第66話 『 不機嫌な幼馴染と上機嫌な幼馴染 』
――時は少し遡り、放課後。
「よっ。お待たせ」
「それほど待ってないよ」
校門で待っている幼馴染に手を上げると、その凛々しいご尊顔がカラスの濡れ羽色の髪を靡かせながら俺に振り向いた。
……やっぱり。琉莉って影が薄い女子なだけで、実際は滅茶苦茶美少女なんだよな。
俺はらしくもなく心臓をドキッとさせてしまいながら、琉莉に近づく。
「珍しいじゃん。琉莉の方から今日は一緒に帰ろうなんてメール送ってくるなんて」
「今日はちょっとね。そういう気分だったの」
はたしてどういう気分なのだろうか。澄ました表情からは何も読み取れず、俺は悶々とするばかり。
「あー。なんか嫌なことでもあったのか」
「……そうだね。嫌なこと……というより、不快感が強いかな」
「マジで何があったんだ」
「ちょっと興味本位で虎の巣穴に手を突っ込んだら盛大に噛みつかれちゃった」
「一大事じゃねえか⁉ え、怪我とかしてないよな?」
「今のはただの比喩。日本に野生の虎はいないでしょ」
「だ、だよな」
本気で心配する俺に琉莉は呆れ顔。
それから琉莉は情けない俺を一瞥すると、「ほら」と歩き始めた。
「ここで立ち話してたら海斗が変な誤解されるかもしれない。早く帰ろう」
「べつにそんなのどうでもいいよ。もしなんか言われても幼馴染で片づければいいだけだし」
「はたしてそんな回答で幼稚な男子高校生が満足するかな」
琉莉はくだらなそうに失笑。相変わらず、琉莉は物事に達観――というより厭世的だ。
そんなんで人生面白いのかね。
「琉莉の言いたいことも分からんくもないけど、誰もかれもがみな執拗に聞いてくるってわけでもないぞ」
「…………」
琉莉に超睨まれた。ただの視線じゃない。何かこう、俺を恨むような、憎んでいるような視線だ。
俺はその視線に思わず怖気づいてしまいながら、
「な、なんだよ」
「べつに。海斗は楽観的だなと思っただけ」
「俺のこと罵倒したくて呼んだのか?」
「そんなことはないよ。今日は本当に、海斗と一緒に帰りたかった」
そのギャップはずるい。
睥睨から甘えるような視線を向けてくる琉莉に、俺は咄嗟に顔が見れなくなって目を逸らす。
「何照れてるのさ。キモ」
「う、うるせ! そんな風に急に素直になられたら、男なら誰しも照れるってもんですぅ!」
「そんなの私の知ったことじゃない。はぁ、今日は久しぶりに海斗と一緒にどこか寄ってから帰ろうと思ったのに、これじゃあ家に直帰コースだ」
「いや寄ろう! めっちゃ寄ろうぜ! どこ行く? パックか? スッタバか? カラオケでもいいぞ!」
「その提案場所だけで海斗が普段どんな生活を送ってるのか分かってくるよ。死ねリア充」
「辛辣っ⁉ お前リア充嫌い過ぎだろ!」
「あんなの私にとっては理解から最も遠く離れた未知の生命体でしかないよ。太陽の下で裸で踊っているような連中とは関わりたくないものだね」
「また独特な言い回しを。分かってないな琉莉。お前がいうリア充ってのはな、偏に一度しかない学生生活を青春してるだけなんだよ」
琉莉はそういうのしてみたくねえの? と聞くと、琉莉はこれでもかというほど顔をしかめた。
「青春なんてお断りだよ。私は何事もなく、ただ平穏無事に学生生活を全うできればいい。……それに、どうやら私にそのチャンスはもう訪れなそうだ」
ぽつりと、何かを小さく呟く琉莉。俺はその言葉を聞き取ることができなかった。ただ、蒼白の瞳に一瞬だけ寂寥のようなものが帯びたのを見た気がして、
「あー、ならさ。これからは俺とどこかに遊びに行くか?」
「なに、急に?」
咄嗟に口から洩れた俺の言葉に警戒する琉莉。そんな警戒されると俺としてもちょっと傷つくんだけど。
俺はコホンッ、と咳払いしつつ、
「や。青春っぽいことすれば、琉莉のその考えも少しは変わるんじゃないかなと思って」
「くだらない。そんなことするなら将来の為に勉強するほうがマシだよ」
「でも息抜きは必要だろ」
というと、琉莉は俺のことをジッとみつめて、何やら意味深に息を吐いた。
「ふーん。それじゃああれかな。海斗がこれからは私のストレス発散に付き合ってくれるってこと?」
「お、おう! ばっちこいや!」
「はぁ。冗談だよ」
「冗談かよっ!」
俺は盛大にコケる。今のは絶対イケる流れだったじゃん!
まぁ、琉莉は俺みたいな青春優先みたいなやつ嫌いだしな。拒絶されるのも無理はないか。
しょんぼりと落ち込んでいると、そんな俺を見て琉莉はふふ、と笑い出して。
「でも、意外と妙案かもね。すごくストレスが溜まった時とか、受験勉強に疲れた時は、少しだけ海斗のこと頼らせてもらおうかな。幼馴染だしね」
「――――」
「なにその顔。嫌ならやっぱり頼らないけど」
「いやいい! 全然頼ってくれ! もうっ、超頼ってくれていいから! 存分にコキ使ってくれ!」
「そこまで食い気味にこられるのは気味が悪いね。やっぱり遠慮しようかな」
全力で頷く俺に、琉莉は汚物でも見るかのような蔑んだ視線を送ってくる。いかん。琉莉に頼られるってことが想像以上に嬉しくて感情のブレーキが効かなくなっている。
一度冷静さを取り戻すべく深呼吸を繰り返す最中、俺は琉莉に気付かれないよう小さくガッツポーズした。
「(つーことは、これからは琉莉とショッピングとか、ゲーセンとか、どこかに遊びに行けるってことか)」
何年ぶりだろうか。琉莉と、またそんな風に遊べる日が来るなんて。想像もしていなかった俺には、今の状況がただ嬉しくて仕方がない。
その喜びを噛みしめつつ、俺は未知の生物でも見るかのような視線を送って来る幼馴染に一歩距離を詰めた。
「うし。それじゃあ、この後どこ寄るか。琉莉が決めていいぞ」
「それじゃあ喫茶店寄りたいな。その後書店にも行きたい」
「ん。了解。どこでも好きな所連れまわしてくれ」
「へぇ。存外気前がいいね。それなら私の気が済むまで海斗には付き合ってもらおうかな」
「おうっ、ばっちこいってんだ」
「江戸っ子かよ」
琉莉がそこに行きたいっていうなら、俺はどこだっていい。こうして琉莉が俺を求めてくれんなら、なんでも。
琉莉の凛々しく、しかし儚い横顔を見つめながら、俺はそう胸裏で強くそう思うのだった。




