなにかなの?」

「スパイだなんて、そんな。前にもちょっと話した気がするけど、こっちでは、向こうほど公共交通機関とかが発達してないから、いろいろな国の情報を伝えるのが旅人の役目になってるんだ。あくまで普通に暮らしている人たちのために、ちょこまか役に立ってる程度だよ」

 まだよくわかりきってはいないけれど、今全部わかろうとするのも無理があるので、とりあえず、そんなもんかと思うことにする。

「そうして僕は、次の日から学校へ通うようになった。転校生っていう役割にしてもらってよかったよ。何かあったら、転校してきたばかりだからわからないって言えばいいからね。

 初めてのことだらけで面白かったな。でも、あまりはしゃいでいる暇はなくて、石から、『ここは特殊な場所だから、あまり長いこといられないってそれとなく知らされて、そうこうしているうちに腕輪が壊れて、有泉さんに直してもらって……」

 今は私の腕にはまっている腕輪を見る。

「そして、私が腕輪をはめちゃったから、私も一緒にここに来ちゃったの?」

「アリを持ち主と勘違いしたのかもね」

 少年が口をはさむ。

「そんなに簡単に間違えるの?」

「普通、持ち主は、石をしっかり隠し持って他人に見せたり触らせたりしないんだ。石が持ち主以外の人に触れられることはまずないと言っていい。だから、石にしてみれば、自分を持っているのがサリリだろうがアリだろうが、区別できないんだろう」

「じゃあ、僕は一緒について来られてラッキーだったんだね」

 少年はあきれた様子でサリリを見た。

「僕の見たところ、石は、アリに対しては力を出し切れないんじゃないかな。例えば、君はこれが読めるかい?」

 少年は、ポシェットから冊子を取り出す。文字のようなものが書いてあるけれど、まるで識別できる気がしない。首を横にふると、少年は「やっぱりね」と言った。

「旅人の石の特徴の一つに、持ち主はその地域で使われている言語を使えるようになるというのがあるんだ。君は言葉を聞き取ったり話したりすることはできてるけど、読み書きまではできない、つまり、力の効きかたが不十分なんだ。

 ほかにも普通なら働くはずの力が働かない可能性が高い、つまり危険が大きいってことになる。この山から離れるときには、本来の持ち主のサリリと一緒に行動したほうがいいだろうね」

 山の外がどうなっているのか知らないけど、いずれにしても、一人で行動する気はなかった。

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