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死にかけ令嬢の逆転  作者: ぽんぽこ狸


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44/56

44 保留




 私は惨めに泣きながらその場にしばらくいて、それから魔力が切れた魔法道具のようにぱたりと倒れこんで、気がついたら自室のベッドの上だった。


 たくさん泣いたせいか頭がいたくて目が腫れぼったい。


 けれども堪えることなくたくさん泣いたおかげで、幾分頭はスッキリとしていて、体には魔力がみなぎっているのを感じる。


 彼が一方的に契約を解除しただろうことは想像に容易い。


 本当にそんなことが原因だったのかと今更ながら実感が湧いて、私は風の魔法を使って手のひらに小さなたつまきを作る。


 未知の病で、治る見込みがなくて、結局、死に収束するはずだった私の命はほんの一晩の出来事ですっかり治るのだ。それに必要な努力も苦悩もないのだなと思うと少し、虚しい。


 終わってしまえばあっけないなんて、そんなふうに思うような思わないような。


 けれども、ヴィンセントの魔法はすごいものだと思うのと同時に恐ろしいものでもあったのだなと思う。


 人を長いこと苦しめるのにぴったりすぎる。


 事故だったとはいえ、そういう事が出来るのだなと思うと彼がおおらかなのは力がある人間ゆえの余裕なのかとか、彼自身は私をこうしたと知ってどういうふうに思っただろうかと疑問がわいてくる。


 そのぐらい頭が少しは冴えていて、どうにかなってしまいそうな憎しみも、予想外の真実も時間がたてば私は自分の中に落とし込むことができる。


 しかしその時に思った私と彼の間にある大きな問題は依然として立ちふさがっているままであり、今この状況を打破するための突破口はどこにも見当たらない。


 ヴィンセントに相談してもきっと彼は、それを問題とは定義しないだろう。だからこそそれが問題なのだ。


 ……なら、私に何ができますか。何をすれば物事は前に進むのでしょうか。


 考えつつも、ベッドから起き上がり、暗い部屋をなんとなく歩き回ってみて、落ちてきた新緑の髪を後ろに流す。


 車椅子ももういらない体に……なっているのだろうか。


 今は、何の違和感なくこうして歩けているけれど、これからは本当に魔力が枯渇することはないのだろうか。


 ……そうしたら……そうなれたらやりたいこと、たくさんありましたね。


 車椅子に乗っていたらいけない城下町に行って、旅行に行って、乗馬を習って、男性にエスコートしてもらって舞踏会に参加する。


 それらすべてがもう手に入るというのだろうか。


 ……でもそれらが出来たとしても私は心のどこかで、私の時間は奪われて苦しめられていたと思うでしょう。


 だからこそもう何もかも大丈夫というわけではない。


 ……そうです、今の私はちゃんとしていない、私の事をヴィンセントに背負わせたままできちんとしていない、だから問題なんですね。


 ならば解決するしかない、私の手の中に可能性が少しでもあるのなら、私はそれを実行する覚悟がある。


 ずっとどうしようもできない苦しみの中で小さく蹲っていた。


 しかしそれは終わったのだ。可能性の蜘蛛の糸が下りてきたなら私はいつだってそれを上るのにと夢想していた。


 となればやることは決まっているだろう。しかし、ヴィンセントの事についてはまだその時とは言えないと思う。


 ……そういえば彼はどこかにいますかね。


 あの心配性の彼がベッドのそばにいないとなると……。


 考えつつ視線を巡らせる、ソファにもいないしテーブルにもいない、となると本当にこの部屋にはいないのだろうか。


 そう考えて扉を開いて廊下を見ると、彼は扉の向かいの廊下に腕を組んで寄りかかっていた。


 そして私が出てきたことに驚いて、体をびくっと反応させる。

 

 彼は、瞬時に思考を巡らせているらしく視線を外したり、苦し気にこちらを見たり最終的には決意を決めたような顔をする。


「保留にします」


 しかし先に言ったのは私だった。


「え、な、なに?」

「ですから、保留です。しばらく時間が必要です」

「じ、時間」

「はい……おやすみなさい、ヴィンセント」

「……おやすみ」


 短く会話をして私は自分の部屋の中に引っ込んだ。


 どうせ、私を気にせず休んだ方がいいといっても、彼は私が気が触れたようになって変な行動を起こさないかと心配でならないだろうから、言わなかった。


 保留にするとはそのままの意味だ。そのまま彼の告白と懺悔に対する返答は保留という事。


 つまり私たちの間の勝敗も延長線で泥仕合、次回に持ち越しである。


 何故そんなことをするかと言えば、そもそもの前提条件が違いすぎるからだ。


 私は責める相手を間違えてしまいそうなほどに、過去の事はとてもショックだった。過去の事はまごうことなく彼以外の過失が大きい。


 私は私を苦しめていた人間をどうしても許せないほどにまだ怒っている。しかし彼はそれを自分だと言って、私の怒りを正当で当たり前で、自分に向けられるべきものだと思っている。


 もちろん彼があの時、魔法を使って私の魔力を奪わなければ、それに付随する、私の両親やロットフォード公爵家の行動もなかっただろう。


 だからこそ自分がすべてを背負い込んで私に一生をかけて償うと言っている。


 しかしそれは正しい贖罪ではないし、私も彼以外に対する憎しみの混ざった感情で、彼を許すという言葉を言うことはできない。


 それはどちらにとっても正しくない事で、けれどもそう見えなくもない厄介な事柄だ。


 ……だからこそ、私は間違えたくない。私は、ヴィンセントともう誰にも邪魔されることなく正しく愛し合いたい。


 ならば、今ある選択肢だけで結論を出してしまうのは、いかんせん気が早い事だろう。


 ……やることをやって、正当に愛していると言いたいです。そのぐらい私は……初恋の時からあなたの事が好きですから。


 ただ今はそれを言う時ではない、何も解決していない状況で彼にそれを言えばヴィンセントがすべてを背負う事を私が承知していることになってしまう。


 だからこそ、そっと閉じた扉に手を当てて、待っていてほしいと強く願ったのだった。





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