37 儀式
公爵も、アレクシスもメンリル伯爵家の家族たちも一様になんだか気の抜ける様な驚き顔をしていて、そんなに立ってしっかりと歩いていることが珍しいのかと私は少し苛立たしいような気持ちになる。
彼らは私がいなくなってからどういうふうに思っていただろうか。
……少しでも、惜しいと思ってくれましたか? ……いいえ、それだけはありえませんね。
そう思って、今年もか細い光になるだろうと魔力を込める。多めに自分の作った魔法道具をつけてきているけれど、私の病気は治ったわけではない。
ヴィンセントに恥ずかしい思いをさせてしまうのだけが 申し訳なかった。
しかし丁寧に魔力を込めてみると、いつもと違うことがありありとわかる。体から手に伝わる魔力は濁流のようで出口を見つけて流れるように魔法道具を伝って流れ出ていく。
ランタンは本当に私が光らせたのかと思うぐらいカッと強い光を放ち、驚いて目がくらむ。
「っ、な」
先日魔法を使った時は、咄嗟の事で自覚が薄かったが、体に魔力が潤沢に流れているのを今更感じる。
道理で健康になるわけである。
そして当然のように魔法道具をたくさんつけているので、増強された魔力はランタンにだくだくと注がれて、ギラギラとした輝きを放ち、私は驚いて手を離した。
「おっと、ウィンディ……大丈夫、何も異常な事じゃないから」
会場は、驚きの声で満ち溢れ、間抜けな顔で驚いていた彼らはさらに目を丸くしてまるで鳩が豆鉄砲を食らったような表情になっている。
ふらついた私をヴィンセントは軽く腰を抱いて支えて、ランタンも聖職者の人に渡す。
しかしどう見ても、彼が光らせたものよりも大きな光を放っていて、それはもう王族の方たちと同様なほどだった。
「……これが、君の本当の力だ。何も間違ってない、それを沢山の人に知ってもらうために今日は一緒に来てもらったんだ」
平然と言うヴィンセントに、私は”本当の私の力”という言葉で彼が何をしたのか理解できた。
しかしそれをこの場で言うことはせず、彼に導かれるまま壇上を降りて車椅子に戻る。
そばを通る貴族たちのささやかな話し声が聞こえてきた。
「あの様子、克服されたのでは?」
「それにしても何という輝き……」
「綺麗ですね、驚きました」
おおむね好意的な言葉ばかりで、こんなふうに言われることは初めてで嬉しいはずなのに私は胸の中で色々な気持ちがこんがらがって、うまく前を向けない。
それどころかなんだか自己嫌悪すらわいてきて、何故気がつかなかったのだろうというとどうしようもない気持ちに駆られる。
元居たスペースに戻ると口々に、貴族たちが素晴らしかったと声をかけるが、それをオリアーナが制止して、ヴィンセントは私を気遣うように言った。
「少し疲れてしまっただろう? 今日はこのあたりで屋敷にもどろうか」
もちろん混乱した気持ちをどうにかするためにそれには頷きたかった。しかしここに来た本分を疎かにすることは出来ずに、小さく首を振る。
「いえ、せっかくですので最後まで。けれど、気分がすぐれません、少し一人にしてください」
「わかった。ローナ、リビー、ウィンディの事をよろしくね」
「はい、承知いたしました」
「はい! 喜んで」
二人に任せてヴィンセントはオリアーナと貴族たちの対応にもどっていく。
彼も自分が何をしていたのかバレたことに気が付いたのだろう。
……何をどう言ったら良いのでしょうか、ああ、わからない。
難しい気持ちになりつつも一人になると少し落ち着くことができて、続いて呼ばれる上級貴族たちが次々にランタンを光らせていくのを眺める。
ロットフォード公爵家は最後の方に呼ばれる。
しかし彼らは、あまり集中していない様子で私を見つけるとアレクシスは、あんなに仲睦まじげだったリオノーラの事を無視して私を見つめている。
けれど一度は結婚する相手としてそばにいたのに、彼の事はもうほんの少しも魅力的には思えない。
そんなことより今は、自分の状況の方が手いっぱいでどうでもよい。家族たちと同様に、彼らに割くリソースはまったくと言っていいほどない。
結局そのまま、ロットフォード公爵家は壇上を降りていき、最後に王家の順番が回ってきた。
グレゴリー国王陛下と、ドローレス王妃殿下はきちんとランタンに美しい光をともし、最後にぞろぞろと周りを貴族に囲まれているリオンの順番になる。
彼は、とても恐ろし気にそれを掴む。その手には魔法道具がいくつもつけられていて、私はやはり彼のそれを奪わずにいてよかったと思う。
しかし、会場の貴族たちはリオンのその様子にひそかな声をあげた。
「なんだか、具合が悪そうよ?」
「大丈夫かしら」
「ひどく狼狽しているな……」
ランタンを手にしても一向に光らせない彼に、ざわめきは大きくなっていき、聖職者の司会係が「静粛にお願いいたします」と注意をするほどだった。
それほど時間が経ってリオンはやっと決意したように、ぐっとランタンの持ち手を掴んで魔力を込める。
しかし、淡く見えないほどに小さく光るそれは今にも立ち消えそうな光だ。
揺らいで不安定に光を放ち、十秒と持たないうちに消え、ガタンと大きな音を立ててランタンを持ったままリオンは崩れ落ち、すぐに護衛騎士であるカーティスに支えられた。
「リオン王太子殿下っ! これ以上は無理です! 下がらせてください! リオン王太子殿下は生まれつき魔力が乏しいんです!! お願いします!!」
彼が悲痛な叫び声をあげながら、リオンを抱いてロットフォード公爵家の面々に告げる。
彼らもここまでなることは予測していなかった様子で、すぐに確認するようにロットフォード公爵に視線を送った。
私はそのロットフォード公爵の反応をじっと凝視する。
彼は、大袈裟にため息をついたように見え、それからもうやっつけになってパッパッと二回手を払った。
「王家の魔法の癒しを受けることをお許しください! 心身ともに王太子殿下は限界なのです!! お願いしますっ!!」
さらに追い打ちのようにカーティスが言うと、ロットフォード公爵家の人間は波が引くように去っていき、グレゴリー国王陛下とドローレス王妃殿下はすぐにリオンの元へと駆け寄った。
ああして人質に取っていたが、こうなればリオンの価値はすでに皆無に等しい。
ロットフォード公爵家としても、価値のない人質を丁寧に養うほど気長な人間ではない。それは私を捨てたことで分かっていた事実だ。
すでに王家の血筋を取り込むことには成功しているし、魔薬患者の治療には王家の魔法が必須だ。
現在でもそれはギリギリのところで機能していて、ドローレス王妃は新しい子供をつくることは難しい。
だからこそ、きちんと力のある王女を手に入れた彼らにとっては天下を取ったも当然。
こうなることは、予測できていた。
けれども民衆はそうではない、どよめきが起こって、貴族たちは口々に混乱した言葉を交わしている。
視線を移すとヴィンセントたちも顔を青ざめさせていて心配している様子だった。
貴族たちは、王太子は王家に戻ったが彼は王族として不適格、ロットフォード公爵家が優位になったのだと誰もが思っている様子だった。
……これから、きっと沢山の事柄が動きますね。
そう考えて、私は両親にやっと抱かれることができたリオンの事をずっと見つめていた。
そのまま冬灯の宴は騒然としたまま幕を閉じたのだった。




