第71話 『 雨の日と恋人繋ぎ 』
夏の足音が近づいてくるその前に、その時期はやって来る。
「雨降ってるねー」
「最悪だー」
昇降口にて、下校する間際の僕とアマガミさんは空から降り注ぐ雨粒を見上げながら立ち尽くしていた。
「……アマガミさん。その反応からだいたい察してるけど、傘の方は……」
「持ってきてない」
その場で膝を抱えるアマガミさんが涙目で答えた。
「そういうボッチは?」
「今日の予報で午後から天気崩れるかもって言ってたから、一応折りたたみ傘持ってきてるよ」
「流石はボッチ。それに比べてあたしはなんてバカなんだ」
「あはは。そこまで卑下しなくてもいいと思うけど」
「はぁ。どうやって帰ろ」
何やら酷く落ち込んでいるアマガミさんに、僕は傘を広げながら「ほら」と声を掛けた。
「早く帰ろうよ」
「鬼畜か? こんな雨の中で帰ったら百パー濡れるじゃねえか」
「何言ってるのさ。僕の傘に入ればいいじゃん」
「は?」
そう言うと、アマガミさんは意表を突かれたように目を大きく見開いた。
それから勢いよく立ち上がると、
「な、なんでボッチの傘に入ってく前提なんだよっ」
「いや傘忘れたんでしょ? 僕の傘貸してあげてもいいけど、それだとアマガミさん、「ボッチが濡れるじゃねえか!」って絶対受け取ってくれないでしょ」
「段々あたしの思考回路が分かるようになってきてるなお前。……その通りだけど、でもそれじゃあ……その、相合傘になっちまうじゃねえか」
指をもじもじさせながら恥じらうアマガミさん。
僕だってそんな事承知の上で提案しているので、それなりに緊張はしてる。しかし、女の子を雨の中走らせて帰る訳にもいかない。なので、これは妥当な提案なのだ。
「どうするの? 入る? それとも今日は学校に泊る?」
少し悪戯に問えば、アマガミさんは「ああもう!」と乱暴に頭を掻きながら、
「わーったよ入るよ! 入ればいいんだろ」
「ふふ。こういう時は素直に人に頼るのがお利巧だよ」
「言っとくけど、こんなことすんのボッチにだけだからな。他の奴に誘われても、あたしは濡れて帰る」
「分かってるよ。僕はアマガミさんの特別な友達だからね」
彼女の甘えた姿を見れるのは僕だけの特権。というのは想像以上に嬉しく、顔には出さないが心臓の鼓動が一段早くなった。
ドクドクと早鐘を打つ心臓の音を意図的に無視しながら、僕はアマガミさんを傘に入れる。
「さ、帰ろうか」
「……ん」
緊張からか、短く相槌を打ってしばらく沈黙するアマガミさん。
「えへへ。言い出した手前こう言うのもおかしいけど、これは流石にちょっと緊張するね」
「……今更かよ。でも、もう手遅れだぞ」
「知ってるよ。アマガミさんは僕が責任を持って駅まで送り届けます」
「おう。責任もってあたしを駅まで送れ」
雨粒が傘を弾く音に耳を澄ませながら、僕らは口数少なく歩いて行く。
それからどれくらいだろうか。同じ制服を着た生徒が少なくなってきた辺りで、ふと袖を引っ張られる感覚が伝ってきた。
「……アマガミさん⁉」
「いいだろべつに。こんなに近いんだ。少しくらい、ボッチに触っても」
耳まで赤くした顔を隠して、アマガミさんは蚊の鳴くような声でそう言った。
そんな彼女の可愛い反応に僕まで顔を赤くしてしまいながらも、僕は震え声で訊ねた。
「なら僕からも、アマガミさんに少し触れるのはアリですか?」
しばらく沈黙の間があって、
「……少しだけだぞ」
アマガミさんは僕には目もくれずに頷いた。
「――――」
「――――」
袖を抓む指先に、僕の指先が触れた。初めはお互いを探り合うように指先だけが触れて。そして徐々に触れる面積が大きくなって、やがて五指が余す事なく絡み合った。
ドクン、ドクン、と心臓が更に強く鼓動を弾む。
「……アマガミさんの手。冷たいね」
「そういうボッチの手はあったけぇな」
緊張と高揚で互いの手が汗ばんでいく。それでも僕らは決して互いの放さない。
お互いの熱を確かめ合うように、僕らは相手の手をしっかりと握る。
「……雨の日に感謝しなくちゃ」
「急に何訳分かんねぇこと言い出してんだ。もう風邪でも引いたか?」
「風邪ひいたら看病しに来てくれる?」
「あ、当たり前だろ。あたしがつきっきりで看病して全回復させてやる」
「ふふっ。それなら風邪引いてもラッキーって思えるね」
「だからってわざと風邪引くなよ? そんなバカなことしたら看病しねえからな」
「分かってるよ。そんな機会がないように健康でい続けるから、アマガミさんも風邪引かないでね」
「んなもん誰が引くか。あたしは風邪さえもぶっ飛ばす女だからな」
「あはは。それが冗談に聞こえないのがすごいや」
こんな風にアマガミさんと手を握りながら帰るのも悪くない。
それを教えてくれた雨に、僕は胸の内でそっと感謝を述べるのだった。
本日から13日(日)まで2更新です。更新お楽しみに。




