49 ロットフォード公爵家
私は一人で、ロットフォード公爵家の人々と向かい合っていた。侍女たちは危険な場になるので連れてきていない。
小さなハンドバッグをそばに置いて、ロットフォード公爵、公爵夫人、アレクシスそしてリオノーラを見つめた。
つい先日結婚式を終えて、正式にロットフォード公爵家の一員となった彼女は以前の婚約者であった私を見つめてとても苛立たし気だった。
「……わざわざ、ロットフォード公爵家の方々全員にお集りいただけて光栄です」
私は、以前のように顔を俯かせて、とても小さな声で言った。
すると、ロットフォード公爵邸にやってきてから私の事を見定めるように警戒していたロットフォード公爵は、私の言葉に少しとげとげしい態度で返した。
「それで? ウィンディ、手紙の内容は確認したが、こんなことは今更だろう?
もちろん追い立てるように屋敷から出ていくように言ったのは私たちだがすぐにベルガー辺境伯家にすり寄って、治療を受けたんだろう、そんなことをしておいて、よくも私たちの前に顔を出せたな」
彼はいかにも自分が正しいという態度で私にそう言い、ほかの面々も大体似たような反応だ。しかし、アレクシスだけは少し私に興味をひかれているような印象を受ける。
手紙というのは突然、ロットフォード公爵家に押しかけても全員を収集することはできないだろうと思ったので送ったものだ。
その内容には、今更ながら私がベルガー女辺境伯の伝手で治療を受けて、それから引き換えに病気の研究をされたこと、そして用が済めばもう不要だとばかりに捨てられたことを記載した。
なのでロットフォード公爵家に戻ってきたいと望んでいるという体だ。
それだけでももちろん彼らにとっては価値があるだろうと、ハンフリーとリーヴァイにお墨付きをもらった。
そのぐらい私の魔法道具には価値があり、必ず望むだろうと。
しかしそう彼ら自身も思っていることを彼らは私には知らせないようにしていた。それは今思えば、私に自身の価値を正しく知らせずに、安く利用するための算段だったと思う。
どこまでも私を利用することしか考えていない人たちなのだ。
しかしだからこそ、私が戻ってくるとなったら彼らは喜ぶけれどまた安く雇いあげるために、そのことを認めない可能性もある。
なのでわかりやすく食いつかせるためにもう王家の大切な情報を入手したことも記載した。
「それは……わかっています。申し訳ありません。しかしメンリル伯爵家を追い出されてからというもの、私に行く当てはなく、ベルガー辺境伯子息の手を取る他ありませんでした」
「そんなの、都合のいい言い訳ですわ! 一度あちら側についた女なんて信用できないのよ、ね、そうでしょう、アレクシス」
私の言葉にリオノーラがヒステリックに反応して、退屈そうに紅茶を飲んでいた公爵夫人は、そのキイキイ声に小さくため息をついて、ソファーの背に寄りかかる。
彼女は私がこの屋敷にいた時から、こういう様子で常に自分のこと以外に興味がなく、いつも美しい装いをしている。
「……あ、ああ」
「それに体調がよくなったからと言って、アンタみたいな女が戻ってくるなんて迷惑なのよ。いかにもトロそうで、ちょっと、年相応に可愛くなったからって、調子に乗らないでくださいませ」
リオノーラは続けてそんなことを言う。私はその言葉に、目を見開いて少し驚いた。
初めて会った時には彼女に、しわしわだの、おばちゃんだの、いろいろと言われて傷ついたが、今では彼女に敵対視されるほど、私は今同じ土俵に立っている。
それを嬉しく思ってしまって、思わず表情がほころんでしまいそうになった。
……年相応だなんて……買いかぶり過ぎですよ。
うふふと嬉しくて照れ笑いをしてしまいそうになったけれど、我慢してガクリと項垂れて、静かに視線を伏せる。
「ロットフォード公爵家に戻ってくるにしても、どういう名目のつもりよ。……まぁ! まさか以前のように婚約者というわけにもいかないでしょうし、ああそうだ、わたくしの侍女だっていうなら話は別ですのよ、存分に可愛がってあげる」
「……それは」
「そー、れー、とー、もー、下働きの洗濯女としてなら、邪魔にもならないかしら、この時期の井戸水はさぞ冷たいんでしょうね!」
ペラペラとまくしたてるように言う彼女に、意地悪なことを言う人だなと思う。
本当に私が困っていたとしたら、彼女の存在はとても困っただろう。
しかしそんな調子のリオノーラに、アレクシスは少し責める様な表情で視線を送る。
「リオノーラ、君はそんな性格の悪い事を言うのは良くない」
「……」
「すまない、ウィンディ。俺は……君が戻ってくれるというのなら、多少の不義理ぐらい目をつむろうと思ってる」
「……なんですって?」
リオノーラはアレクシスに言われた言葉に瞬きを一つ二つしてそれから、とても苛立った声で返す。
しかしそんな彼女の言葉など興味もない様子でアレクシスは続けて言った。
「ロットフォード公爵家はこれから、もっと強大な地位を手に入れる。第二夫人ぐらい迎えても罰は当たらないだろう、な? ウィンディ、君は健康に美しくなった、それが……誰のおかげか、俺にはわかる……」
彼はハンサムにニコッと笑みを浮かべて、自分だけは私の味方だと示す。
彼の言葉の意味は正直よくわからなかったが、私はわかっているような顔をして復唱した。
「誰のため……ですか」
「ああ、そうだ俺がああして君に本音を話したから、君はそれを受け入れて、自分を変えようと努力した。見ればわかる、うつくしく保たれた肌に、春の若葉のような瑞々しい髪、魔力のみなぎった純粋な瞳」
「……」
「君は控えめで俺によく尽くして、よい女だった。そんな君を俺は君の病に阻まれて愛せずにいた。君の気持ちに気が付いていながら……。けれどもうその障害もない、これからは第二夫人として俺のそばにいてもいい」
アレクシスは、感慨深げな顔をしてそれから感極まったような笑みを浮かべる。
「君のすべてを許そう、ウィンディ。よく、愛を示すために戻ってきてくれた」
「……な、なな、何よ、それ。そんなの浮気じゃない!! この女とアンタを共有しろっていうの、冗談じゃないですわ!!」
「はぁ……リオノーラ、君はそういうふうだから俺の愛情が枯渇するという事がわからないんだな」
「なんですのその態度、調子に乗って……」
「だから、そういう所が可愛げがないと……」
しかし、彼の言葉に返答を返したのはリオノーラだった。
そしてリオノーラとアレクシスは痴話げんかを始めて、険悪な雰囲気になる。
それに私はアレクシスが手のひらを返したのは結婚したからだろうなと思う。
結婚すればそう簡単に離婚は出来ない。以前は普通に愛し合っているように見えたが、お互いに気が強いタイプだ。
結婚して離れられなくなれば立場は逆転してアレクシスはリオノーラに気を遣う必要はなくなり、こういうふうになるのは当然だった。




