19 嘘のない真実
されるがままに、救急処置として彼からもらった湯たんぽと温かい飲み物を飲ませてもらって、本物の暖炉の前で毛布を巻かれて座らされていた。
眠れるように暗くて落ち着いた部屋に、暖炉の炎の明かりだけがキラキラと輝いている。
魔力式の暖房よりも、直接、普通の炎のそばにいた方が体が効率よく温まるらしい。
個人的には熱いお湯につかればすぐに暖かくなりそうなものだが、あまりに体が冷えているときにそれをすると、死ぬこともあるらしい。なので体をじわじわ温める必要がある。
という事で、私は一人で毛布にぐるぐる巻きになっているわけではなく、その後ろから心配しすぎてそばを離れられないヴィンセントが体温をうつすように覆いかぶさって一緒に毛布に巻かれている。
つまり、彼の股の間に座り後ろから抱きしめるみたいに二人して暖炉の前にいた。
たしかに、これは心地よく温かくて、うっとり眠ってしまいそうなほどだった。
しかし、それにしても体温で体を温めるなど、どこかの本でよんだ遭難者の手記みたいだなと私は思いつつ、まどろんでいた。
ふと口元に手がかざされて何事かと、視線を動かすと、ヴィンセントはじっと私を覗き込んでいる。
「……ごめん、起こした?」
「いいえ……眠っていません」
「そう。いや、あまりにも君が静かに呼吸するから生きてるか心配になって」
聞かれて、救出されてからはじめて言葉を交わした。
案外、すんなりと話すことが出来るが、彼の言葉に心配しすぎだと思う。
たしかに、死にそうなほど寒かったような気がするが、こうしてきちんと言葉も話せているし、そもそもカミラだって殺す気はなかったのだろう。
そう思って、ヴィンセントは心配性が過ぎるのだと言おうと考えた。
「というか、もう話が出来るほど回復したんだ。ああでも、しばらく、いや、今夜中はこうしていさせて。それにもう、あんな思いをするぐらいなら、同じ部屋で暮らしたいぐらいだ」
「…………大丈夫っ、こほ、っ、心配のし過ぎです」
「心配し過ぎ? そんなわけないだろ、君を抱き留めた時、死んでると思った。体が冷たすぎて、雪が積もっていて、ただ、唇が少し動いて、瞬きをしたから、生きてるってすぐにわかっただけだ」
彼の行き過ぎた言葉に、私は少し笑って思ったことを正直に言った。笑うと少し咳が出て胸が苦しい。
しかし、私の言葉に対する反応は予想外のもので、声が固くなって、抱きしめる手がきつくなる。
彼の吐息が耳をかすめて、堪えたような声音で続けて言った。
「死んでいたっておかしくなかった。取り返しがつかなくなって、君がいなくなってしまったら俺は、あの人を契約違反になっても自分の手で殺していたし、絶対に悔やんでいた」
低くて強張った声、表情は見えないけれど怒っているというのが伝わってくる。
「だから、もう二度とこんなふうにならないように、ずっと目の届く場所にいてもらいたいと思うのは普通の事だ。あの時は従者の手前、冷静に対処したけれど、目の前が真っ黒になるぐらい酷い怒りと悲しみでおかしくなりそうだった」
「……大袈裟ですよ」
「なんでそう、君は……そういう事を言うんだ。冷たい君を抱いているときの気持ちを大袈裟だなんて、君にだって言う権利はない」
きっぱりと言い切られて、私は、はたと目が覚めたような感覚だった。
「君が自分を軽んじるのを俺が変えられないのは仕方ないとしても、君を想ってる俺の気持ちは俺だけのもので、俺はどうしても君が死ぬのだけは許すことができない。
君を殺した相手も、君を殺させるような状況にした自分の事も、その他すべてが許せない。
愛しているんだ。ウィンディ。死んでいたかもしれないってだけで、死にそうな君を見ただけでどうしようもなくなってしまうぐらい、堪らなく君は俺の世界の中心なんだ。
だから、大袈裟でも心配性でもない。ウィンディがずっとそういうふうに思い続ける限り、ひと時でも目を離したくない。
君が拒絶してもそれだけは、変わらない事を知っておいて……」
絞り出すようなその言葉を最後に、彼は黙って、私は何故か瞳が潤んでしまって自分でも意味がよくわからない。
少しばかり怒られて怖かったのか、それとも今更死の淵に立ったことが怖かったのか、それともまったく別の何かか。
分からないけれど彼の言葉に、納得してしまって、細かい震える吐息を吐いて、瞬きをすると涙が零れ落ちる。
手をつないだことがある程度の、私とヴィンセントの関係性で、こんなふうに体を密着させて夜を過ごすようなことになっているのは、私としては違和感があった。
きちんとした夫婦でもないし、お互い未婚の男女でありながらこんなのは、ふしだらで外聞が悪い。
それを彼も理解しているだろうし、私の事を軽んじているわけでもないということは知っている。だから私の了解を得ずにこういう事をしているのは何故なのかと、多少なりとも思っていた。
けれども、今の告白を聞いてわかった。
きっと、私の感情など体面や、外聞や、関係性など考慮していられないほどに焦って、やれることならなんでも手段を選ばずやったからだ。
必死になって心配して、必死になって助けたいと思って、私が自分に対するヴィンセントの感情を正しく認識できていなかったらきちんと怒って、否定する。
愛していると理由を述べて、大切なのだとわかるように示してくれる。
こんなふうに愛されたことなど、私にはなかった。しかし、そうまで言ってくれてやっとわかる。
「……そんなに、きちんと愛してくれているんですか」
「ああ、誰よりも、君だけを」
「そう、ですか。申し訳ありません、あなたの感情を軽んじていました。ずっと言っていませんでしたが、私に救いの手を差し伸べてくれてありがとうございます。今も……温めてくれて、人の体温はこんなに温かいんですね」
「君の体が冷たすぎるんだ。それに俺は……当たり前のことをしてるだけで、君を助けてるわけじゃない」
「難しい事をおっしゃいますね」
「そうでもない」
短く言われる言葉に、彼はやっぱり何かを隠していると思う。時折言い回しが怪しいのだ。
しかし、わかった。その情だけは本物で、私には変えようがないほど本気の愛だとようやく理解できた。
私が死ぬことを恐れてくれるぐらいに、愛しているというのなら私を健康にして、人体実験をしようなどとは思っていないだろう。ただ死なないように元気になってほしいと思っているのだ。
「……っ、なんだ。そうだったんですね」
つぶやくように言って、私はこぼれてくる涙をそのままにした。
そのうちに彼が気が付いて、怒って、きつい事を言って、怖がらせてごめんと謝りながら涙をぬぐってくれたけれど、その甲斐甲斐しさが可笑しくて私はやっぱりちょっと笑いながら、とめどない涙を流し続けた。




