第8話 『 ボッチと学級委員長さん 』
「うん。分かった。じゃあ、今日の二十二時集合ね。海斗くんには僕が伝えておくよ」
「有難いでござる。ではまた」
休み時間。友達と話し終えた僕は、ひらひらと手を振りながら廊下を歩き出した。
その途中で、
「あ、白縫さん」
「ボッチくん」
僕と同じ学級委員長にすれ違った。
彼女の名前は〝白縫萌佳〟さん。腰まで届くさらさらな黒髪に、モデルと遜色のない美貌が特徴的な少女だ。性格も人懐こく朗らかで、クラスの中心人物でもある。
そんな白縫さんは、何やら重そうなノートの山を持っていた。
「これ、どこまで運ぶの?」
「――ぇ?」
「手伝うよ」
白縫さんが本日日直であることは確認済み。そして前の授業でノートを教卓に集めていたことも確認済みなので、おそらくこのノートの山を先生の元へ運ばなければいけないのだろう。そういえば、地理の教科担当の先生が慌てて教室を出て行ったのも視た気がする。
「わざわざありがとう。でも心配しなくてもいいよ。ボッチくん。友達と話してたでしょ」
「もう終わったし、それに女の子一人に大荷物を持たせるわけにもいかないからね」
「わお。今日もボッチくんはあだ名に似合わず紳士だねぇ」
「褒めてるのそれ?」
「すごい褒めてるよ」
なんだか複雑な褒められ方だ。
僕は苦笑しつつ、白縫さんからノートの山を半分(より少し多めに)もらう。
「ふぅ。ありがとうねボッチくん。だいぶ軽くなったよ」
「どういたしまして。それで、これはどこまで運ぶの?」
「職員室までだよ」
「了解。あ、足元気を付けてね」
「ボッチくんは紳士だねぇ」
「白縫さんが怪我したら大変だからね」
お互いに職員室に向かって歩き出しながら、会話を続ける。
「ボッチくんは優しいのにカノジョがいないなんて不思議だねぇ。欲しいと思わないの?」
「うーん。僕は今の生活で十分満足してるからなぁ。告白されたら迷うかもしれないけど、されない限りは無理に作る気はないよ」
「へぇ。でも恋愛に興味事体はあるの?」
どうだろうか。
「……あるといえばあるし、ないといえばないかな」
「えー。具体性に欠ける答えだなあ」
「あはは。僕もそう思うよ」
でも本当に、誰かと付き合いたい、恋したい、と思ったことはあまりない。そもそも、恋愛そのものに興味が疎いのかもしれない。
「ラブコメは好きなんだけどねー」
「ボッチくんはするより見るほうが好きなんだ?」
「そうかも。ゲームやってたりラノベ読んでる方が好きだし」
「ボッチくんは見た目通り引きこもり属性だね」
白縫さんにくすくすと笑われるも、反論できずに苦笑いするしかなかった。
「でもボッチくん。ひと付き合いは悪くないでしょ。休日も海斗くんとよく出かけてるって聞くよ」
「友達の誘いを断るほど自分の都合を優先したりしないよ。白縫さんだってそうでしょ?」
「まぁ、人付き合いも大事だからね。特に女子は」
「大変そうだね、女子は」
「うん。本当にその通り」
白縫さんは辟易とした息を吐いた。
噂ではよく聞けど、やっぱり女子の交流って大変なんだな。特に、白縫さんはクラスでも上位のカーストに位置する人だ。加えて可愛い彼女は、当然のように多くの男子生徒から人気のある。そんな白縫さんを敵視している女子は少なくない。
「だからボッチくんと一緒にいると少しだけ気が楽になるんだ」
「なんで?」
「ほら、ボッチくんていい人だけどモテないでしょ。……あぁいやモテてはいるのか」
それは置いておいて、と白縫さんが続ける。
「ボッチくんて、誰ともでも気兼ねなく接するでしょ。だから一緒の所にいても余計な詮索されないで済むんだ。ほら、今だってそうでしょ」
「たしかにそうだね」
きょろきょろと周囲を見渡しても、僕らに対して好奇な視線を送ってくる生徒はいない。
「クラスの人たちは「あぁ、ボッチのやつまたお節介焼いてるな」って思ってるし、
他のクラスの人たちも「なんだあの小動物は」って思ってスルーしてるんだよ」
「それは白縫さん的には助かるんだろうけど、僕は今男としてのプライドが傷ついてる真っ最中だよ」
それって、僕は男子として見られてないってことじゃない? いや、僕としても妙な嫉妬を向けられなくていいんだけどさ。
しかしクラスメイトならともかく、他クラスからも『コイツは平気』だと思われてる僕って何なのだろうか。僕もれっきとした男なんだけどなぁ。
「あぁ、でも……」
と落ち込んでいると、ふと何か思い出したように白縫さんが声を上げた。
「一人だけ、今の私たちを見て嫉妬する子がいるかもね」
「? 誰が?」
愉快げに双眸を細める白縫さん。
「その顔は全く心当たりがない顔だね」
「だねも何も、実際全く心当たりがないんだけど」
僕と白縫さんを見て嫉妬する人なんて果たしているだろうか。
思案する僕に、白縫さんは「ほら」と前置きして、
「ボッチくん。最近一人の女子と仲良くなったでしょ」
「女子と仲良く……あっ。ひょっとしてアマガミさんのこと?」
そう答えると、白縫さんは目をキラキラと輝かせて「そう!」と頷いた。
「皆驚いてるよ~。あの仏のボッチがヤンキーと仲良くなってる⁉ って」
「あはは。どうりで最近、クラスの皆が僕に対して敬語使う機会が多くなってるわけだ」
何かの行事活動かと思ったが、どうやら皆、アマガミさんというヤンキーと仲良くなった僕に対して驚いていたらしい。
色々と合点が付いて失笑する僕に、白縫さんがアマガミさんとの関係性について興味津々に聞いてくる。
「ねね、なんでボッチくんと天刈さん、急に仲良くなったの?」
「やっぱり気になるんだ」
「当然だよ! こんなのクラスの特大記事じゃん! 皆も知りたくてうずうずしてるよ」
「べつに皆が気になるような深い関係性でもないけどね」
「えー。だってあの優しくて穏やかなボッチくんとヤンキーの天刈さんが私たちの知らぬ間に仲良くってるんだよ。そこだけラブコメしてるじゃん」
うーん。そんなにラブコメらしい展開はない気がするけどなぁ。
「僕としては、ただクラスで一人だけ孤立してたアマガミさんを放っておきたくなかった、ってだけだよ。それで毎日声を掛けてたら、ちょっとずつ話すようになっただけで、まだ白縫さんが期待するような関係にはなってないよ」
「それはこれからなるってこと⁉」
「……うーん」
「おや。微妙な反応」
どうだろうか。
ずっとこのままの距離かもしれないし、もしかしたらまた少し距離が縮まるかもしれない。
僕としては、どっちでもよかった。
「(……はは。薄情なやつだな僕って)」
やっぱり、僕は皆やアマガミさんが思うような善人じゃない。自分のことを、とても善人だとは思えない。
「どうだろうね。それは僕じゃなくて、アマガミさんが決めることだと思うよ。……でも、そうだね。僕はもっと、アマガミさんと仲良くなりたい、とは思ってる」
「? なんだかあやふやだね」
「あはは。そうだね。自分でもビックリするくらい、曖昧だ」
自然と足が止まった。
両手で抱えるノートに視線を落として、僕は自分の言葉を反芻する。
アマガミさんともっと仲良くなりたい、その言葉に嘘はない。事実だし、そうなれるように行動していくつもりだ。
でも、何故だろうか。それ以上先を求めない自分がいる。
白縫さんが期待するような関係には、僕らはとても成れない気がする。
そう思うのは、僕に勇気が足りないからなのだろうか。
「さ、白縫さん。さっさと先生にノート渡して、教室に戻ろうか」
「う、うん。……そういえばね――」
数秒だけ止まった足を再び動かして、僕と白縫さんは職員室へ向かう。道中、僕らはまた他愛もない雑談を繰り広げていった。
白縫さんと雑談する最中、僕の胸裏にはずっと答えのない疑問が渦巻いていた。
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