2 呼び出し
「それにしてもあまりにも急な呼び出しではありませんか」
ローナは車椅子を運びながら、少し責める様な口調でそう言った。
彼女は私の二人目のお付きの従者で、カミラより若く私と歳がちかいが、私にはカミラよりもよく仕えてくれている。
そんな彼女が苦言を呈しているのは、つい先ほど従者を使って応接間に来るようにと要望を伝えてきた婚約者であるアレクシスに対してだった。
ローナがこんなふうに言うのは、私の移動は基本的に車椅子を使っていて自室から移動するのに人の手を借りることが多く、スロープが無い場所の移動は大変になる、なので移動は極力しないからだ。
私は結婚相手となって将来の私の面倒を見てくれるロットフォード公爵家に尽くすために住まいをこちらに移し、魔法道具の作成に励んでいる。
ほかにも一応、家庭教師業も請け負っているのだがそれについては満足にきちんとこなせているか疑問が残る。
しかしともかく、私は移動がほかの人間よりも大変で、それなりに仕事をしていて予定もある。なのであまりこちらの予定を急に変更するようなことをアレクシスも、ロットフォード公爵も言わないのだが、今日に限っては話が違った。
「何か急ぎの用事なのかもしれません。ローナには負担をかけてしまって申し訳ないですが仕方ないですよ」
私は少し笑みを浮かべて、ゆっくりと階段を下りる。ローナは先に行って下階の廊下に車椅子を置いてこちらに向けた。
私は歩けないというわけではない。ただ歩くとひどく疲れてしまって、眩暈を起こして倒れることがある。そうして倒れて誰も支えられない状態だと頭を打って大惨事になる可能性があるのだ。
だから常日頃から車椅子に座っている。
「……違います。私が言いたいのは、少しはウィンディ様の事も尊重していただかないと、とそう言う話がしたかったんです」
それから彼女は階段を上がってきて私の手を取って支えながら階段を下りる。
「いえ、それこそ、こうして屋敷で面倒を見てくれている以上、私は彼らに偉そうにものを言う権利はありません」
「……でも」
「いいんです。ローナ、私が彼らに気を使って欲しくないというのもあるんですから」
そこまで言うと彼女は黙って、無言で眼鏡をかけ直して私の介護に徹する。
ローナが私を尊重しようとしてくれていて、おおむね彼女の言う事が正しい事は重々承知している。
仕えてくれている人がいる以上は、私だって主らしく、自分の尊厳を守るために強気にならなければならない部分もあるだろう。
けれども、理想はそうでも現実は違う。
いつ死ぬとも知れない私は、誰かの庇護がなくては生きられない。
誰か、私を都合がいい、少しでも利点のある人間だと思って生きるための支援をしてくれない事には、ローナを雇いあげる事だってできない。
だから必要以上にへりくだるし、尊重されなくても笑みを浮かべるしかない。
……けれどそう考えると私がそのことをものすごく、苦痛に感じているような言葉に聞こえるかもしれませんが、実際そうでもないんです。
もうずいぶん長くこういうスタンスですから。
最初の余命一年はそれはもう、投げやりになったり、どうして自分ばかりとやなんだりもしたし尊重されない事に不満もあったりした。
しかし一年、二年と歳を重ねていくと、死ぬことの恐怖と同じぐらいに、生活苦に陥って生きられなくなることの恐怖が強くなった。
そして、自分を慮っていては、どうやらだめらしいという事と、いつか死ぬけれど今を生き抜かなければならないというあきらめのような感覚が手に入った。
だからローナが私を想いやってくれる気持ちに応えられないのをやるせないけれど仕方ないとあきらめをつけることが出来る。
……まぁ、それはローナにとっては私の頭の中の事など知りようもないのですが。
「ありがとうございます。ローナ」
「はい」
階段を下りきって廊下に降り立ち、車椅子に腰かける。
すると彼女は静かに私を押して、廊下を進んでいく。ロットフォード公爵家の廊下は、この屋敷の特殊な事情も相まって、ロットフォード公爵家に連なる者以外もいろいろな理由で忙しなく来訪がある。
彼女との間に流れるおもたい空気感に、もっと何かしら、自分に言えることがあるかもしれないと思う。
けれどそれもまた、あまりやっても意味がない事だと勝手に結論付けて、呼び出された応接室まで二人で無言で進んでいったのだった。