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死にかけ令嬢の逆転  作者: ぽんぽこ狸


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30 魔薬



 

 「そういえば聞きたいことがあったんです」


 私は、魔石に彫刻をするのをやめて、回路を刻み込むために魔力を通しながらどちらかに限定せずに聞いた。


 すると、ハンフリーは「なんだ?」と短く答えてリーヴァイは私に視線を向ける。


「……ロットフォード公爵家、レイベークの王家、それから魔法協会を伴うベルガー辺境伯家の因縁についてです」


 それは、長らく続いている争いで、今まではロットフォード公爵家が優勢のまま、十年ほど経過している。


 そしてヴィンセントはその件についても事情を知っていて対応をしようと考えていることは言葉の端々から知っていた。


 しかし、私はロットフォード公爵家にいながらも、そういう政治的な闘争にはまったくの無関係で深く事情を知らない。


 自分が知ったところで解決に時間のかかる問題に、余命一年を繰り返している私は何の役にも立たないからだ。


 けれども状況は変わって体調は少しずつ良くなってきている。ヴィンセントはしきりに私の体を”もとに戻す”と言っているし何か策があるのだと思う。


 それを深く考えても仕方がない。


 なので私は長年、目をそらしてきたこの国の問題について知る機会があったら知っておきたいと思っていたのだ。


「あらかたの事はロットフォード公爵家にいたので知っています。まずロットフォード公爵家は、魔法協会からも禁止されている”商品”を他国から輸入していて扱っている」

「そうだな」

「それは多くの人を中毒にし魔力を生成する器官に影響を与えるもので、医療に精通している我が国の王族がいるからこそ、国は成り立っていますが、他国ではそれで立ち行かなくなる事例も出ている」

「はい」

「だからこそ規制と処罰をしようと王家や魔法協会は、動いていますが、今のところ、王家の人間はその”商品”を使っておかしくなった貴族たちの対処に追われていてそれどころではない」


 私が事のあらましを語っていると、リーヴァイもハンフリーも少し違和感があるような、微妙な顔をしてその様子を視界の端で捉えた私は顔をあげて聞いた。


「どこか間違っていましたか?」

「いえ”商品”ですか……彼らのところではそういうふうに呼ばれていたのだなと思いまして」

「ウィンディ、ありゃ魔薬だ。人を狂わせて、虜にする人を壊す魔の薬。そんなぼやかした言い方している奴なんて、犯罪者ぐらいだぞ」


 心配したようにそう言ってくる彼らに、価値観の違いで私は少し驚いた。


 彼らにとって”商品”はまごうことなく、人を壊すいけない魔薬でそれを商売にしているロットフォード公爵家は犯罪者。


 分かっているつもりでも、改めてそう言われると心に重くのしかかってくるものがある。


 相手を選べなかったとはいえ私に手を貸してくれていたのは、国と国民を脅かしている一団でそれを何の悪気もなく自分たちの誇らしい生業のように言っていた彼らはおかしいのだ。


 これは、この件に触れるにあたってとても慎重にならなければならないだろうと思う。


「失礼しました。つい、あちらにいた時に聞いていた会話の名残で……魔薬で国を少しずつむしばんでいるという事以外にも、王家が強く出られないのには大きな原因がありますよね」


 続けて話を切り替えて、親和性の高い話題にかえた。


 これはほぼ私は当事者と言っても過言ではないために、間違えた発言をすることも少ないだろう。


「ええ、十年前だったでしょうか。そのころはベルガー辺境伯家も頻繁に狙われ、魔薬の被害に遭った患者が急増した頃です」


 私の言葉に補足するようにリーヴァイは語りだした。


「そのころは我々魔法協会もベルガー辺境伯家を注視しており、王家が必死になって貴族たちの治療に当たっているのを放置していました。


 当時も今も、王城の隣に王家の人間の使う光の魔法の癒しを受けるための医療棟があります。そこには多くの人が出入りし、全員を精査することは不可能でした。


 だからこそロットフォード公爵家のものが入り込み、レイベーク王国の大切なリオン王太子殿下は誘拐され人質となった。それが今でも状況が好転しない理由です」


 ロットフォード公爵家は、王太子を殺して跡継ぎをなくし、王家の力をそぐのではなく彼を誘拐して人質にし、彼らを御する方を選んだ。


 その選択は慈悲でもなんでもなく、ロットフォード公爵家にとっては”商品……魔薬を卸す大切な消費者なのだ。彼らを維持し続けたうえで魔薬で支配し、自分たちだけの楽園を作ろうとしている。


 それが私から見たロットフォード公爵家だ。


「説明ありがとうございます。やはり痛ましい話ですね」

「そーだな。ただ、ウィンディはリオン王太子殿下と接していたんだろ? 彼はどんな調子だった?」


 興味津々とばかりに聞いてくるハンフリーに私は、なんとも答えづらく難しい顔をした。


「快適に過ごしているはずがないでしょう。ハンフリー、そういうデリカシーがない事を聞くのは人に嫌われますよ」

「えー、いいだろ。ドローレス王妃殿下も、グレゴリー国王陛下もリオン王太子の近況を聞ければ少しは気分が落ち着くかもしれないぜ、手紙に書いてやったらいいだろ!」

「ですから、ことはそれほど単純ではありません。人質に取られている息子が元気だという話を聞いても複雑でしょう?」

「まぁ、複雑っちゃあ、複雑か」

「そうです。今は、特に大切な時なんですから……」


 リーヴァイはそういって、考え込むように腕を組んだ。


 私はすでに作業には集中できなくて、魔石を置いて、最終的に聞きたかったことについてリーヴァイへと問いかけた。


「それは、ロットフォード公爵家を制圧するという事ですか? 王家はリオンを見捨てる選択を……?」

「いいえ、そういうわけではなく、救出作戦の真っただ中という事です。以前ヴィンセント様は、ウィンディ様もいずれリオン王太子殿下に会うことができるはずだと言っていたでしょう? それは、やっと事が動く兆しが見え始めたからです」

「兆し……ですか」

「ええ、あなたの事もあってヴィンセント様もやる気ですから、ロットフォード公爵家には個人的に思う所もあるはずですので、彼らの悪事を正当に暴くために、王家と協力して手を尽くしています」


 リーヴァイは誇らしそうにそう言って、私には詳しい事はわからないが、リオンを救い出すために動いて、この国を魔薬の魔の手から救い出そうとしているという事だけは理解できる。


 ……だとすれば、私もその一助に……いいえ、あの人たちに協力していた罪滅ぼしになることが出来るかもしれません。


「……そうなんですね。では、一つお聞きしたいのですが、リーヴァイ」

「はい、もちろん」

「私が作った魔法道具は彼らも愛用しています」

「そうだろうな! ウィンディの腕は最高クラスだからな!」


 何故だかハンフリーが誇らしそうに言って、それに少し気恥ずかしい気持ちになりながらも私は、続けて聞いた。


「その機能を停止させることが出来たら、少しは彼らに損害を与えることは出来るでしょうか」

「! それは……可能なんですか」

「はい、頂いた技術書に魔法使いは、本意ではない使い方をされないように遠隔で操作できる回路を刻むとありましたので、一応、こちらに」


 そういって、道具箱からケースを取り出して、区画分けして保存してある自作の魔法道具と連動している魔石を見せた。


 これを壊すと、あちらも効果がなくなる。


 大したものではないと思っていたので、気にしていなかったがきちんと考えると少しでもロットフォード公爵家に貢献しているままというのは良くないだろう。


 助けてくれたヴィンセントにも義理を通せない。


「お二人に預けてもよろしいですか? どうするかは、お任せします」

「いいんですか……これは仮にもあなたの努力の結晶では……」

「いいんです、私は……私を尊重してくれる方々に尽くしたいだけですから」


 そういって見学の終わりには彼らにケースを持って行ってもらう。しかし一つだけは手元に残して、その小さな魔石を見つめる。


 そして小さなリオンの事を思い出して、それを壊そうかそれともそのままにしようかと考える。


 しかし、彼がこれを支えにしていたならば、可哀想だ。ヴィンセントたちの作戦とうまくかみ合うかどうかは定かではないが後は時の運に任せようと思ったのだった。






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