第64話 『 アマガミさんとクーラー 』
というわけで放課後。
「ねぇ。アマガミさん」
「んだよ」
結局学校で半殺しはされなかったが、僕の心臓はバクバクが続いていた。
その理由というのも、
「ちょっとくっ付き過ぎじゃないですかね」
「そうだな」
「その、この距離感は流石にマズくない?」
僕の部屋で漫画を読むアマガミさん。それは別に構わないけど、問題は別にあった。
僕が狼狽している理由。それは、アマガミさんとの距離がほぼゼロ距離だからだ。
ぴと、と肩と肩がくっつく……いや、これはもう完全に意図的にくっ付けにきていた。
「言ったろ。放課後覚えてろって」
「それが、これですか」
「そうだ。あたしという友達がいながら他の女と仲良くしたバツだ」
いや、これは罰というよりむしろご褒美なんですけど。
しかし不機嫌なご様子の彼女には到底そんなこと言えるはずもなく、僕はただぎこちなく相槌を打つほかなかった。
「もっと密着してやってもいいだぞ?」
「そ、それは勘弁していただきたいです」
「ふーん。照れてんのか」
「そ、そりゃ、こんなにアマガミさんとの距離が近いんだから、否応なく意識しちゃうよ」
ほのかな甘い香りと布越しに伝わる彼女の体温。こんなの、男だったら意識せざるを得ない。
狼狽える僕の顔を拝もうと覗き込んでくるアマガミさん。僕は慌てて顔を背ける。
「なんだなんだ。いつもは澄ました顔で「好きだよ!」とか「可愛い!」とか言ってくるくせに、こうしてあたしと密着すんのは恥ずかしいのか」
アマガミさんが愉しそうに笑う。
「あ、当たり前でしょ。アマガミさんは女の子で、それに、可愛い子がこんな風に密着してくるなんて男子にとってはすごく嬉しいことなんだから」
「嬉しいならもっと密着してやるよ」
「ちょっ」
カラカラと笑ったあと、アマガミさんは完全に僕を揶揄うようにより隙間を埋めてきた。
それまでは肩と肩が辛うじて触れ合っていた距離。しかし、今は右半身がアマガミさんの左半身と完全に密着してしまった。
だからもっとアマガミさんの顔が近くなって、彼女の甘い香りがより鼻孔に擽ってくる。
「アマガミさんっ。これは流石に」
「逃げるな。どこにも行くな。お前はあたしのもんだ。だからそのままジッとして、大人しくあたしにくっつかれろ」
「……うぐ」
反論すらも睨み一つで塞がれ、そのまま黙る僕を見てアマガミさんは満足そうに「それでいい」と微笑して視線を本に戻した。
「……スマホ、触ってもいいですか」
「いいよべつに」
このまま何もせずにいたら確実に思考がおかしくなりそうだったのでアマガミさんに懇願すれば、彼女は一瞥もくれることはなく許諾してくれた。
どうにか意識を彼女の体温から切り離そうとスマホに集中――しようとした瞬間、
「あ、アマガミさん⁉」
「んー。なんだ」
肩に何か乗っかったような感触がして咄嗟に振り返ると、今度はアマガミさんは僕の肩に頭を乗せてきた。
近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い⁉
心臓の鼓動がまた一段と速さを増す。
「アマガミさん。肩に頭乗せないでください」
「やだぁ。ボッチのいう事なんか聞かなーい」
「今日のアマガミさん。なんだかいつもと違くない?」
こんなに積極的なアマガミさんは初めてだった。いやこれもすごく甘えん坊なカノジョみたいで可愛いけども。でも、明らかにいつものアマガミさんとは違う。
そんな狼狽する僕を、アマガミさんはジッと見つめて。
「こういうあたしは嫌いか?」
「き、嫌いじゃないよ」
「幻滅するか?」
「……しないよ。こういうアマガミさんも、すごく可愛くて、素敵だなと思います」
「なら、今日はこのままでいさせろ」
揺れる赤瞳が、離れることを拒絶するように僕に懇願してくる。
上気した頬ときゅっと結ばれた桜色の唇。僕の世界には今まさに、アマガミさんという女の子一人だけが映っていた。
「――アマガミさんが嫌じゃないなら、僕も、このままがいいです」
「嫌じゃなかったらくっつくはずがないだろ。ボッチがいいなら、今日はずっとこのままだ」
「でも夕飯が」
「その時は名残惜しいけど離れてやるよ。でも、食べ終わったらまたくっつきにいくからな」
「可愛すぎる。反則だよそれはっ」
「ハハッ。そうだ。お前の友達は可愛いんだぞ」
もしかしたら、アマガミさんは水野さんに嫉妬しているのだろうか。
それならばこの大胆な行動にもいくらか納得がいく。
「ねぇ、アマガミさん」
「ん? なんだぁ」
「……ううん。なんでもない」
「なんだそりゃ。変なボッチ」
でも、それを聞いたらはぐらかされるような気がして、僕は大人しくこの状況に従うことにした。
「(――アマガミさんが望むなら、それに応えよう)」
これはアマガミさんからのバツなのだから。僕に追求する権利はない――いや、少し違うか。僕は、この状況を楽しんでる。
アマガミさんから離れたくないと望んでいる。
でも、心臓は依然としてバクバクしているし、顔も熱くなってるのが分かる。
「……熱いね」
「そうだな。あたしもちょっと熱い」
「ならクーラーつけよっか」
「……いいよ」
アマガミさんは静かに頷く。
どうやら熱くても離れたくないのはアマガミさんも同じなようで、それが嬉しかった。
エアコンをつければ、すぐに冷たい風が僕らに当たる。けれど、この熱は冷めることはなくて。
「(このまま時が止まればいいのに)」
そう思いながら、僕は本に視線を注ぐアマガミさんをずっと見つめていた。




