4 現実
視界に入れただけで、その美しさに目がくらんでしまうような可愛らしく高貴な少女は、まさしく話題にしていた王族の血筋を引いている。
「ねぇ! まだ話してるの? このあとわたくしと一緒に街にお出かけしてくれるって話だったでしょう?」
彼女の美しい銀髪はくるくるとしていて、どこを切り取ってみても完璧で健康で愛らしい少女は少し頬を膨らめ、怒ったようなそぶりを見せた。
「ああ! リオノーラ! すまないな、もちろんすぐに終わる! 待たせるつもりじゃなかったんだ」
「じゃあ、今すぐ行きましょうよ。もう、待ちぼうけにはうんざりですわ。このわたくしを待たせるのなんて恐れ多いと思うでしょう?」
「そりゃもう。こんなに可愛い君を待たせたら神様から罰が当たるな」
「あら、良いこと言うじゃない」
彼女は目を細めて笑みを浮かべ、少し頬を染める健康的な薄紅色の唇は何も塗らなくてもつややかで、ため息が出るほど可愛らしい。
そして私は思った。つまりはそういう事なのだ。これはどうあってもかなわない。それに彼の心も奪われて、彼女の血筋からして立場もまったくもってかなう所がない。
……でも、ここで引いては、ついてきてくれている人に、申し訳が立ちません。
「っま、待ってください! 話はまだ終わっていません。王族が認めたとしても世間はどう思うでしょうか。ここまで来て私を捨てたとなればそれなりの、噂を……立てられたり……」
しかし言葉を発すると、リオノーラがくるりとこちらを向く。それから、まったく今まで視界にも入っていなかった私の事を見て目を丸くした。
それから、とても醜いものを見る様な軽蔑した目でこちらを見つめた。
「やだ、ひどい肌荒れ。肌も皺皺でおばあちゃんみたい。遠目で見てもなんかヨレヨレだなって思ったけど、近くで見るとよりひどい」
「っ、」
「これが婚約者のウィンディ?」
「ああ、そうだ」
「でも、子もなせないし、しょっちゅう寝込んでばかりで碌に魔力も出せないような女なんでしょう? よくまぁ、そんな偉そうな事言えるわね。何様ですの?」
彼女は至極当たり前のようにそういう。
私だって、迷惑ばかりをかけていることは理解している、ではどうしたらいいのか、自分に出来ることを精一杯やる以外でなにが出来ると思うのか。
心の底ではそう思うのに、正しさは彼女の方にあって言い返せない。
「あのね、教えてあげるわ。人間何か役に立たないと、好きなことを好きなようになんってできないのですわ」
彼女は、言葉に詰まった私に浴びせるように言う。
「役に立たない人間は、目上の人のお目こぼしで暮らしていくしかないの。ロットフォード公爵家はアンタが不憫だから今までここにいることを許してあげただけで、アンタが偉くなったわけじゃないのよ」
俯いて前髪の隙間から見える彼女は、にっこりと笑って、その美しい顔面を私の方に向けていた。
「アンタみたいな、女としての価値もないような人間、今まで置いてもらっていたことに感謝してさっさと去るべきだわ。思いあがって権利を主張したって、皆、アンタが悪いって言いますわ」
諭すような言葉に、私はもうそれ以上何かを言い返すことはできない。
けれどもでは、それ以上お目こぼしがもらえなくなった弱者はどうしたらいいのだろうか。もらえなければ死んでしまう者は生きることは許されないのだろうか。
「……」
「納得できたみたいね。さ、行きましょ。アレクシス、このぐらい言ってやらなきゃダメなのよ。弱者はすぐにつけあがるんだから」
「そうだな!」
彼らは私の事などすぐになかったかのように笑みを浮かべて応接室から去っていく。
そんな彼らの背に縋って、なんでもするからと頼み込むことは出来ない。それをするのは迷惑だと思うし、どこまでも惨めになって、訴えかけるというのはそう言うパフォーマンスだ。
脅しに近い。世間を盾にして常識的を説くよりも非道な行いだろう。
けれどもそういう事をすればあるいは、気持ちが変わったりするだろうか。しかしそれで考えを変える人間が何をするのか、容易に想像がつく、最終的な結果は悲惨になるだろう。
だとしてもそれを理解したうえでも、そうするべきか、けれども大人しく何も言わないというのは結局この話を受け入れたのと同じだ。受け入れたくないと思う、どうにかしなければとも。
ただ、同時に、自分は迷惑だという負い目が背中に重くのしかかって、心臓が痛い。
こんなふうになりたくてなったんじゃない、こんなことをしたくてしているんじゃない。役に立てるものなら、なんでもするのに。
実際問題は何も役に立たないから今自分はこうなのだ。
考えても仕方のない事が頭をよぎって、苦しくなる。
けれどもどうにかしなければ、困ったような笑みを浮かべてローナを振り返る。この子だけでも、養えるように。
「困ったことになってしまいました、でも大丈夫です。心配しないでください」
「……」
「実家に戻ってどうにか生活のめどをつけますから」
必至に取り繕った言葉も、あまり意味をなしていない様子で、彼女はとても深刻そうに、眉間にしわを寄せている。
それから、ただ無言で私が立ち上がるために手を差し伸べてゆっくりと車椅子に戻す。
これからどうなるのだろうという不安が心の中に立ち込めるけれど、出来るだけ悲観的にならずに、私はロットフォード公爵家を後にした。