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3 用済み



 

 くだんの応接室に入るとそこにはさらりとした金髪に、美しい碧眼の美男子の姿があり、彼は私より少し年上でロットフォード公爵家跡取りのアレクシスだ。


 彼は間違いなく私の婚約者であり、こんな体でも面倒を見てくれる懐の広い人だ。


「お待たせして申し訳ありません、アレクシス。出来るだけ急いできたのですが……」

「ああ、いい、いい。どうせ君にほかの人間のように機敏に動けと言っても無理だろ。それより早く用件を済ませてしまおう」

「……はい」


 呆れたような目線をおくってくる彼に、特に弁明することなく私は彼の座っている目の前のソファに腰かけた。


 すると飲み物が出てくるよりも早く彼は、私に目線を向けて笑みを浮かべて言った。


「それでな、ウィンディ。まぁ、もちろん君の事は愛している。幼いころからの縁もあるし、何より君は献身的で女としても悪くない」


 途端に切り出された話は、なぜか私をおざなりに褒めるような言葉で、唐突すぎて意味がくみ取れずに警戒したまま「ありがとうございます」と返す。


「そうそう、そう言う素直なところも俺は、な? 俺は悪くないと思ってるし、母様のように惨めったらしくものを強請ったり、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるようなこともない」

「……」

「俺は、そう言う所が気に入っているし、可哀想な君の事情も重々承知してる」


 なんだかその、自らの母親と比較して私がどんなふうに良い人間かという言葉は少々、嫌な言葉だった。


 彼が軽蔑しているロットフォード公爵夫人だって、そう言うふうに息子にも夫にも馬鹿にされているからそうする以外に感情の整理をつける方法が見つからないだけではないだろうか。


 だから感情的になるだけで、私がそれをしないのは、それをして成功したためしがないからだ。ローナやカミラにも迷惑がかかるし。


 とにかくそんな誉め言葉はうれしくないけれど、アレクシスがそれを誉め言葉として言っているという事の方が重要で、流石に否定するようなことは言えない。


 それに、彼の言い方的にそこから続く言葉の方が何やら重要そうだと思う。


「……」


 だから続きを促すように彼をじっと見つめると、彼は私の視線を受けて、少しばつの悪そうな顔をした後に、開き直ったように少しおちゃらけたような表情で言った。


「ただ、父様がな。まぁ、ありていに言うと、やっぱり君は相応しくはないだろうって」


 言われた言葉にぽかんとしてしまって、私はその意味をもう一度頭の中で反芻してみた。


 しかし、続けて彼は言う。


「俺も君が可哀想だから、とは言ったんだけど、ただまぁ、わかるだろ? ここまで同じ屋敷に住んでてもどうにも、な」


 まだ何も理解できていないのに、同意を求めるように問われて、私は思わず返した。


「どうにも、なんですか」

「だから、どうにもウィンディって骸骨? 見たいっていうか、女として正直見られない」


 ……ああ、そう言う。私は、あなたにふさわしくないっていうのはそういう事ですか。


 たしかに、幼い頃からこの体質なのでとても健康体からは程遠い。


 もちろん肉付き豊かな活発な同年代の子よりも、ずっとそう言う魅力で劣っているというのも知っている。


 なんせお化粧をしようとしても、元の肌色が青白いので幽霊のような人間が化粧しても可愛くならないのは当然だし、髪を美しく結い上げようと思うとやせ細ったうなじから鎖骨までが丸見えになって見苦しいのだ。


 だから今の状態に落ち着いている。これが一番マシに見えるはずだ。


「それに、やっと周りも認めてくれてな。ついに正式に”彼女”と結婚の許可が下りたんだ、いや、長かったな」

「……」

「とりあえずは、話がまとまるまで君をここに置いてたけど、それももう終いだ。メンリル伯爵家の方とはすでに取引も成立してるから君はここを出ていくだけでいい」


 一度、切り出しづらい用件を言ってしまうと、後は気が緩んだ様子で彼はペラペラと事情を言って話を進めていく。


 しかし自分が惨めだとか、悲しいとか、苦しい気持ちを差し置いて、とにかく反射的に私は、前かがみになってテーブルに手をついて彼に言った。


「こ、困ります! 困ります、本当に。け、結婚してくれるという話だったではありませんか。私自身もご迷惑をかけるだけでなく、自分でも出来ることをやれるように努力をしてまいりました」

「……」

「仕事を割り当てられ、自分のできることをこのロットフォード公爵家に提供してきました。それを、突然……話が違うではありませんか」


 私が生活できなくなるということは、私についてくれる人たちも割を食うという事だ。


 自分の事を主張しない方が良いと思っていても彼女たちの生活を脅かすようなことになるのは看過できない。


 それに、それは裏切りだろう。


 将来を見据えてここに置いてくれるといったから私は、努力を続けてきたのだ。それなのに、どうしてそんなことが簡単に言えるのだろうか。


 たしかに、この身は欠陥品だ。尊重されなくてもまったくおかしくなんてない。


 けれども、一番身近で面倒を見てくれた人の生活は守らなければならない。それが出来なければ私は申し訳が立たない。


「そんなことを王族が認めたのですか? 若い令嬢を幼い頃からキープするように婚約しておいて、突然鞍替えするなど、それはあまりにも非人道的な行いです」


 興奮するとすぐに、ひどい動悸がやってきて、冷や汗が出てくる。


 しかし拳を握って大きく息継ぎをして続けた。


「跡継ぎの男性がみんなそんなことをしては、人生を棒に振ってしまう令嬢が多く出てしまう。だからこそ婚約については王族が承認を必要とするところです。


 本当に正しく事実を王族の方にお伝えしたうえで、このような行為を容認されたのですか?」


 自分がどれほど頑張ってきたか、あなた達の為に尽くしてきたか、信じていたのに、本当はそういう事を言いたかった。


 けれども、それはこんな死にかけの女を受け入れてくれて今まで面倒を見てくれたという事実でまったくもって相殺される。


 そのぐらい、私は社会にとってのお荷物だ。


 だからこそ、私に正当性があるはずの急な婚約破棄について触れた。


 しかし、言っていてふと彼らの思惑に気が付いた。


「……まさか、王族に承認、させたのですか」


 彼らには王族に言うことを聞かせるとても重要なカードを持っている。それを切ったとするならば話は変わってくるだろう。


「なんだよ。人聞きが悪い。……そもそも━━━━」


 私の言葉に、アレクシスは機嫌が悪そうな顔をして、それから続けて言葉を発しようとした。しかし、そこに扉を開けて一人の少女が待ちくたびれたという様子で入ってきたのだった。





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