第6話 『 アマガミさんと好感度アップ 』
お互いにあだ名で呼び合うようになってから早数日。
「あ、おはよう。アマガミさん」
「ふぁぁ。……うぃっす、ボッチ」
今日も午後近くに登校してきたアマガミさんに苦笑しつつ、僕は欠伸をする彼女に手を振る。
「眠そうだね」
「実際ねみぃ……保健室寄ってから来ればよかった」
「保健室は体調が悪い時に行く場所だよ。あれ? でも眠いのってある意味では体調不良ではあるのかな?」
まぁ、寝不足で保健室に行けたら今頃ベッドが足りなくなっているだろう。社会人に負けず劣らず、学生だって多忙なのだ。
朝早くに起きて、着替えて、準備して、登校して。登校後は間もなく授業が始まるのだから。
僕は部活動に所属していなから比較的時間に余裕がある方だけど、部活動に所属している生徒たちは始業前に朝練があるからそうもいかない。朝のうちに体力を使い果たしてしまっている者も何名かいるはずだ。実際、今日の三限目は約二割ものクラスメイトが沈没船と化してしまっていた。
「次の授業なんだ?」
「次は国語だよ」
「マジかよ。絶対寝るじゃん」
「来てすぐ寝たら先生に怒られるよ?」
「そうは言っても睡魔には抗えねえからな」
「あ、ならアマガミさんが寝そうになったらこっそり起こしてあげようか?」
「いいよそんな面倒なことしなくて。お前は授業に集中しな」
あたしは勝手に寝る、と自由奔放なアマガミさん。
まぁ無理に起こすのも悪いし、先生に怒られそうになったらそっと起こそう。
そんな事を考えていると、ふと僕は「あっ」と思い出したように声をあげた。
「そういえば、アマガミさん。今日僕ら日直だよ」
「日直?」
「ほら、黒板にも書いてあるでしょ」
そう言って黒板を指させば、アマガミさんは露骨に嫌そうな顔をした。
「うわホントだ。最悪な日に来ちまったな」
「あはは。そんなに日直やりたくない?」
「当たり前だろ。めんどくせえことやりたいやつなんてどこにいるんだ。いたら相当な物好きだな」
「僕は嫌いじゃないけどね」
「うわあたしの目の前に物好きがいやがった⁉」
「そんな得体の知れない生き物を見るような目で見ないで欲しいな」
お前ってやっぱ変だな、と呆れながら椅子に座るアマガミさん。
「にしても日直ねぇ……というか、もしかしてここまでの日直の仕事、全部お前ひとりでやったのか?」
「え、うん」
ぎこちなく頷けば、アマガミさんは気まずそうな顔をした。
「それはなんか申し訳ねえことさせちまったな」
「全然気にしなくていいよ。一人で片づけられるものばかりだし、友達も手伝ってくれたから」
まぁ、その時にあまり快くはないことを言われたけど。けれど、それも僕のことを慮っての発言だということは重々理解しているし、彼なりに一人で仕事をやる僕に同情してくれたのだろう。
べつに同情される理由はないけれど、アマガミさんの素性を知らないクラスメイトたちはやはりまだ彼女に対して負の面を強く抱いている。
それも追々払拭したいと思って行動しているけど、やはり人の評価を覆すのは難しいらしい。
アマガミさんは根っこはいい人なんだけどなぁ。
「なんだボッチ。あたしの顔ジッと見てきて。キモイぞ」
「そこで素直にキモイって言えるのもアマガミさんの美点だと僕は思うよ。でもしっかり心にダメージは負ったけどね」
女子に「キモイ」って言われると想像の百倍は心にダメージが来るな。
しかしアマガミさんは「キモイものはキモイ」と一切悪びれることもなく、また僕に一太刀浴びせた。
「アマガミさんは言葉遣い気を付けるだけでもっと人と打ち解けられる気がするんだけどなぁ」
「そんなことしてまで他人と仲良くなりたいと思わねぇな」
「アマガミさんが気にしてないならそれでいいんだけどね」
流石はヤンキーと言ったところか。簡単には他人に靡こうとはしない。
「でも、僕はアマガミさんのそういう、自分のプライドを持ってるところ好きだよ」
「――――」
「? どうしたのアマガミさん? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
アマガミさんが僕を見つめながら瞬きを繰り返す。
不思議そうに首を捻ると、アマガミさんはほんのりと頬を染めて「……だからお前のそういうのが」と小声で何か呟いていた。
「お前あれだな。見かけによらず人たらしだな」
「え⁉ さっきの会話でそう思われる節なかったと思うんだけど⁉」
「おまけに無自覚とか、ボッチは人たらしの才能があるんじゃねえのか」
「嬉しくはないかなその才能⁉」
世渡り上手といえば聞こえはいいかもしれないけど、人たらしは騙しているみたいで嫌だな。
僕の反応にアマガミさんはカラカラと笑いながら、
「やっぱ面白いなボッチは。一緒にいて飽きねえ」
「あれ、もしかして僕、揶揄われてた?」
「いや人たらしって思ってるのは事実だ」
「余計に傷つくね⁉」
また、アマガミさんが悪ガキのようにカラカラと笑う。
そんな彼女の笑顔に、僕も釣られて笑ってしまって。
アマガミさんと仲良くなってから、僕の休み時間が少しだけ華やかになった。
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