21 処罰
ウィンディが去った後、兵士も従者も廃して、カミラとそれから魔法使いのハンフリーだけを残して、ヴィンセントはようやっと取り繕わなくていいと長いため息を吐いた。
「……なぁ、ハンフリー」
「はいはい」
「俺は、ウィンディに優しそうに笑えていた?」
「さぁ、どうだろうな。少なくとも、声だけは優しそうだったぜ!」
「それならいいけど、じゃあ、早速。処理しちゃおうか」
「おうよ」
ヴィンセントは適当に立ち上がって、様子を窺っているカミラの方へと向かった。
彼女は、ウィンディの言葉で、このままこの屋敷を出て実家にでも戻ろうと算段を立てていたと思うが、あんなことをしてそう簡単に許されると思うなんてなんて愚かしいのだろうと思う。
「それにしても、いいなぁ、ウィンディ。淡々としてて、ただ罰するだけでもいいのに、わざわざきちんと話をして、希望を見せてからこれだもんな~!」
「な、何ですか! 何をするって言うんですか、言っておきますけどあの子は私に恩を感じているんですよ。何かしてみなさいあの子に嫌われますよ?」
「どうどう、暴れんなって後ろ手に拘束されてんのに逃げられるかよ!」
ハンフリーはカミラの背にまたがって体重をかける。抗えずに頭をつけるカミラの頬に、短剣をぴたりと当てた。
「ヴィンセントが何するかわかってるうえで、ローナの為にきっちりしたんだろ。ウィンディは自身が弱くて仕方ない人間みたいに言うが、芯は相当強いよな」
「そんなの当たり前だ。ウィンディは強いよ、俺よりもずっと」
「はー、お前よりか、よっぽどだな」
カミラはナイフに気が付くとひいっ、とのどを引きつらせたような声を出し、ヴィンセントは彼女に見えるように、一つの魔石を床に置いて魔力を込める。
「で、君には二つ選択肢がある。ここで死ぬか、俺の提示する契約を呑むか」
「な、なんですって!?」
「どうやら死にたいらしい、ハンフリー」
ヴィンセントが声をかけると、ハンフリーが彼女の首筋に小さな切り込みを入れて「ぎゃああ!!」と声をあげてカミラは体を跳ねさせた。
それでも拘束された彼女の体は碌に動かずに、血液が染み出て、涙と唾を飛ばしながら必死に言った。
「呑みますっ、呑むわっ!! だからやめてぇ! 殺さないでぇ!」
「そう、じゃあ契約の内容はこうだ。今から君を王都郊外の森の中に放置する、そこから一生出ずに生活すること」
「は、は? なんですか、それ」
条件を間違いなく伝えると魔石が効力を持ち、後はお互いの魔力で認証すればその契約は効力を持つ。契約違反を犯すと、破った方の魔力が奪われる。
この条件をヴィンセントはあまり使わないが、今回の場合にはそれが一番大きなペナルティになるだろうと考えた。
魔力がなくなれば、ウィンディのように魔力欠乏の症状に襲われ、失神してカミラは死ぬことになるだろう。
彼女の首からあふれた血に魔石をつけると自動的に魔力が認証されて、契約は成立となる。
血液には魔力が含まれているのでこういう事が可能だが、こういう使い方が出来ることはあまり広めたくない。
だからこそ、人を下がらせてハンフリーだけにしたのだ。
「よし、これでいいかな。精々、自分のやったことを後悔しながら死んでほしい。ウィンディがどんなふうにつらかったか思い知って」
それだけ言って立ち上がる、意気消沈しているカミラは、ヴィンセントの背中に向けて言った。
「ま、待ってください! まって! こんなの非道です! ありえない!!」
合図をすると中に入ってきた兵士たちに彼女は布を口の中に詰め込まれてまた地下牢へと引きずられていく。
準備が出来たら契約を発動して、森の中で身元不明の魔獣に食い荒らされた死体が一つ出来上がるだろう。
ヴィンセントは正直、ここまでしてもまったく気持ちが収まることはない。もっと苦しめて産まれてきたことすら後悔するような罰し方をしてやりたいと思っている。
しかし、ヴィンセントは今そんなことにかまけている時間はないのだ。
ウィンディが屋敷にいてくれてヴィンセントは彼女に尽くすことができる。それに全力を注がなければ、彼女から受けた恩を無駄にするようなことだ。
彼女がああなった原因を解消して、彼女があの状況になっていたすべての要因を取り払うことが最優先事項だ。
「さて、これで彼女を害する小さな羽虫は駆除出来たとして、まだまだ始末しなきゃいけない害獣はたくさんいるから、効率よくいかないと」
ヴィンセントは頭を切り替えるためにわざと口に出してそう言った。するとハンフリーが短剣の血を落としながら、ヴィンセントに言った。
「ところでヴィンセント。もちろんウィンディは良い人格者なんだろうが、だとしても随分肩入れするんだな」
「ハンフリー余計な事を言うべきじゃないですよ。雇い主がどういうふうに誰に恋慕しようと自分たちが口を出す権利はありませんから」
部屋の中に戻ってきたリーヴァイはハンフリーの踏み込みすぎた発言を窘めるように厳しい声で言った。
しかし、ヴィンセントはハンフリーがお調子者だと知っていてそばに置いているので特に気になることはなくむしろ、フェイビアンのようになぜ彼女なのかと彼らも疑問に思ってしかるべきだと思う。
「……肩入れしてる理由はもちろんある。けれど、すべては彼女の了解を取った後で公にしたい。だからそれまでは、余計な詮索はしないでくれ」
「なーんだ! 秘密か、つまらないなー、なんか壮大な愛の物語でもあるかと思ったのに」
「はぁ、ハンフリー、あなたはいつもそうやって適当にちょっかいを出す。いいんですよ、ヴィンセント様、自分らはあなたの行動に口出しなんてしません、ベルガー辺境伯家の魔法がなければ、魔法協会としても痛手ですから」
「そう言ってくれると助かるよ。リーヴァイ」
リーヴァイは顔に大きな傷のある厳つい顔を申し訳なさそうにしかめて、適当なハンフリーにため息をつく。
ヴィンセント自身ではなくベルガー辺境伯家自体が、代々魔法協会に貸しがあるのは事実であり彼らはヴィンセントにおおむね従ってくれる。
それは、ウィンディの言葉にすると偶然手に入れた幸運だ。
もっとも彼女の場合、本当に彼女のせいではなくああいうふうなのだがそれは置いておいて、ヴィンセントの力は努力によって手に入れたわけでもない。
けれども強者であって与える側だ。しかし自分がいつ弱者の側に転落するとも知れないとしても、一つだけしか優先しないし、出来ない。
出来るだけ多くを彼女に与える、それ以外はやるべきことはない。だからいつかそうなったときに、自分のやった事のつけを払うときが来るのだろう。
それらもすべて受け入れてただ、彼女にとってもこのレイベーク王国にとっても害にしかならないロットフォード公爵家を滅ぼすために行動を起こすほかないのだった。




