51 復讐
ウィンディが何を考えているのかヴィンセントは正直なところ分からなかった。
彼女に過去の話をすると取り乱して、酷く落ち込んだ様子だった。
しかし悲しみに支配され、さらにヴィンセントという自分をひどい目に遭わせた人間に助けられていたという事に苦しんで自害するという事にはならなくてそこだけは安心している。
けれど想像していたよりもずっとウィンディは妙な反応をヴィンセントにした。
ヴィンセントとの勝負の結果など彼女がそんなものはなかったことにすると言われればその通りにするし、ヴィンセントはただ、ウィンディが幸せになってくれればそれでいい。
リオン王太子も自由になったし、彼女には良い従者たちもいる。
ロットフォード公爵家や彼女の両親の問題も、彼女が完全に回復するまでの間に解決しておくつもりだった。
それに冬灯の宴では彼女の力は多くの人に知れ渡った。たくさんのこれからの出会いと明るい人生は約束されたも同然だ。
しかし、フェイビアンが言ったように未来に希望を持っていなかった彼女の事だ。どう転ぶかわからない。
だからこそずっとヴィンセントは注意深く彼女を観察していた。
どこかで消極的にでも自ら命を絶たないように気を払っていた。
けれども、彼女が、正気を取り戻してすぐ言った言葉は
『保留にします』
だった。もちろん何を言われているのかすぐには理解できなかったが、しばらく考えて勝負の事だと気が付いた。
しかし保留にする意味もまた分からない。
ただどうにか意味を考えるとするならば、彼女が言った通りに覆さないというのなら彼女の勝ちでいいのだ。
けれども何も知らない時の自分が仕掛けた勝負に負けるのが不服だったからそう言ったというのならばわかる。
結局負ければヴィンセントの思い通りになってしまうわけだからそれが嫌だったのだろう。
だから保留にしたうえで放置して、復讐に走ったというのだろうか。
危険なことはさせたくないと思って止めにはいったが、ウィンディに必要なことだと言われるとヴィンセントになすすべがない。
そしてこうなったからには、何かあったらすぐに助けられるように彼女が入った応接室の窓のすぐそばで、ヴィンセントとハンフリーとリーヴァイは待機していた。
部屋の中に入った彼らの会話は、すでにウィンディが鞄に仕掛けている魔法道具で王族の軍と窓の外にいるヴィンセントたちに共有されていた。
小さな魔法道具から鳴る部屋の中の会話に三人とも耳を傾けて、ヴィンセントは頭に血が上ってくらくらしてしまうぐらい腹が立っていた。
今は、リオノーラからの嫉妬の言葉をアレクシスがさえぎってウィンディが誰の為に美しくなったのか知っていると言ったところだ。
……なにが、誰の為にだ。ウィンディはウィンディってだけで、可愛くていい子だろ。
それを少し体調がよくなって普通に近づいたというだけで、急に女としてみて、自分の元に戻ってきたと本気で思うなど能天気が過ぎる。
婚約破棄されて追い出された時、彼女がどれほど傷ついたかも知らないで、今までもそうして、この人間たちにどれほど彼女が傷つけられたと思っているのだろうか。
……俺の愛おしい人は、そんなふうに利用されるためにいるわけじゃない。ずっとただ、幸せに生きるために……。
しかしそれを一番阻害していたのはヴィンセント自身だ。彼らについてはウィンディの前で怒ることすら無礼だろう。
彼女からすればどっちもどっちに過ぎないのだから、しかしその後に続く、ウィンディを侮辱するようなロットフォード公爵家の面々の発言はあまりにも聞くに堪えないもので、彼女の作戦を無視して母に突撃してほしいとまで思った。
「はぁ~……すげぇな。……ウィンディはずっとこいつらに虐げられてきたんだろ?」
イライラしているヴィンセントとは裏腹に、ハンフリーがひっそりとした声ながらもいつも通りの適当な様子で言った。
その言葉に彼らをいまだに野放しにしている怒りをぶつけるようにヴィンセントは返す。
「ローナから聞いた限りは、おおむね十年ぐらいは」
「そんな相手に、こんな堂々と……やっぱ肝が据わってるな」
「まったく動揺が見受けられないのも、驚きですね。自分ならこんなことを言われてとても平気ではいられません」
「それは……」
それは、きっと彼女が復讐にとらわれて、それが生きがいになってしまったからではないだろうか。
その気持ちにヴィンセントはまったく口出しする権利を持っていないけれども、きっときちんと捕らえたら自分と同じかそれ以上の苦しみを味わわせることに固執するんじゃないだろうか。
……そうなったら、サポートするほかないけれど、それが君が本当に幸せになれる道なのかな。
そう疑問に思う。
「ま、なんにせよ、この復讐が終わればもうウィンディもスッキリするんだろ? そしたら仲直りしてちゃっちゃとレイナード王国をたてなおして、俺らに暇させてくれよ、主」
「ええ、お二人の様子がおかしいと、落ち着きませんから」
そう言って二人ともロッドを抜いて、俺も魔法道具の指輪を確認する。
彼らにはヴィンセントがやったことについては説明せず、過去に襲われた時にお見合いをしていたのがウィンディで、その時に被害を受けた彼女は、王族の治療で完璧に治ったということになっている。
すべてを話す必要はないと言ったのは彼女で、ロットフォード公爵家やメンリル伯爵家の人間が信じている筋書きを事実として扱って欲しいのだそうだ。
そして、彼らはだからこそ、ヴィンセントがウィンディに恨まれていることは知らない。
けれどもあの日に決裂してしまってウィンディが取り乱していたことからそのことで仲たがいをしていると屋敷の人間たちは考えていた。
『そうですね、こうなることは私の念願です。これで私の今までの苦悩もつらさもすべてが報われる』
ウィンディはとても嬉しそうにそう口にする。
その言葉は嘘には聞こえない、しかしヴィンセントはもう二度と真実を知る前の二人の関係に戻ることはないと知っている。
『ところで、ウィンディ。最後になるがお前が暴いてきたという王族の機密事項、それを聞こうじゃないか』
そしてロットフォード公爵は最後にそう問いかけて、ウィンディは変わらない調子で答えた。
『ええ、それは、今日、この日、この時に、王族が本気であなた達を制圧するという事です』
あまりに、いつもと変わらない口調が少しだけ怖かった。大きな音を立てて割られた窓からヴィンセントたちは踏み込んで、すぐにリーヴァイとハンフリーがロッドを向けて魔法を放つ。
「きゃあ!」
「なんですのこれっ」
「ま、魔法がっ」
動揺した様子の彼らも応戦しようとロッドを構えたり魔法を放とうと手をかざしたりするが何も放たれることはなく、ウィンディは捕らえられる彼らをじっと見つめて一人ソファに座っていた。




