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5 やるせない




 結論から言うと、実家に帰って追い出された。


 私がいなくなるまで屋敷の扉は一切開けないから、居なくなってくれとのことだった。


 彼らは、実家の”家族”であるし、兄や妹ともきちんと血がつながっている。自分だけ養子に入った子供なんてことはない。


 けれどもメンリル伯爵家の意見は満場一致で、私は家に入れない、という事だったらしい。


 そして、それはもう色々と言われた。要約すると、役立たずに贅沢をさせるつもりはないという事らしい。


 もちろん私も食い下がった、贅沢をしたいとは言わないが、せめて自分についている侍女の再就職先が見つかるまでは、どうにか私の魔法道具作成の腕を買ってくれないかと。


 しかし、それも大したものではないと断られてしまった。


 馬車も用意されずに、屋敷から締め出され、兵士たちに威嚇されてメンリル伯爵家の敷地からも出るように言われると、カミラとローナと私の三人は、外套も羽織っていない状態で冬の王都に取り残されたような状態になる。


 もう、街灯もつくような時間だ。今日の夜はひどく冷えるだろう。


「まったく、どうされるおつもりなんですか? ウィンディ様」


 カミラは困り果てている私とローナにちくちくとした声で言う。


 彼女はベテランの侍女なので、私が突然解雇するようなことになっても、メンリル伯爵家に戻ることもできるだろうし、ほかの就職先を見つけることができるだろう。

 

 しかしローナは違う。私も手を貸してくれる人がいないとこれから先はどうしようもない。


 完全に見離されて捨てられてしまえばあとがない。しかしそれをカミラは少し面白がっているような様子さえある。


「ロットフォード公爵家に戻って、ひたすら頭を下げるしか無いのではありませんか? 頭を垂れて願い出れば一晩の宿ぐらいどうとでもしてくれるでしょう?」

「それは……その通りですが」

「あなたのような体だと平民用の宿など使うことは出来ませんよ。階段を一人で上ることも出来ないんですから。いくらか宝石があったでしょう? 知っているんですよ私。そういうものでも差し出してお願いしに行ったらどうです」

「……」


 たしかに少ない荷物の中に換金できそうなものは少しばかりある。しかし、そんなものは公爵家の資産に比べればほんの些細なものだ。


 それを差し出してすぐに追い出されてしまっては、私が持つ者はもう他に何もなくなってしまう。


 それらだって、健康だった時に両親から贈られた小さな指輪などだ。思い出がないと言えばうそになる。魔法道具関連の仕事道具は無くなってしまったら今後私は何もできない。


「背に腹は代えられないんですよ? いい加減貴族らしく気取るのはやめて、自分の身の丈にあった態度をしたらいかがですか?」


 続けて言われる言葉に私はぐうの音も出ない。


「カミラさん……そ、そうは言っても、ウィンディ様の物ですし、そんなふうに口出しするのは」

「あら、ローナ。ならあなたがこのお方に何かしてあげられることがあるっていうんですか? ないでしょう、所詮平民出身の侍女、頼るあてだってない癖に、年配の私に指図するっていうの?」

「……申し訳ありません」

「それでいいのよ。はぁ、やだやだ、最近の若い子は本当に礼儀ってものを知らないんですからね。私の時代なんてもっと厳しかったっていうのに━━━━」


 それからカミラは自分の苦労話をつらつらと並べ立てる。


 私はそれに反論したい気持ちもあるし、不幸自慢だったらたいていの事には負けない気がするけれどそれをしたところで意味はない。


 彼女の言葉を聞きながら、どうするべきかということが頭をぐるぐると回る。


 しかしどうしようもないという事だけがわかるだけでどうにもならない。


 困り果てた様子で、はあーっと手を温めるために息を吐くローナもとても不安げだ。


 カミラの過去話は留まることを知らず、この場をうまくまとめて次の一手を考えることすらできない。


 それは主として失格だと言われてもおかしくないほどで、目の前の通りを通り過ぎていく馬車の数もどんどんと減っていく。


 王都はとても人が多い年だ。しかしこうしても道行く貴族たちに助けを求めることなど無意味に近い。


 私は王都でも有名なのだ。


 有名な死にそうで、死なない厄介者。


 どうしようもない邪魔者で、食い扶持を自分で稼ぐこともできない木偶の棒。


 ……ああ、ダメですよ。頭の中がどんどんよくない方向に行ってしまいます。


 悲観しても誰かが手を差し伸べてくれるわけでもないのだから奮い立って生きなければ。


 そう人生を達観しているふりをしても、ただ今は、行く当てもなく、ただ寒い。


 体の芯から冷えていくようで、体が震えて、どうしようもない。


 ……ダメだと思っているのに……だめ……ああ、やるせない。


 やるせない、何もかも。


 手が届かなくて、何もなせなくて、無力で力がわかない。


 ……仕方がない。


「っ……っ、はっ、……っ~」


 寒さが体に染みて、自らの肩を抱くように手を回す。しかしぬくもりは感じられず、鼻の奥がつんとして、視界が歪んで膝に小さなしずくを落とす。


 情けなくてしのぶように涙をこぼした。どうしようもなくて、もう心がぽっきり折れてしまいそうで……いや、折れてしまって。


 いつか死ぬのだとわかっていても、死なないのだから生きなければならなくて、けれども生きるための手段も見つからない。


「ああ、ああ! 泣いて何かが変わりますか?! 涙をこぼせば男が手を差し伸べてくれると思ってるんでしょう! まったくこれだから若い女はダメなんです」

「……ウィンディ様」


 そっとローナの手が肩に触れる。温かくて、私はただ、彼女に謝りたくなった。


「お高く留まって偉そうに、普通の貴族みたいにふるまっているだけのあなたは何を苦労したっていうんです!? 悲劇の主人公にでもなったおつもり? 言っちゃ悪いと思いますけれどあなたなんて所詮甘やかされてそだった箱入りの…………あら?」


 さらに苛烈に言葉を紡ごうとしていたカミラは、ふと言葉を止めて別のところに意識がそれた様子だった。


 その不意の反応に、気になって反射で視線をあげる。


 すると道行く馬車のうちの一つがぴたりと止まっているのが見えた。

 

 とても豪華な馬車だ。それこそ王族なんかが乗るような大きな家紋を掲げている二頭立ての馬車。


 そこから従者が下りてきて扉を開けるのが、貴族の馬車の乗り降りの基本なのだが、焦ったように中から扉を開いて、ステップを踏んで若い青年が駆け下りてきた。


 なんだか彼は少し驚いている様子でその姿には見覚えがあった。


「失礼! 突然すまないけれど、ここで一体何を?」


 身なりを少し気にしながらもカツカツとこちらに寄ってきて彼はすぐさま私に問いかけた。


 その質問の答えを探す前に、私は、それは私のセリフでは? と思う。


 道に迷っているというわけでもあるまいし、道端に用事があるわけでもないだろうし……この私の様子に、ついに死にかけの令嬢が捨てられてどこにもゆく当てが無くなったのだろうと容易に想像がつくはずだ。


 だからこそ誰も近づかない、面倒事はこのご時世誰だってごめんだろう。


 それがわかっていたから、カミラはこんな公衆の面前で私に強く当たっていた。


 カミラは自分より格上の相手には、しおらしく自分の主をののしるようなところを見せたりしない、あんなことを言っていたのはそれを見越しての事だったに違いない。


 なので彼女は驚いて、ローナと同じように私の後ろに控えて、恭しく頭を下げた。


「……」


 そうなると、彼の質問に答える相手は私しかいなくなる。


 いや、もとより彼は私に話しかけているのだから、言葉を返すのは私の仕事なのだがそれにしても驚いてしまって、改めて見上げる。


「大丈夫? ああ、やっぱり随分冷えてしまっている、体に障るよ」


 そう言って彼は膝をつく。それから、壊れ物でも触るみたいに、けれども焦っているらしく性急に私の手に触れて温めるように両手で包み込んだ。


 きちんと顔が見えると、やっぱり見覚えがあると思ったのは間違いないらしく、彼はヴィンセントだ。


 ヴィンセント・ベルガー。辺境伯家の跡取り息子。街灯の光に照らされて艶めく黒髪がきれいだ。この国では珍しい黒髪を持った特別な一族。


 そんな彼がなぜこの場にいてこんなことをしているのか、まったくもってわからなかった。




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