32 期待外れ
ついに手に入れた王族の血筋であるリオノーラに振り回される最近の生活をアレクシスは不服に思っていた。
王太子であるリオンを手に入れ、それを利用し王族と婚姻関係を結ぶ、そうしてじわじわとレイベーク王国を乗っ取り、陰で王国を牛耳る支配者となる計画は父であるロットフォード公爵の発案だった。
彼は偉大で立派な父であり、現状の与えられた権力だけではなく支配する側に回り莫大な資産と富を得る。
そういう向上心のある所を素直に尊敬している。
だからこそ、アレクシスと、第一王女リオノーラとの結婚はその足掛かりになる重要な工程だ。
ついでに、常に陰気で死臭の漂う死にかけの女との婚約も破棄できた。
しかしウィンディはあれでいてそれなりに使い道のある女だった。
魔石加工の腕は一級品であり、さらにはリオン王太子を懐柔し懐かせて、褒賞はほんの少し家族にくれてやれば後は静かに死んだように過ごす、都合のいい女。
アレクシスは、ほかの気高く美しい女とたくさん遊んだことはあったが、実際に自分の懐に入れていたのはウィンディだけだった。
だからこそ若い女というのは母親と違って、家庭に入れてやればそうして静かにまとまってよくいう事を聞くものだと信じてやまなかった。
しかしどうだろうこのリオノーラという王女は、とても怠惰でそれでいて傲慢だった。
よくいう事を聞くのなら可愛がってやるつもりはあったし、実際にその外見はとても評価されるべき代物だった。美しい外見に、誰もが羨望のまなざしを送るほどの王族の象徴たる銀髪。
隣を歩かせるのに申し分ない、もちろん歩けすらしないあの死に損ないとは比べ物にならない。
「だーかーらー! わたくしはこの美しい宝石を使ったドレスを着たいのよ! それも冬灯の宴の日に。それまでに何とか作りなさいと言っているの」
商品を持ってやってきた商人に、彼女は苛立たしい態度でそう言い放つ。冬灯の宴までにはもう日にちが少ない。
それを急ごしらえであつらえるとなると、商人だって他の依頼を蹴ることになるし、信用問題になる。
「いやぁ、そう、仰られましても、わたくしどもの元に在庫があるわけではありませんので、お直ししてというわけにもいきませんしな」
「一から作ればいいじゃないの! このわたくしに用意できないなんてどういう了見で言ってるのかしら?」
「ははっ、これはこれは申し訳ございません」
先ほどからこの調子で、がなり声をあげる彼女にアレクシスは、うんざりしていい加減諦めろと怒鳴りつけたくなった。
しかし、彼女の機嫌を損ねては婚姻の話が無駄になる。ぐっとこらえて、優しい顔をした。
「まぁまぁ、リオノーラ。そうできない事を言っても仕方ない、ほかのドレスで手を打とう」
「は? どうしてアレクシスまでわたくしの味方をしてくれませんの? あーあ、こんなんじゃあ、お父さまたちに言って、王城に帰ろうかしら」
アレクシスが優しく宥めてやったというのに、リオノーラは脅すようにそう言って、侮ったような目線を向ける。
それにプライドが刺激され、その横っ面を張り倒してやりたくなる。
しかしその会話を聞いていた商人が、ここだとばかりにアレクシスの方へと向いて下衆な笑みを浮かべて言った。
「そんな、わたくしお得意様方の家庭を壊すつもりなど毛頭ございません。……そうですな、リオノーラ様がそこまでおっしゃるのならば……どうにか日程を調整して……」
「あら! そう来なくっちゃ」
明らかに図ったようなタイミングにも、愚鈍で間抜けな彼女は気がつかない。
これがウィンディだったなら、端からドレスを欲しいなどとはいわず適当に買った魔石をくれてやるだけで、心底嬉しそうにしていたというのにと比べてしまう。
「ですが、もちろん、無理を通すわけですから、値段は少々、ねぇ?」
商人は決まり文句のようにそう言ってアレクシスを見つめる。これはふっかける気だろうと思い、すぐさま却下をしようと前のめりになったがリオノーラが言った。
「いいわよ値段なんて、どうせ大したものじゃないんだから、それよりそうと決まれば、早く作業に取り掛かってちょうだいよ」
「ええ、ええ! 分かりました、ではそういう事で」
リオノーラの言葉を聞いて話を纏めようとする商人にも腹がたって、アレクシスは机をどんと叩いて、青筋を浮かべつつも取り繕った顔で言った。
「おいおい、勝手に決められたら困るんだ。俺たちだって何も無限に金がわいてくるわけじゃない、な、わかるだろう。リオノーラ、君も家庭にはいるのだから少しは節約というものを覚え━━━━」
そういって手を伸ばし、腰を抱こうとした。
しかしリオノーラはすぐにその手をはじき、軽蔑したような目線で言う。
「はぁ? 誰に向かって言ってるんですの? この無礼者。わたくしの夫になるからってアンタ、偉くなったおつもり? 滑稽ですわ」
アレクシスは頬を引きつらせた。
そして例のごとくあの女ならとあの陰気な顔を思い浮かべる。彼女は見下して適当にプライドを満足させるのにとても丁度良かった。
しかし彼女はもういない、あの忌々しい、ベルガー辺境伯家に連れ去られてしまったからだ。
今頃は、魔法協会で研究対象にでもなっているのだろう。彼女のそれは病気だとすら知らずに人体実験の材料にでもされているかもしれない。
そんなことを考えながら手を引っ込めて、結局リオノーラの言うままにドレスを買い与える。
そんな日々は長らく続いており、不服を通り越して殺意まで覚える。
それに、あの王太子の件もあって屋敷中がピリピリしている。
あの王太子は、金がかかるだけのとんだ期待外れだった。
次の冬灯の宴で十歳になる。もう隠しきることはできないだろう。王族は期待外れのクズばかり、そう思わざるを得ない。
こんな奴らに国の統治を任せていてはいずれ、父の言うように衰退してしまうだろう。だからこそ自分たちの支配は正当なものだと信じて疑わなかったのだった。




