41 契約
朗らかな時間は終わって、その時は突然やってきた。
小さな祠があるスペースの外に何かを探しているような人影が通りかかった。
その人は、私が見たことないような怪し気な風貌をしていて、こんなにいい陽気の日に、大きなローブを頭からすっぽりとかぶって全身を隠している。
夜ならばその衣装はきっと暗闇に溶けて目立たないのだろうが、昼間のこの時間にそんなあからさまな服装なんて今思えば素人だとわかる。
目が合うと、見つけたとばかりに方向転換してこちらにやってくる。
「ウィンディ? どうかした?」
先ほどまで頭を撫でられて人懐こい猫のように喜んでいた私の顔の表情が消えているのに気が付きヴィンセントもその視線の先を追う。
ローブの男を背にして私たちを見守るように立っていた侍女たちは、背後から襲われて、叫び声をあげる間もなく喉を刺されて崩れ落ちた。
「……」
ドサ、ドサッと、人が倒れる音がして、つい先ほどまでニコニコしていた彼女たちはひどい表情をして地面に体を預けている。
白い石畳の道に赤黒い血が少しずつ広がっていって、それはまるで私の中に恐怖が広がるようにじわじわと浸食してくる。
「ウィンディ」
ただ茫然とすることしかできない私とは違って、ヴィンセントは固い声を出して私と手を放す。それから動揺しつつもやってきたローブの襲撃者に対して、とても冷静に話しかけた。
「……目的は、俺?」
声は震えていなかったけれど、恐れていることはたしかにわかる。
先ほどまで朗らかに流れていた時間は、急転して世界がくるりと姿を変えたように春の暖かな日差しがうすら寒くて冷や汗が背中を伝う。
ヴィンセントの言葉に彼らは答えない、しかしその目線で目的が彼なことはすぐに理解が出来た。
二人とも侍女たちを殺したナイフを手に携えて、いつ仕掛けようかとその時を見極めている。
ヴィンセントが隙を見せたら、あっという間にどうにかされてしまうだろうという予測が簡単に立つ。
「この子は関係がないから━━━━」
しかしたとえそうだとしても、彼は私を巻き込みたくなかった様子で、少し私に視線を向けて彼らの方へと歩み寄ろうとする。
彼らは案の定、ヴィンセントの言葉など聞いていない。その見せた隙にしめたとばかりに踏み込んだ。
流れ落ちた侍女たちの血を踏み抜き小さな血しぶきが上がる。
私はそれを見ていて、深い事は考えられないまま、ヴィンセントの手を掴んで引っ張り、代わりに反対の手をかざす。
魔法ではなく普通の剣で襲ってきたということは、きっと彼らは魔法が得意ではない。魔法が得意な貴族に、使えない人間は絶対にかなわない。
そのことだけは基礎知識として知っていて、だからこそ一か八かで魔法を放つ。
「っ!」
大の得意というわけではなかったけれど、それでも自分の魔法だったからこそそれなりの出力で彼らに当てることができ、一人は風にあおられて腕でガードをするだけで済んだ。
しかしもう一人の方はそうはいかなかったようで、加減ができない私の魔法は彼の体の部位を吹き飛ばしてしまい、辺りには新しい血しぶきが上がる。
強い風のせいで落ちていた小さな小石が私の頬をかすめてピリッと痛んだ。
その様子をまじまじと見つめたのは私だけではなく、残った方は大切な部位を失った仲間がぐらりと揺らいで倒れるのを呆然と見て「うわあぁぁぁ!!」と叫び声をあげる。
それはこちらだけが許される反応じゃないのかと妙に冷静に私は思ったのを覚えている。
「ウィンディ、血が!」
襲撃者は尻尾を巻いて逃げ出そうとくるりと身を翻し、それとは真逆にヴィンセントは私の頬から血が出ていることを見て心配するように駆け寄った。
しかしヴィンセントの視界から外れた途端、逃げ出そうとした襲撃者は仲間の仕返しだとばかりに、小さなナイフをヴィンセントに向かって投げつけた。
「っ、いっ」
それは彼の腕を掠っただけで、そもそも刺さったとしても到底致命傷を与えられそうにない本当に小さな刃渡りだった。
嫌がらせのつもりだろうか、そう思考しているうちに、襲撃者はドタバタと去っていく。
「なんだったん━━━━」
そして今度は不可解そうにその様子を見送ったヴィンセントがふらついて、手をつないでいた私も引っ張られるようにしゃがみ込む。
「っ? ……あれ? ……はっ、あれ」
ヴィンセントはとても不思議そうに混乱して首をかしげて、体に力が入らないながらも震える手で自分の傷に触れた。
私はそんな彼を支えて、何が起こったのかと、瞳で問いかける。
彼の与えられた傷はほんの小さなもので、血が衣類に少し滲んでいるぐらいで、こんなふうになるなんておかしい。
けれども彼の体は着々と力を失っていく、何か良くない事が起こっているという事だけは理解できる。
ぐったりとする彼を両手で支えてどうしたらいいのかと私はただ急速に熱を奪われていく彼を抱きしめる。
頬から血液が流れ出ていて生温かい、私の方はかすり傷とはいかなかったようでドレスに血が滴って落ちていた。
「っは、っはぁ、はっ、っ、体が……っ、? ……まさか、魔力……」
彼は私に体を預けつつも必死に考えたようでその答えをつぶやいた。
その言葉に私は、家庭教師から、たくさん血を流したら死んでしまうという事と同時に、たくさん魔力が流れ出ても死んでしまうという事を思い出した。
魔力は魔法を使った時以外に基本的には見えるものではない、だからもしかすると、見えないだけで彼の体からは、どこかから漏れてしまっているのではないだろうか。
私の血がたくさんドレスを伝って流れ出ているように。
しかし私の血は多くない、彼の魔力は目に見えない。
たくさん流せば死んでしまう、あの侍女たちのように体から命が亡くなってしまう。
「ヴィンセント、ヴィンセント、どうしましょう、どうしたらいい? 魔力がないの?」
けれどもそれに対処する方法を私は持ち合わせていない。
急速に体温を奪われていく彼の体はどんどんと冷たくなっていく。
私は、目の前に迫った人の死の恐怖を感じ取って、がたがたと今更体が震えて、つらそうな彼に追いすがるように質問した。
「大丈夫? 無くなったら、死んじゃうんでしょ、どうしよう」
「……っ、はぁ、……っう……」
「ヴィンセント! ねぇ、死んじゃダメですよ。ヴィンセントっ」
「ご、めん……っ、はぁ、っ、……」
どんどんと顔を青白くさせて涙を浮かべる彼に、私は必死に声をかけ続けることしかできない。
もうあとどのくらいで死ぬのか、今か数秒後なのか。
分からないけれど死なないでほしくて、恐ろしてく堪らない。しかしゆすっても眠たい人が目を覚ますようにハッと元気になったりしない。
地面に膝をついて、再度呼びかける。こうしていれば、繋ぎ止められるような気がした。
しかし力をなくした年上の男の子というのは重たいもので、バランスを崩して、片手をつくと手のひらにごりっとした感覚がある。
びりっと痛くて、私は手のひらに食い込んだそれを見て、先程の会話と直感的につなげて考えた。
「っ、お母さまのように立派になるんでしょ、死んじゃダメですよ!! ヴィンセント!!」
それは先ほど彼が私に見せた小さな魔石で、契約の魔法をこれに刻んで使い母のように頼られる人間になるのだと語っていた。
だからこそそれを見せれば彼は、めきめきとやる気を出して異常を察知した大人たちがやってきて助けてくれるまでの間、生きながらえるのではないかと思った。
しかし、反応はなく私はその魔石を彼の手のひらに握らせてその上からぐっと包み込んだ。
私の手のひらとその魔石には、滴り落ちた血が付着していて、握りこむとぬるりとした感触がする。
「ヴィンセント、が、頑張ってください、死なないで」
耳元でそう口にすると、彼は魔石の感触かそれとも私の声か少し目を開いて、何か小さく唇を動かした。
しかし、どこかぼんやりとしていてその様子はとても正常とはいいがたく、焦点が合っていない。
意識がはっきりとしていないのか、彼は私の言葉に答えるようなそぶりもなく、ぼそぼそとつぶやいて、二人で握った魔石から光が放たれる。
そうして私も急激に体が冷たくなってきて、凍えるような寒さの中意識を失った。
それからずっと私はこういう体質になったのだった。




