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山の上の住処①

 誰かの声がすると思ったときには、もう目が覚めていたのだろうか。

 家族の中ではいつも私が一番早く起きるので、起きたときに人の声が聞こえていて変な感じがする。ここは夢の中なのか、もしくは珍しく寝坊でもしたのか。

 いつもとなにかが違う気がした。目を閉じたままでいると、体が震えていることに気づく。どうもここは涼しすぎる、むしろ寒いと言ってもいい。とても七月の気候とは思えない。

 布団のカバーもいつもと違っている。私の布団カバーは、もっと生地が薄い。だけど今、私に覆いかぶさっている布は、明らかにごわごわしている。綿ではなくて、動物の毛で編まれたもののような肌触りだ。

 さすがにこれはと思って目を開けると、見たことのない天井が目に飛び込んできた。そこには見慣れた平らな面ではなくて、屋根を支える三角錐の骨組みがあった。茅葺きのように、植物の茎が並べられている。地理の教科書でこんなのを見たことはあったかもしれないけれど、実際にこんな家を見るのは初めてだ。

 ベッドから出ると、着ている服も変わってしまっている。私が着ているのはワンピースのような服で、歴史の教科書で見た、昔の人が着ていた服を思わせるものになっている。ちょっと疲れた植物のような緑色で、比較的ごわごわした布でできている。

 ひとまず話し声のする方へと向かう。声の主たちは外にいるようだ。

近づくにつれて、そのうち一人の声は天野君のものだとわかった。天野君も私と同じような服を着ていた。

 けっこう静かに歩いたつもりだったけど、向こうを向いていた天野君が、突然振り返って私を見た。目が合うと、にっこり笑った。着ている服もいる場所も全然違うけど、あの放課後の図書室で一緒にいた人と同じ人だった。

 気配を察したのか、もう一人の人もこちらを見た。私たちと同じ年頃の男の子だ。なんだか変わった印象を受けるなと思ってまじまじと見ていると、ちょっと見たことがないくらい澄んだ目をしていることに気がついた。

 二人の近くへ行き、ちょうどよいところにある切り株に座る。

 二人は話すのを止める。とりあえず近くに座って、景色を眺める。

 そこからは川が見える。すぐ近くに崖かあって、その下の、何十メートルなのか、何百メートルなのか、川は遠く離れたはるか下を流れている。流れがすごくゆっくりに見えるけど、近寄ったらどうなっているんだろう。川の流れは、うんと遠くから見ると本来の速さよりも遅く見えると、どこかで聞いたことを思い出す。

 男の子が立ち上がった。なにをするのかと思ったら、お茶を淹れてくれた。お礼を言うと、彼は細い目をわずかに大きくして微笑んだ。

「話せるんだ。ショックでしゃべれなくなったのかと思ってた」

「ショックって?」

「池に飛び込んだときのショックとか、目が覚めたら全然知らない場所にいることとか」

 池に飛び込んだ……、そうだ、私は天野君と一緒に池に飛び込んだ。でも、どう考えても、飛び込んだら気絶してしまうような深さではなかったと思うけど。

 あれから私たちはどうしたんだろう。救急車で運ばれて、病院に来たわけではなさそうだけど。

「池に飛び込んだこと、覚えてる?」

 天野君の声が、なぜか懐かしく感じられる。

「うん、覚えてるよ」

 天野君は、よかった、という風に頷いた。

「旅人の石が働いたみたいだね」

 腕を見ると、天野君の腕輪がある。あのとき、とっさにはめてしまったものだった。それは、あのファミリーレストランで見たときの地味な印象を残しながらも、もはやあの石ではないようだ。まるで目を覚ましたかのように、青く澄んだ輝きを見せている。

「すっかり有泉さんのものになっちゃったね」

 と天野君。

「君の名前、覚えにくいな……ちょっと長いから、アリって呼んでもいいかな?」

 少年が言う。

「べつにいいけど。あなたの名前は……」

「名前は、特にないよ」

 さりげなく天野君を見るけど、特に変化はない。からかわれているわけではないようだ。

「ずっと、ないの?」

「以前はあったんだけど、ある人に譲ったんだ」

「それって、もしかして」

「覚えてるかどうかわからないけど、僕はここでは、サリリって呼ばれてるんだ」

 放課後の図書室で、そんな話を聞いたことを思い出す。なにかひっかかるような気もするけど、いろいろあったせいか、よく思い出せない。

「私もサリリって呼んだほうがいいの?」

「そうだね、天野っていう響きは、ここでは名前として一般的じゃないからね」

 頷きながら、少年が淹れてくれたお茶をすする

。色からして緑茶かと思って飲んだら、ミントのような味だった。

「何から訊いたらいい?」

 そう言うと、二人は笑った。

「いっぺんに話しても覚えきれないだろうから、徐々に慣れていくのがいいと思うんだ。僕も、どこから話したらいいかわからないし」

 とりあえず「うん」と言ってみる。

「あと、さっき彼とも話してたんだけど、僕の友達に観てもらうのがいいのかなって」

「観てもらう?」

「有泉さんが、自分の世界に戻るにはどうしたらいいか」

 一瞬、あたりが暗くなった気がした。

「友達に訊いたら、わかるの?」

「多分だけどね。そういうの得意そうだから、わかるんじゃないかと思う。絶対とはいえないけど」

 私が不服そうに見えたのか、サリリは「会えばわかるよ」と言った。

「せっかく来たのに、もう行っちゃうんだ」

「そうすぐには行かないよ。明後日くらいだよ」

「すぐだよ」

 少年とサリリはそんなことを言い合って、やがて少年はどこかへ行ってしまった。

 少年がいなくなると、ようやくなにか聞いてみようという気になってくる。

「もしかしてここは……」

 ファミリーレストランでの会話を思い出す。ついさっきのことのように思えるけれど、あれからどれくらい時間が経っているんだろう。

「僕が育った所だよ」

 思ったとおりの答えだった。

「図書室で話を聞いてたとき、もしかして想像の話をしているのかなとも思ってたんだけど、やっぱり本当だったんだね。……だけど、やっぱり、池に飛び込んだショックで夢を見てるのかなとも思っちゃう」

「とりあえず、今はここにいるんだから信じてみたら?」

 サリリは笑った。

「僕の事情に巻き込んじゃったみたいで、ごめんね」

「いいよ、なんだか面白そうだし」

 サリリも内心そう思っているのがばっちり顔に出ていた。

「あの、旅人のおじさんとか、あと樹なんかも、ここにいるってこと?」

 サリリは特に答えないまま歩き出した。ついていくと、すぐに大きな樹が視界に入ってきた。

 こんもりと枝葉を茂らせていて、風が強いはずの山のてっぺんにあるにしては、不自然な形に思えた。

――よかった。目が覚めたのね。

 樹の声が聞こえた。

 耳が聞いたというよりも、頭の中に響いてくるような声だ。サリリから聞いてはいたけれど、実際に聞いてみると、やっぱりびっくりする。特に気にしていないように見せようと、気をつけはするけれど。

――話はサリリから聞いています。突然こんなところに来てしまって、驚いたでしょう。

「私たち、どうやって、山の上に飛んで来たんでしょうか」

――飛んで来たのではなくて、帰ってきたのよ。

「え」

「旅人の石の作用で、ピンチのときに水の中に飛び込むと、念じたところへ行けることになってるんだ」

 サリリが説明してくれる。

「本当は僕一人に働く力なんだけど、有泉さんが石を持っていたから、巻き込んじゃったんだと思う」

「それってつまり、サリリは一人で池に飛び込んで、こっちの世界に逃げてきて、私を一人あの中に置いてくるつもりだったってこと?」

「最終手段だって言われてて、使ったのは初めてだったから、あんまり考えてなかった」

 もしあのとき私一人で置いてきぼりにされていたら、それから先、ずっとサリリのことを恨み続けるところだった。一緒に来られてよかった。

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