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1  ウィンディ・メンリル





 一通り診察が終わった後、お医者様は前回と同じように首をかしげ、カルテとにらめっこをする。


 それから腑に落ちないような声で言った。


「えー、お疲れさまでした。無理をしてはいけませんから今日はベッドに入り安静にしていてください」

「……はい」

「まぁー、あなた様の症状は何と言いますか、毎年見れば見るほど奇怪で、魔力欠乏の症状が出る病ですからどれであっても今、私の前にいることも不思議と言いますかな……」

「はい」

「そのー、なので原因の究明が出来たところで、改善する見込みがあるかと言われますとやはり、それについては私の立場上何も言えないというのが正直なところですなぁ、魔力的な問題が多いですから━━━━」

「あの」


 とても回りくどく言いづらそうに言葉を重ねるお医者様を見つめて、私は助け舟を出すような気持ちで少し笑みを浮かべて尋ねた。


「それで、余命はどのぐらいでしょうか」

「……まぁー、一年といったところでしょうな」

「そうですか、今年もありがとうございました」

「いえいえ、何もできず申し訳ありません。ウィンディ様」

「いいえ、お医者様はとても親身になってくださっています。病気が改善しないのは私の体が原因ですから、気になさらないでください」


 もちろんそういうものを治すのが彼の仕事だということについては、私は触れないし考えるつもりもない。


 お医者様というのは、診て治すものだと体が悪くなったばかりの頃は思っていたけれど、すべての人を治せるのであれば死人などでないのだから治せないものがあるのだって当然だ。


 人は毎日、たくさん死んでいるのだから。


「さ、さようですか。いやはや、ウィンディ様は聞き分けの良い方で助かる。これでヤブだなどと噂を立てられたらたまったものではありませんからな」


 そう言ってお医者様はそそくさと荷物を纏め、笑みを浮かべて部屋を去っていく。


 私は立ち上がってお屋敷の外までお見送りをしようと車椅子の肘掛けに手をかけた。


「ああいや、見送りは結構。それではウィンディ様、ご自愛ください」

「ええ、ありがとうございます」


 頭を下げて去っていく彼はすぐに扉をパタンと閉めて、私は誰もいなくなった部屋の中、自分で車椅子をこいで、部屋の中に置かれている作業用の机につく。


 そこには先程まで作っていた魔法道具の数々がある。


 それらは魔石に含まれている魔力を起点に、様々な魔法を使うために必要なもので属性の魔法を持たない人々が主に使うものだ。


 こういった物を作るのは本来、魔法使いの仕事なのだが、販売するわけでなければ免許などは必要ない。私の場合には基本的に自分自身の少ない魔力を補うために使うのと、贈答用だ。


「あら? ウィンディ様、先生は帰られたんですか?」

「はい」

「それで? 少しは良くなってるんですか?」


 しばらくすると横から声がして、気まぐれに入ってきたお付きの侍女のカミラだとわかる。


 彼女の声は少し苛立っている様子で、作業に熱中したまま自分の方を向かない私の態度に腹を立てているのであろうことは容易に想像がついた。


 それを無視することはできないので、魔法道具の作成をやめて、顔をあげて振り返る。


 するとそこには、何も言わずに仕事に取り組んでいるローナの姿と、腰に手を添えて子供を叱りつけるときのような姿勢でこちらを見ているカミラの姿があった。


「……余命、一年だそうです」


 私は、何故だか自分が犯している罪を告白するみたいに、少し後ろめたい気持ちになりながら言った。


 同じように宣告したお医者様にはまったくもって気にしなくていい、あなたは悪くないと言ったのに、自分が言うときになったら途端に、支えてくれる人たちに悪い事をしているような気持ちになって俯いた。


 そうすると、さらりと新緑の髪が落ちてきて顔を隠す。


「あらまぁ、だって、昨年も、一昨年もその前も、同じように言われたではありませんか」

「ええ」

「余命一年というのは、どう考えても死にかけているって事でしょう? どうしてその状態でこうして何年も何年も病弱なまま生きているんです?」

「……」


 たしかに、それは問題だ。


 病気の原因も究明できていないのだから、治すこともできない。


 しかしそれと同時に予測が立たないから、普通だったら余命一年でぽっくりと死んでいるはずの状態で長々と生きている。


 それが私、ウィンディ・メンリルだった。


 メンリル伯爵家長女で、十七歳、体が弱く、魔力的な疾患で、常に魔力欠乏の症状が出続けている。


 体の免疫機能が低下して、一年の大半を寝込んで過ごしているが、その状態で、”まだ”死んでいない令嬢。


 死なないまま死にかけている状態で、今までずっと生きてきた。


「はぁ、本当に困りものだわ。これだから病人はいけません。そうして俯いていて何か解決しますか?」

「……」

「よくならないあなたをずっと献身的に支え続けている私たちは、誰にも評価されることもなく、別の主を探すこともできない。それは誰のせいですか?」

「……」

「何とか仰ってくださいよ。ウィンディ様、それともまたお疲れになったのかしら……はぁ、お休みになって回復するならまだしも、ただただあなたはずっとそう何も進歩しない」


 ちくちくと言葉を紡いでいるカミラに私は何も言い返すことができずに、体をひねって彼女の方を見るのをやめて、作業に戻る。


 こういうふうに言われるのは、慣れっこだと言ってしまっても差し支えないだろう。


 尤も、彼女は私がそういうふうに慣れっこだという態度を取るとさらに怒りが増すようだが、とにかく私にどうにかできることではない。


 努力はしている。迷惑を掛けて生きるだけの恩返しもしているつもりだし、体をよくするために、本で得た知識でたくさんの事を実践してきた。


 しかしそのどれもが私の体に作用しない。特に結果をもたらすことはない。


「これからの一年も、そこからの五年も、十年、二十年とあなたはそうして進歩なく死にかけのまま生きていくの? はぁ、考えただけでぞっとする」


 話を聞くつもりがないと作業に戻った私に向けて、カミラはじっとりとした声で言った。


 それに、私は心の中で思った。


 ……それは私も同じです。……ぞっとしますね。何もできない事はやるせない。


 そのやるせない気持ちを成就させる方法、つまりは何かしらの成果を上げる方法。その唯一の方法を私は一応持ち合わせてはいる。


 しかし、神の御許に旅立つ覚悟は出来ていようとも、自らを殺すという罪を犯す覚悟などすることが正解なのかわからない。


 そうすることが”進歩”なのだとカミラは思っているのだろう。


 けれど生きられるだけ与えられるだけ生きていかなければ、彼女がこういっていようとも、私には将来を約束している婚約者もいるし、期待してくれている家族もある。


「体が良くなるように、一生懸命務めます。それまではどうか、支えてください、カミラ」


 だからこそここで、謝罪をするわけにはいかないのだ。


 死ぬかもしれないとしても、生きている限りは、生きているのだからそれが続くように努めなければならない。それが私のここ十年ほどで出した答えだ。


「あなたはいつもそう一辺倒なんですから。もっと何か気の利いたことを言えないんですか?」

「……すみません。たくさん本を読んで勉強します」


 私の言葉に、カミラはさらにイラついたように言って、その後、仕事に戻ったか後ろに気配はなくなる。


 しかし、私は惰性で言葉を返した。


 何を言っても彼女の望む答えを言わない限りは彼女がこうして私に向ける気持ちはわからないとわかっているけれど、それをまったく知らないふりをして、魔石に回路の彫刻をコツコツと掘り続けた。






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